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土地神殺し ―比奈木村の百年祭―  作者: 霧原 澪


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第12話「断崖で、直感は声を出した」

蒼には言わなかった。

朝のうちに一人で宿を出て、守が死んだ崖に向かった。

廃屋に誰かが来ていた翌日に一人で動くのは悪手かもしれない、とは思った。思ったが、行った。

崖下で見た守の死に場所を、上から確認したかった。崖縁の土の状態を、もう一度見たかった。気になって止めた、あの違和感を——今度は最後まで確かめるつもりだった。



崖縁まで来ると、眼下に林道が見えた。守が倒れていた場所から、上まで。落差は三メートルほどか。手がかりがなければ、落ちた時点で頭を打つ。

縁はしゃがんで崖縁の土を確認した。

雨が降ったのは三日前。その後に土が乱れた箇所がある。人が踏んだ跡——複数。守一人の足跡よりも多い。縁はメモに記録した。正確に残す必要があった。

次の地点へ移動しようとして、後ろに気配があった。


(いる)


体が先に知った。音ではない。空気の変化か、重さの違いか——後ろに、人がいる。


動け、と何かが言った。

縁の中の、それは声だった。直感が声を出す時は、いつもこの感触だ。

言葉ではない、ただ確信として来る——今すぐ動け。


一瞬、ためらった。

この感触は、いつも正しいとは限らない——という思考が横切った。ほんの刹那、体が固まった。

足が滑った。

草が手から離れた。体の重心が崖の外へ出ていく感覚。縁は咄嗟に両手を伸ばし、崖縁の草の根をつかんだ。腕が引っ張られる。足が宙を蹴る。崖の壁面に靴が当たる。


(落ちる)


腕が伸びてきた。

縁の左手首を、強くつかんだ。引き上げる力がかかった。縁は右手でさらに草をつかみ、腹を崖縁に当てて、体を上に戻した。

草の上に転がった。


蒼だった。

呼吸が荒い。蒼も、引き上げながら後ろへ倒れていた。縁は数秒、空を見た。雲が動いている。体が震えている。手のひらに、草の根がついていた。


「——大丈夫ですか」


蒼の声だった。縁は起き上がった。「はい」と言ったが、声が出たかどうかわからなかった。


「なぜここに」

「あなたが一人で来ると思って。昨日から、様子が」


蒼は言葉を切った。縁は後ろを見た。木立が静かに立っている。


「気配がありました。後ろに」


縁は言った。


「あなたでしたか」

「いいえ」


蒼の声が、少し固かった。


「縁さんが崖縁でしゃがんでいるのが見えて、急いで走ってきた。その時——木立の向こうで何かが動いていた。私が来たのと入れ替わるように」

「姿は」

「見えませんでした。枝が揺れていた。風ではない揺れ方で、それだけです」


二人は崖縁から離れた場所に移動した。縁の膝がまだ震えていた。蒼は何も言わず、縁が落ち着くのを待った。

縁は立ち上がった。


「戻ります」

「——今ですか」


蒼の声に、珍しく硬さがあった。


「まだ近くにいるかもしれない」

「だからこそ今です」


縁は言った。


「次に雨が降ったら証拠が消える。あいつが戻ってきても同じことになる」

「しかし——」

「ここで見張っていてもらえますか。私が崖縁にいる間」


短い間があった。蒼は縁を見た。縁は目を逸らさなかった。


「……わかりました」



縁は崖縁に戻った。背後に気を配りながら、それでも手を止めずに記録した。

守が倒れた場所の真上、崖縁の土に——踏み固められた跡があった。守の足跡より大きい。守が一人でここに来て一人で落ちたのなら、あるはずのない跡だった。


(守は一人ではなかった。誰かがここにいた。守が落ちた夜に、崖の上に、第三者がいた)


宿に戻り、縁は震える手でメモを開いた。

第一話から数えると、何ページ目になるかもう数えていなかった。


「直感に従えばよかった」


書いてから、その文字を見た。

同じ言葉を、何度も書いた。毎回、書いた後で後悔した。今回は違う。後悔ではなく


——もう一度、同じ過ちをしたという確認だった。


刹那のためらいが、半身を崖の外に送った。


(次は、止めない)


と思った。思ったが、次の瞬間、自分がそう思ったことに気づいた。

今まで何度、そう思ってきたか。

縁はメモを閉じた。

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