第三話:天国の香りがした夢
#泣ける物語 #母をたずねて #10歳の孤独 #最後は温かい涙を #エドの物語
その夜、僕の体は燃えるように熱く、同時に凍えるように冷たかった。長野の冷たい雨が骨の髄まで染み込み、頭の中は熱で濁って、すべてがぐるぐると回っていた。
僕は施設の薄暗い部屋で、薄い布団の上に横たわっていた。呼吸は浅く、重い。目を閉じるたびに、あの郵便局の赤いスタンプが脳裏に浮かび、何度も何度も僕の胸を打ち据えた。
やがて、意識が遠のいていく中で、暗闇がゆっくりと姿を変え始めた。
突然、僕はもう施設にはいなかった。西日の差し込む、温かくて小さな部屋にいた。作りたての味噌汁の香りがして、そして何より……あの石鹸の香りがした。いつも施設のトイレで盗むように嗅いでいたあの柔らかな匂いが、今は僕を優しく包み込んでいた。
誰かが僕のそばに座っている。逆光のせいで顔ははっきり見えないけれど、その手は……驚くほど柔らかかった。その人は、温かいタオルで僕の額を拭ってくれた。
「お母さん……?」僕は囁いた。凍えた子猫のような、消え入りそうな声だった。
その女性は微笑んだ。何も答えなかったけれど、僕の手を握ってくれた。その温もりはあまりにリアルで、力強く、二度と僕を離さないと言っているようだった。その瞬間、胸の痛みは消えた。赤いスタンプも、失われた住所も、十年の孤独も……すべてが霧のように消えていった。
「もう、どこにも行かないで」僕は夢の中で泣いた。「お母さんに書いた手紙、たくさんあるんだ。漢字も、ちゃんと書けるようになったんだよ……」
彼女は僕の額にキスをした。温かい。とても、温かかった。
けれど、その温もりは突如として鋭い冷たさへと変わった。
僕は無理やり目を開けた。青白い蛍光灯の光が目に刺さる。僕はあの温かい部屋にはいなかった。息苦しい、いつもの施設の部屋だった。
確かに、誰かが僕の手を握っていた。けれど、それは夢に見た柔らかい手じゃなかった。働き詰めで荒れて、しわの寄った高橋さんの手だった。彼は布団の横の木椅子に座り、ひどく疲れ切った、心配そうな顔をしていた。
「エド? 気がついたかい? よかった……。さっきまで、すごい熱だったんだよ」高橋さんはそう言って、僕の額の湿布を替えてくれた。
僕は黙って、ひび割れた天井を見つめた。郵便局では必死に堪えていた涙が、今はもう止めどなく溢れてきた。体が痛むからじゃない。さっきの美しい世界が、死にかけた僕の脳が見せた、ただの幻影だったと気づいてしまったからだ。
「高橋さん……」声が枯れていた。
「なんだい、エド?」
「お母さんは……この世界には、本当にもういないんだね?」
高橋さんは答えなかった。ただうつむき、僕の手を握る力を強めた。その沈黙は、僕がこれまでの人生で受け取った中で、最も誠実で、最も残酷な答えだった。
僕は窓の外に目を向けた。外では、季節外れの春の雪が静かに降り始めていた。白くて、無口な雪。僕はベッドの下にあるビスケットの缶を思い出した。希望を込めて折った、何百もの紙飛行機。
(もう、十分だ……)
僕の心は、ひびが入りすぎたガラスのようだった。そして今夜、それはついに粉々に砕け散った。
(苦しい熱の中でしかお母さんに会えないのなら、もう夢を見るのはやめよう。目覚めた時に自分を凍えさせるだけの幻影を、これ以上追いかけることはできない)
震える体で、僕は最後の決意をした。すべてを解き放とう。あの手紙も、僕が自分の中で作り上げた「お母さん」も。




