開戦準備
明けて翌日。
ようやく使者は王都へと入ったらしい。
使者の情報は忍びの足が運んでくるので、タイムラグがある。
そうなると使者は今頃ヒゲを当たり、登城の準備をしている頃であろうか?
だとすれば、国王陛下が国交の断絶を告げられ、宣戦布告を受けるのは午前十時頃であろうか?
使者が入国ことはすでに王室に知らされている。
第四王子はすぐさま兵を率いて、使者に気取られることなく辺境伯領地を目指してくるはずだ。
その間は国王陛下が渋い顔をして「う〜ん」と唸り、少しでも時間を稼いで頂く手筈になっている。
それから二日。
第四王子は急ぎに急いだのだろう。
四日かかる道のりを半分の日数で到着してくれた。
第四王子の意気込みが感じられた。
早速全軍に戦闘配置が通達される。
ナンブ軍は粛々と移動。
ドルボンドへ続く閉ざされた大門の近くに布陣した。
先端を鋭く尖らせた丸太が隠されている。
そして大工道具を抱えた工作兵。
弓兵たちもおのが身を守る盾を携えていた。
私は指揮官詰め所に登る。
このために組まれた臨時の櫓であり、辺境伯領地を見下ろすことができた。
そして彼方には河をはさんで城壁に守られたドルボンド国。
此方には攻城兵器の投石機と、その弾丸となる秘密兵器。
第三軍はいま、使者に布陣がバレぬよう民家へと身を隠しているところであった。
櫓の上に登り詰めると、貴族のお歴々、そのお付き、そして光り輝くような第四王子の姿があった。
「ナンブ男爵参謀、ヒロ・ヤハラ。入ります。」
頭をひとつさげると、アーサー王子は私を見た。
「おう、久しいな。ヤハラくん」
少女のように美しいと評判の王子は、あってはならないことだが気さくな態度で私なぞに話しかけてきた。
それもわざわざ立ち上がり、足を運んでである。
すぐさまお付きのジイが、王室の威厳が保たれませぬぞ! とばかり咳払いをふたつした。
アーサー王子はボブカットのハニーブロンドをなびかせて、ジイに向き直る。
「許せジイ、余は第四王子にすぎぬ。市井と向き合っても悪くない身なのだ。それにヤハラくんは余がどれだけ努力しても決して抜くことのできなかった秀才!
むしろ彼があるは合戦の必勝が保証されたものなのだ!」
アーサー王子は久しい再開に興奮したようで、私の手をとりブンブンと振った。
「それでヤハラくん、卒業してからどうしていたんだい?」
憧れの君に逢えた乙女のように、アーサー王子は興奮しきっている。
私は端的に答えた。
「男爵さまがひろって下さいました」
「そうか! ヤハラをひろった果報な貴族やたれぞ! 遠慮はいらぬ、申し出て参れ!」
この問いにイズモ伯爵が出た。
「アーサー王子、その果報者はナンブ男爵にございます」
それを聞くとアーサー王子は、これまでの興奮が嘘のように醒めてしまった。
そして呟く。
「ナンブとは? ……よもやあのナンブ・リュウゾウではあるまいな?」
「さよう、『あの!』『ナンブ・リュウゾウ』がおりまする、というか拙者の殿と崇める者です」
「し、しかしヤハラくん。君ほどの秀才が何故、あのような野蛮人と?」
「その答えは百年兵を養うに似ております」
「そのココロは?」
「ナンブ・リュウゾウ立つは、今日この一日のためだからです!」
「……そうか、ならばリュウゾウの武とヤハラの智をもってして、この合戦に勝つつもりなんだね?」
「我、未だ拙者を卒業できずにおりますので、お褒めの言葉は……」
「お褒めの言葉は?」
「無しにはなりませぬか?」
「良いではないか、私も王室の者とはいえこんな時にしか出番のない『拙者』に過ぎぬ。故に皆も嫉妬の念など抱かぬように。この第三軍は最前線、戦う部隊なのだ。変に貴族の駆け引きや妬みを持ち込むと、たちまち敗戦の憂き目に逢うぞ、よいな?」
やはり王族というのは、こういうときにありがたい。
指揮官詰め所の全員をひとつにまとめてくれた。
これで私も存分に仕事ができるというものだ。
その夜は詰め所で質素は宴が開かれ、全員で必勝を誓い合った。
そしていよいよその日。
使者の帰国が告げられ、開戦の詔が発せられた。
「ヤハラくん、これでいつでもいけるぞ」
王子の言葉に、私は投石機の支度を命じた。
先手はドルボンドに打たせる。
どうせ投石機で城壁を攻撃してくるだけだ。
その城壁はすでに、工作兵の手によって補強されている。
即席の補強にすぎないが、一発でどうこうというようなヤワな補強ではないはずだ。
第三軍主力は、いまだ民家に身をひそめていた。
こちらが反撃の準備を整えていることを、まだ使者には知られたくないからだ。
当然投石機も、祭りの山車でカムフラージュしてある。




