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土地神殺し ―比奈木村の百年祭―  作者: 霧原 澪


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23/24

第23話「咲は、残ることを選んだ」

三日後、巌と孝之は任意同行のために県の警察署に向かった。


村は静かだった。騒がしくなかった。祭りが終わった後のような、それよりもさらに一段深い静けさが、比奈木村の朝に横たわっていた。



縁が宿で荷物をまとめていると、蒼が来た。


「少し話せますか」


縁は荷物から手を離した。蒼は部屋に入らず、廊下に立ったままだった。


「ここに残ることにしました」


縁は驚かなかった。驚かなかった自分に、少し驚いた。


「農業は続ける。それとは別に——ひなのことを、ここで覚えていたい。誰かが覚えていないと」

「証人として」


と縁は言った。


「そういうことです」


蒼は続けた。


「桐谷さんの資料を引き継いで整理しようと思っています。いずれ、きちんとした形で残せれば」


縁は考えた。蒼がここで調査を続けた日々を。古文書の写しを持ってきた朝を。崖で縁の腕をつかんだ時の力を。ひなという名前を初めて文書で確認した時、声が震えていたことを。


「わかりました」


と縁は言った。


「蒼さんに任せます」



その午後、咲が神社の掃除をしていた。焼けた物置の残材を片付け、境内の落ち葉を掃いていた。

縁が手伝おうとすると、咲は「いいです」と言ってから「でも、少し話しませんか」と言い直した。


二人で石段に座った。

咲はしばらく何も言わなかった。手の中の落ち葉を見ていた。


「三倉さんたちのことは——」


声が、そこで途切れた。

続かなかった。咲は顔を上げなかった。手が、膝の上でかすかに握られた。

縁は口を開かなかった。


しばらくして、咲が息を吸った。


「今はまだ許せません」


と咲は言った。


「でも——」


また止まった。「でも」の先を言わなかった。言えなかったのか、言う必要がないと思ったのか、縁には分からなかった。

「神主を続けます」と咲は言った。声は落ち着いていた。さっきまでと同じ声だった。


「百年祭はもう終わりましたが、この神社はなくなるわけではない。お祖父さんが途中だったことを、私が引き継ぎます」

「祝詞を完成させる」

「はい。お祖父さんが調べていたことの続きも含めて」


守は何かを探していた。ひなの真実だけではなく、本来の信仰の形を。その調査を咲が引き継ぐということだった。


「縁さんは」


と咲が聞いた。


「出ます。明日の朝には」

「そうですか」


咲は石段の下を見ていた。


「縁さんがいなければ、私は今もお祖父さんの死が事故だと思っていた。ここで何が起きたのか、知らないままだった」

「守さんが調べていたことが、もともとそこに全部ありました。私はそれを見つけただけです」

「そういう話をしているんじゃないです」


と咲は言った。

縁は何も言わなかった。



宿への帰り道、高原が駐車場に荷物を積んでいた。

縁が近づくと、高原は振り返らずに言った。


「見ていましたよ。なかなかの仕事でした」

「感想は要りません」

「そうですか」


高原はトランクを閉めた。


「村長が自首した以上、私の研究対象としての価値は変わりました。今のところ、発表できる形の資料が揃いません」

「揃えられなかったんです」


高原は縁を見た。少し目を細めて、それから小さく笑った。笑い方が、縁の知っている高原ではなかった。


「桐谷先輩は、あなたにこれを頼んだかったんでしょうね」


縁は何も言わなかった。


「私にはできなかった。先輩の資料を使って、自分の研究を続けることを選んだ。それだけです」


高原は運転席に乗り込んだ。窓を開けなかった。エンジンがかかった。車が出た。

縁はしばらく駐車場に立っていた。



夕方、宿への帰り道に正子を見かけた。

神社の境内ではなく、その手前の坂の上に立っていた。巌が警察署に向かってから、正子はこの村のどこかに一人でいる。縁が目で確認した限り、誰も正子の傍に近寄っていなかった。


縁が近づくと、正子はすぐに縁に気づいた。


「帰るんですか」

「明日の朝に」


正子は少し黙った。それから袂から小さなものを出した。木の塊だった。丸みを帯びた、おもちゃのような形。地下の供物の中にあったものと、同じ形だった。


「これは」

「私が作ったわけじゃないです。ただ、ずっと持っていました」


正子は縁の手に置いた。


「持っていってください。あちらには、もう一つあるから」


縁は木の塊を見た。軽かった。長い時間、誰かの手に握られていたように、角が丸くなっていた。


「ありがとうございます」


正子はうなずいた。それだけだった。



宿に戻り、縁は荷物の中に木の塊をしまった。

ノートを取り出した。最後のページを開いた。

書くことは何もなかった。書かなかった。

ただ閉じた。

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