第一話:一度も停まらない駅
#泣ける物語 #母をたずねて #10歳の孤独 #最後は温かい涙を #エドの物語
長野県の春の空気は、まだ骨の髄まで凍みるような冷たさを残している。桜の花びらが一枚、また一枚と散り、アスファルトを桃色の雪のように覆っていく。日本では、桜は新しい始まりの象徴だというけれど、僕にとっては、咲き切る前に散ってしまう何かの思い出に過ぎなかった。
僕は『ひだまりの家』の鉄柵のそばに立っていた。ここが、僕が過去七年間を過ごしてきた場所だ。
僕は、少し窮屈になった学校行事用の小さなスーツを着ている。髪はテレビで見かける「母親の手を引く子供たち」のように、水できっちりと整えた。肩には、色が褪せ始めた紺色のランドセルを背負っている。
今日は「オープンデイ(一般公開日)」。都会から家族たちがやってきて、豪華なお弁当と温かな笑い声を運んでくる日だ。
「エドくん! 見て、お母さんが甘い卵焼きを作ってきてくれたよ!」
クラスメイトのケンジが、上品な着物を着た女性に向かって駆けていく。その女性からは、僕のところまで香水の匂いが漂ってきた。それは僕が施設のトイレで嗅ぐ石鹸の匂いとは違う、見知らぬ花の香りだった。
彼らは桜の木の下で、ブルーシートの上に座っている。僕の周りの世界は、お箸の触れ合う音や、控えめで礼儀正しい笑い声、そしてポラロイドカメラがシャッターを切る音で満たされていた。すべてが、僕という存在を拒絶する絵画のように、あまりにも美しく見えた。
僕はズボンのポケットを探った。そこには真っ白な封筒がある。震える手で、その表書きに『母上様へ』と漢字で書いた。
『お母さん、今新幹線に乗ってこちらに向かっていますか? それとも、新宿駅の混雑の中で迷ってしまったのでしょうか?』
「エドくん、食べないのかい?」
園長の高橋さんの優しい声が、僕の思考を引き戻した。彼はビニール袋に包まれた小さなおにぎりを持ってきてくれた。
僕は無理に笑顔を作った。他人に迷惑をかけてはいけないと教えられた、日本の子特有の笑顔だ。「ありがとうございます、高橋さん。でも、お腹はいっぱいです。もう少しだけ、ここで待っていたいんです」
高橋さんは翳りのある目で僕を見つめた。彼は分かっていた。ここにいる全員が分かっていた。けれど日本では、沈黙こそが最も礼儀正しい同情の形であることもある。彼は僕の肩を一度だけ叩き、去っていった。
太陽が日本アルプスの向こう側に沈み始めた。鉄柵の影が地面に長く伸び、僕の希望を閉じ込める監獄の格子のように見えた。家族たちは一つ、また一つとお弁当の残りを片付け、丁寧にお辞儀をして、最寄りの駅へと歩いていく。
施設の庭は再び静まり返った。残されたのは、踏みにじられて汚れた桜の花びらだけだった。
僕は薄紫色に染まった夕暮れの空を見上げた。日本では、真心のこもった祈りは風に乗って神様の耳に届くと信じられている。けれど、春の風が僕の耳元を通り過ぎる時、それはただ虚しい冷たさだけを運んできた。
(ああ、そうか……)
僕はポケットの中の封筒を握りしめながら思った。
この春の日本の空は、僕一人の小さな祈りを受け止めるには広すぎるんだ。僕の声は通り過ぎる電車の騒音にかき消されてしまったのかもしれない。あるいは、僕の名前はもう、この柵の外側にいる誰の記憶からも消し去られてしまったのかもしれない。
僕は振り返り、きしむ音を立てる施設の引き戸へと歩き出した。ランドセルの中の、手紙がいっぱい詰まったビスケットの缶が、いつもより重く感じられた。まるで、僕が綴った一文字一文字が石となって、夜の闇の中で僕一人の肩にのしかかっているようだった。




