出陣
そして暦は九月に入り、暑い季節は去りゆき空も高くなった。
それまでワイマールの空に座り込んでいた積乱雲は姿を消し、ひつじ雲の群れが空に広がる時期。
アヤコたち忍びの手により、ドルボンド国辺境伯領地の地図も詳細なものが手に入り、戦さ支度も急速に整う今日この頃。
まずはドルボンドからの使者がワイマールへの門を閉ざしてしまった。
この一報はイズモ伯爵からもたらされ、同時に合戦準備を意味していた。
ナンブ領内でも急報が飛び、私たち北区画も「いざ合戦の地へ!」と支度を整えた。
集合はもちろん男爵さま邸宅。
まずは我々、北区画軍が一番に馳せ参じた。
それから東区画、南区画の順番。
そしてここからは、まずナンブ軍として編成される。
シロガネ・カグヤとクサナギ先生が、部隊編成に動いてくれた。
弓兵、やり兵が大半である。
彼らはまだ得物と防具を荷車に置いている。
不足は無いか、一度全員に装備をさせてみる。
問題は無かった。
鎖の着込み、剣術の胴、そして垂れ。
額には鉢を守る金防具をつけて、思った以上に勇ましい。
手に手に得物を携え、弓は弓で槍は槍でと整列は完了していた。
馬上、男爵さま現る。
兵総員、命じられることなく気をつけの姿勢をとった。
そばに控えるは、腰間の二本差しで目をギラつかせるナンブ・リュウゾウ。
みなと同じく黒縮緬の上下に黒羽織。
白い襷をかけている。
男爵さまから出陣のお言葉がくだる。
それが終わると武装を解いて荷車へ。
準備が整うとナンブ家の牙門旗が掲げられた。
赤地に白く象形文字を一文字染め抜いた旗である。
ナンブ、イズモ両家にのみ伝わる独自の象形文字だ。
私も両家独自の言語は勉強に勉強をかさねて通じている。
あれは「誠」という文字だった。
旗は荷車に挿して、いよいよ出陣である。先頭を征くのは三男坊ナンブ・リュウゾウ。
それに続く抜刀隊はナンブ・リュウゾウ親衛隊の面々。
そして弓兵、男爵さまを守るように力士隊が続き、槍兵たちが後ろを守る。
私は少数の鉄砲隊とともにしんがりである。
背後から眺める千名もの軍勢は、なんとも頼もしい姿であった。
夕刻、宿に入る。
算盤方の身としては、野宿して宿賃など出さず食費だけで賄いたいところなのだが、ナンブ・リュウゾウの「合戦前に兵を疲弊させることはできぬ」という一言で、木賃宿に入った。
みんな風呂釜が焼けるほどに薪をくべて、旅の疲れを癒やしていた。
そしてささやかながら酒肴も出す。
みな喜んで食い、喜んで飲んだ。
ただし男爵さまだけは終始渋い顔。
酒にも肴にも箸をつけない。
貴族が庶民と同じものが食えるか! というところだろう。
しかし空腹では行軍に差し支える。
無理を言って箸をつけていただいた。
すると男爵さまの人瞳がパッチリ開く。
あれよあれよという間に突き出しが無くなった。




