戦場へ、そして結束
いや、重要なのは男爵さまの食事ではない。
私たちは行軍しているということだ。
通りすがる街町で、兵隊さんが拵え厳しく行進しているのだ。
なにごとかと恐れる者あり。
戦争の気配に不安そうな顔をする者あり。
我々の装備を指差して、ウンウンとうなずくだけの集団は無し。
しかしそれも辺境伯の領地に近づくと、反応が薄くなっていた。
辺境伯領地周辺の男爵家、子爵家も兵隊を出しているのだ。
おのずと戦さの気配を感じ、家にこもり鎧戸をおろしている、死の街となっていた。
背後から馬が駆けてきた。
イズモ軍の使者であった。
私は前方に人をやり、行軍の停止を命じ、イズモ軍に先を譲るよう告げた。
ナンブ軍は列を詰めて進路を開けた。
イズモの牙門旗が見える。
やはり赤地に白く象形文字を染め抜いていた。
その文字は「愛」となっていた。
思わず吹き出しそうになるが、どうにか堪えることができた。
しかもその旗、御大層にも小さなハートマークがふたつ添えられている。
やべぇ、伯爵さまの顔見たら、それだけで笑っちまいそうだ。
そしてイズモ軍がさらに近づいてくる。
先頭は次期当主となるであろう次男坊、ダイスケどのであった。
それにイズモ兵が続く。
兵種はナンブと似たようなものだが、鉄砲隊が多い。
二十ほどいた。
少しだけうらやましく感じるが、しかし今に見ていろとも思う。
インチキも交えて最新式鉄砲隊百名を揃えて、いまに吠えづらかかせてやる、と心に誓う。
そして馬上、伯爵さまが征く。
「イズモ伯爵に対し、頭ーー……右っ!」
しんがりを守るクサナギ隊長の号令で、兵も私も馬上のイズモ伯爵を見送る。
イズモ伯爵も堂々たる姿勢で右手を挙げ、私たちの礼に応えてくれた。
各隊からも、頭右の号令が聞こえてきた。
そして私たちはイズモ軍に従うようにして後に続く。
合戦の地、辺境伯領に入る。
このとき私はすでに、先頭であるナンブ・リュウゾウの隣にいた。
伯爵軍とは行く先が違うのだ。
伯爵軍には町中に宿が用意されている。
しかし私たちは男爵軍、野営地が用意されているのだ。
ただし、扱いは悪くない。
野営地にはすでにテントが張られていて、井戸、便所などのライフラインも完備されている。
「期待されとるのかな、俺のたちは」
ナンブ・リュウゾウの問いに私は、その通りと答えた。
「事前打ち合わせでは、ナンブ軍は辺境伯やイズモ軍を差し置いて、急先鋒の最前線、一番槍を勤めますからな」
それ故に、いわゆる司令部においては、男爵さまの発言権が許されるようになる。
そしてその男爵さまに耳打ちするのが、私ヤハラの仕事なのだ。
兵たちはシロガネ・カグヤとクサナギ先生にまかせておく。
「では殿、男爵さまともども司令部へ参りましょう」
ということで、ドルボンドとの国境からほどない場所、ワイマール軍司令部に入る。
要するにドルボンドの閉ざされた門の真正面に入った。
しかし軍議らしい軍議は開かれない。
ナンブ軍が急先鋒を勤め、イズモがそれに続く。
ただそれだけ。
あろうことか戦さの現場である辺境伯でさえ、この合戦の当事者になることを拒んでいたのだ。
兵を全面に出したくないという態度なのである。
「そのような弱腰な態度で、この国難を押し返せると思うのか!」
卓を叩いたのはナンブ・リュウゾウだった。
「いま正に国難は風雲急を告げるとき! それだというのに汝らは我関せずという態度をとるつもりか! この場に王族来たるを忘れるな! 我が王族の一員を前にその態度を貫くは、国賊に等しいと思え! さればこのナンブ・リュウゾウ、いかなる身分にあろうとも即刻首を刎ねるゆえ今この番にていざ首を差し出せぃ!」
貴族その側近の集う場所で、ナンブ・リュウゾウは白羽を抜いた。
それも殺す気満々である。
その志すところが知れたので、私はすぐにフォローを入れた。
「兵を出すことを拒むなら、ナンブ軍はしんがりに回りまする。そして合戦の場から逃げようとする者はすべて斬ります。葬ります」
私の言葉でほかの代表者たちは顔が引き締まった。
だから私は続ける。
「我らを先頭に押し出したくんば、汝らはイズモの前に立て。戦闘戦闘また戦闘。血を流さずに国を守るなどとは、夢夢おもうことなかれ。……わかってんのか! これは戦さなんだぞ!」
一介の軍師に過ぎない私による最後の一喝は効いたようだ。下級貴族の顔が引き締まり、背筋がピンと伸びた。
ナンブ・リュウゾウは木製の卓に脇差を突き立てた。
そして一人一人、刃に親指を押し当てることを強要する。
当然血の玉が紅い宝珠のように浮き上がった。
私はその血を小皿で受け取る。
全員が血を垂らした上で、ナンブ・リュウゾウが場を仕切る。
「みんなでこの血を飲み干そう。ただし、変な病気を持っている者は申し出ろ。儀式は中止だ」
しかしこの儀式は王国の行く末を占っている。
私もそんな風に感じていたので、他の貴族連中もみな同じだろう。
「一番は俺が行く」
そう言ってナンブ・リュウゾウは小皿に口をつけた。
その小皿を回し、イズモ・ダイスケの番。
これもまた口をつけたので、他の貴族たちは腹を決めたようだ。
血盟の盃を交わす。
これで全員、国王陛下の赤子。
死ぬも生きるもともにと決めた同志なのである。
この意識は、きっと役に立つ。
陣中における武者の振る舞いたるやいかなるものか?
それを血液の中にまで浸透させることができたようだ。
まるでチンピラヤクザの振る舞いに見えるかもしれませんが、命より大切なものを守るというのは容易ならざること。決して不快になりませぬよう。……というかブックマークしてくださってる方々としては、手ぬるいわ、もっとやれ! イケイケドンドン!というところでしょうか?




