第15話「老女は、百年分の罪を知っていた」
百年祭が終わった翌日、縁は奥村正子の家を訪ねた。
今度は、迎えに出てきた。引き戸を開けて待っていたように縁を見た。
「来ると思っていた」
縁は中に入れてもらった。
茶が出た。正子は座布団の上で正座し、縁を見た。祭りの夜に泣いていた老女と、輪の外に立っていた老女と、同じ目だった。
「百年前のことを話します」
縁はメモを出そうとして、止めた。正子の目に何かあった——記録されることへの警戒ではなく、記録する前に聞けという目だった。
手帳を膝に置いたままにした。
「よそから、女が来ました。子連れで。森田という名前でした。母親は体を壊していて、冬を越せるかどうかという状態で。娘が一人いた。ひな、という名前の」
縁は黙って聞いた。
「村は——受け入れなかった」
正子は言葉を選んだ。「受け入れなかった、というより。使った、という方が正しいかもしれない。冬の農作業、薪割り、水汲み。体の悪い母親の代わりに、子供が働いた」
「ひなが」
「ひなが」
正子は繰り返した。
「七つか、八つだったと聞いています。私はその頃まだ生まれていない。祖母から聞いた話です」
母親は春を迎えられなかった。雪解けの前に死んだ。
「娘が残った。村には戸籍も縁もない子供が残った」
正子は少し黙った。
「その春——ひなは、山に連れて行かれました」
「誰に」
「三倉家の先祖です」
正子は目を伏せなかった。
「それだけは確かです。なぜそうなったかは——私にはわかりません。祖母も、そこだけは話してくれなかった。ただ、帰ってこなかった」
縁は手帳を見た。ページが白いままだった。
(帰ってこなかった)
その文字が、しばらく頭の中に残った。理由もわからないまま山に連れて行かれ、帰ってこなかった子供。それが百年祭の——封印の——起点だとしたら。
「守さんは——この話を知っていたんですか」
縁は聞いた。
「知っていた。棟札の下に塗りつぶされた名前があることに気づいて、調べ始めた。私のところにも来ました。去年の秋に」
「話したんですか」
正子は少し間を置いた。
「半分だけ。全部は話せなかった。怖くて」
「怖かった」
縁は繰り返した。
「三倉さんが今もこの村を仕切っている。守さんが調べていることを巌さんが知ったら——」
正子は茶碗を両手で持った。
「守らなかったのは、私たちも同じです。百年前と変わらない。ひなのことも、守さんのことも、守れなかった」
縁は正子を見た。
八十年生きた目が、罪人の目をしていた。
「もう一つだけ聞かせてください。百年前のことを、今も知っている人間が他にいますか」
「村の中には——もう、私だけだと思います」
正子は顔を上げた。
「ただ、村の外から来た人間で、三年ほど前に調べていた方がいました。若い男の人で、ずいぶん詳しかった。神社の地下のことまで知っていた」
縁の手が止まった。
「その方は——」
正子は少し迷った。
「何かを残していったと思います。神社の裏の倉庫に」




