第20話「私の直感は、ずっと正しかった」
夜、縁は宿の机にノートを広げた。
今まで書いてきたメモを、最初のページから読み返した。
第一話で書いた一行が最初のページにあった。「また直感に従ってしまった」。自己嫌悪として書いた言葉だ。
次に「また止めてしまった」という一行がある。第六話の朝に書いたものだ。高原の部屋の前で足音を聞いて、ノックしなかった翌朝に。
崖では「直感に従えばよかった」と書いた。同じ言葉を、何度も書いた。
縁はそのページを順番に見た。
直感を止めた時に何が起きたか——守の死を「事故」として受け入れかけた。高原の部屋からフィールドノートが消えた。崖で半身が落ちかけた。
直感に従った時に何が起きたか——崖の証拠を危険の中で記録した。炎の中で咲を見つけた。
パターンは一貫していた。縁が三年間「自分の直感は信用できない」と言い続けた根拠が、このメモの中に一つもなかった。
三年前の廊下のことを考えた。
今は考えられる。こめかみが痛まない。
桐谷の研究室のドアの前で、縁は動けなかった。それは事実だ。動けなかった理由は——怖かったからでも、正しい判断だったからでもない。単純に、それまでの積み重ねで、縁は「自分の判断を信用してはいけない」と体に覚えさせてしまっていた。
直感が「行け」と言った。体が「お前の直感は信用できない」と止めた。
その夜も、いつもと同じことが起きていた。
桐谷が姿を消したのは、縁が動かなかったからではないかもしれない。縁がドアを叩いていても、桐谷はすでに自分の意思で消えることを決めていたかもしれない。「あとは頼む」というメモを残した人間は、最後まで自分で考えて動いていた。
それどころか——あの火事は、先生が仕組んだものだったかもしれない。
この可能性が頭に浮かんで、縁はすぐには打ち消さなかった。
追手から逃れるために、自分が「消えた」という既成事実を作るために、研究室の火事を利用した——あるいは自ら起こした。底知れない人だとは思っていた。判断して、動いて、「あとは頼む」と託してから姿を消した人間が、そこまで計算していたとしても不思議ではない。
確かめようがないことだ。しかし、縁が「先生は火事に巻き込まれた」と三年間信じてきた前提そのものが、崩れ始めていた。
縁には、三年間背負い続けた重さの正体が、少しだけ変わった気がした。
ノートを閉じた。
「私の直感は、ずっと正しかった」
声に出して言った。大きくはない声で、確認するように言った。
言い終えてから、その言葉がどれだけ時間をかけてここまで来たかを思った。
上着を着た。財布と鍵を持った。夜の比奈木村に出た。
三倉巌の家の玄関前に立った。
立ち止まらなかった。
ドアを叩いた。




