第16話「倉庫の中の、消えた研究者」
神社の裏に倉庫があった。
木造の古い建物で、南京錠がかかっていたが、錠前が錆びて固着していた。縁は少し力を入れた。外れた。最近、誰かが同じことをした痕跡があった——錠前の周りの錆が、一箇所だけ削れていた。
中は暗かった。スマートフォンのライトをかざす。
農具、古い祭具、積み重ねられた木箱。壁際に棚があり、台帳や和綴じの冊子が並んでいた。
縁はまず棚を確認した。一冊ずつ開いた。台帳、祭礼記録、農具の目録——何もない。木箱も一つずつ開けた。縄、布、古い金属器。
最近ここに入った者がいた。しかし、何も持ち去られていない。
(見つけられなかった、ということだ)
縁はライトで倉庫全体を照らした。棚の端に、小さな神棚があった。
薄暗い壁の角に据えられた、古い木製の棚。扉が閉まっている。倉庫に神棚があること自体は珍しくない——だが、縁の頭に桐谷の古文書の記述がよぎった。ひなの封印に関する儀式では、神棚に似た小さな祭壇が「境界の標」として使われたという記録がある。物理的な封印の場所を示す、知る者だけが知る印。
縁は神棚に近づいた。扉を開けると、中は空だった。
裏側に手を回した。
壁との隙間に、布包みがあった。
布をほどくと、折りたたまれたA4用紙の束が出てきた。
広げた。
一枚目——手書きの図面。
神社の建物を上から見た図で、地下に空間が描かれている。「ひなの封印場所・推定」という書き込みがある。
二枚目以降——調査メモ。
日付が入っている。三年前の秋から冬にかけて。比奈木神社の棟札の変遷、行方不明者リストとの照合、地名の語源——縁が一ヶ月かけて辿り着いた経路を、桐谷はすでに歩いていた。
縁はページをめくりながら、三年前と今が重なっていくのを感じた。
(同じ道を、同じ順番で)
メモの中程に、土地台帳のコピーが挟まっていた。明治末期の比奈木村の地権記録。三倉家が村の主要な土地を持っていたことが見て取れる。
その隣に桐谷の走り書き——「三倉家の係争地は北東の山林。明治43年に解決。解決の直前、同年の春に森田ひな消息不明」
縁は台帳とメモを交互に見た。
(係争地の解決と、ひなの消息不明が同じ年の春——)
この二つはどう繋がる。土地問題の解決に、なぜ子供一人の命が必要だったのか。取引の道具として使われたのか——それとも、もっと原始的な意味で。
(人柱)
その言葉が浮かんだ。争いのある土地を鎮めるために、人を山に埋める。古い記録にある風習だ。ひなは文字通り、山の土に埋められたのか。
だとすれば——神社の地下に描かれた空間は、何のための場所か。
メモの後半になると文体が変わった。感情が滲み始めた。
「この村で何が起きたかは、ほぼ確信している。問題はそれを誰に伝えるかだ。守さんは信頼できると思う。しかし、彼を危険に晒したくない」
縁は手を止めた。
守の名前があった。桐谷は守を知っていた。守に会っていた。
「高原には連絡を入れた。ただ、ここまでの資料を渡すことが正しいのかどうか、まだ判断できていない」
高原の名前もあった。
最後のページに差し掛かった。
日付がない。他のメモとは違う、折りたたまれた別の紙だった。
広げた。
短かった。数行だけ。
——この場所を自分の意思で離れます。理由は書けない。ただ一つ——この資料を誰かが見つけたなら、その人間がここまで辿り着いたということです。
もし、その人間がいるなら。
「あとは頼む」
縁はその五文字を見た。
頼む、という字が、少し震えていた。急いで書いたのか、それとも手が震えていたのか。
(桐谷さん)
声には出なかった。名前を呼ぶ資格が自分にあるかどうか、わからなかった。
三年前に何があったか。半分しか思い出せないことの残り半分。どこかで生きているという高原の言葉。
目の奥が熱くなった。縁は奥歯を噛んだ。
泣くつもりはなかった。ここで泣くつもりはなかった。
ただ——この五文字を書いた人間が、縁がここに来ることを知っていたわけではない。誰かが来ることを信じて、それだけを書いて、姿を消した。
縁はその紙を、慎重に折りたたんだ。
他の資料と一緒に布で包み直し、上着の内側に入れた。
倉庫を出ると、山の方から風が来た。




