第13話「三倉巌は、何を守ろうとしているか」
崖での出来事の翌日、縁は写真と記録を整理した。
足跡の写真が十二枚。守が倒れた場所の真上、雨後の土に刻まれた、守のものより大きい足跡。縁が一人で落ちたのなら、あるはずのない跡——それが今、手元にある。
次の問題は、誰か、だった。
昼前、蒼が宿に来た。
「昨夜、少し遅くに社務所の近くを通りました」
縁は顔を上げた。
「人がいました。若い男性で——三倉さんに似た顔でしたが、もっと若かった。三十代か、もう少し上か。私が近づくと、裏手に消えた」
「確認できましたか」
「顔はわかりません。ただ、三倉家の方だと思います。体格が似ていた」
縁はメモに書いた。
「孝之、三十代か」
祭りの準備で宿の前を通った村人に、翌朝、さりげなく聞いた。
「孝之さんって、百年祭には帰ってこられるんですか」
「ああ、今回は戻ってきてるって聞きましたよ。久しぶりに」
と返ってきた。
二つの証言が重なった。
三倉巌に会ったのは、午後の神社の後片付けの場だった。縁が手伝いを申し出て、箱を運びながら話しかけた。
「孝之さんは今、どちらに」
「都市部で仕事をしています」
巌は即座に答えた。
「忙しい体でして、百年祭にも来られなくて」
笑顔だった。完全に、笑顔だった。
(嘘だ)
縁は笑顔のまま「そうですか」と言った。巌も「そうなんですよ」と続けた。二人はしばらく黙って箱を運んだ。
ふいに巌が言った。
「この村は、守られる価値があると思っています」
縁は足を止めた。振り返ると、巌は境内の奥——社殿の屋根、杉の木、石段——を見ていた。観光客が見るような目ではなかった。もっと重い目だった。
「四十戸に満たない集落です。若い人は出ていく。でも百年、二百年と続いてきたものがある。それを絶やしてはいけない、と、私はそう信じています」
縁はその言葉を聞いた。
嘘ではない。本当にそう信じている声だった。
だからこそ——重かった。「村を守ろうとしている」という言葉が、守の死と、廃屋の落書きと、崖の足跡の上に重なった時、その言葉の裏側にあるものの形が、少しだけ見えた気がした。
「そうですね」
と縁は言った。
巌は縁を見て、頷いた。笑顔だった。




