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四、グランデレ②

乙姫のいる竜宮城は南の海岸線からさほど遠くないところに位置する。午前中に王城を訪れていた乙姫は、敵の侵攻を受けていた緊急事態の為、早々に竜宮城に帰らせた。予定通りなら城を出て移動中である。もし外にいたら命も危ない。


城内にはその日500人ほどいたが、城門の外には身の安全を訴えに来ていた国民たちがその何倍もいる。堅牢な城内にいてこの被害である。外にいた者たちが無事とは思えなかった。土埃が充満する廊下を侍従の数人が階下に駆け下りていくと、城門を開けて中にけが人を運び込んでいる光景が目に入った。すごい数である。開け放たれた門から入り込む焦げた臭いと埃、そして血のにおいがする。うめき声と子供の泣き声、怒鳴り声、瓦礫をどけるガラガラという音が入り混じって、さながら戦場であった。軽傷の者が動けない者の手当てをしており、その中に乙姫の姿も見えた。帰り際に1階のロビーで城の者と世間話に花が咲き、まだ城を出ていなかったのだ。乙姫は無事だった。医師らと一緒に介抱するさ中で美しいドレスにけが人の血がついていたが、そんなことを気にする様子ではなかった。

必死に手伝う乙姫に駆け付けた侍従が声をかける。


「姫様、ご無事でしたか」


「ええ、ありがとう。上はどうなっているの?」濡らした布でけが人の血をふき取ってやりながら乙姫が問いかける。


「皆無事です。けが人は出ましたがこちらには死者はいません」


「よかった。敵の砲撃が始まったの?」


「いえ、まだ敵は攻撃していません。箱舟です。箱舟が先に攻撃をしたのです。さっきの爆風は箱舟の攻撃で起きたんです」


さっと乙姫の顔色が変わった。


「箱舟がこれをしたというの?敵の攻撃ではないの?では敵はどうなったの?」


「…全滅したと思われます」


それを聞くと乙姫は広間中央の大きな階段を獣のように駆け上がっていった。


(お父様に確認しなければ。あの箱舟には何かある。私の知らない何かが。これはただ事ではない)




あと少しで父や学者たちがいる箱舟の制御室の階につくという階段の踊り場で、降りてくるグランデレと乙姫がばったり出会った。グランデレの緊張に満ちた表情が安堵に変わる。


「よかった。無事だったか」父の安堵の表情には答えず、乙姫は父に問うた。


「あの爆発は箱舟がやったというのは本当なのですか?あれは何なのですか?」


「それを今から見てくる」父の後ろに従者の姿は見えない。


「お一人で行かれるのですか?危険ではありませんか」


「私一人で確かめなければならないことがある。それに、王族以外あの中には入れない」


「それでも一人は危険です。他に誰も連れて行かないのならば私が一緒に行きます」


「駄目だ。今は発砲の直後で向こうがどうなっているか分からない。そんなところにお前を連れて行って何かあったらどうする?それに、あの爆撃現場をお前に見せるわけにはいかない。まずは私一人で行って確かめてくる」


そう言うと私は半ば飛ぶように階下に走り下りて行った。乙姫が私に向かって何か叫んだが、もはや私の耳には届かなかった。


なおも追おうとする乙姫を側近が押さえて引き止めた。


「姫様、今はおやめください。危険です」


「ならほかの誰かが一緒に…」


「いえ、主砲は格納されましたが、まだ箱舟に装備されている機銃が完全に収まっているかわかりません。もしまだ出ていれば、我々王族以外は撃たれる可能性があります」


「お父様しか行けないの?」


侍従は乙姫の手を押さえたままうつむく。


「申し訳ございません…」


私が一階のホールまで駆け下りると、そこにはとんでもない光景が広がっていた。城の正面に国民が押し寄せていたのは知っていたが、私の想像をはるかにしのぐ被害であった。私の姿が見えるとわっと人が集まり、私を取り囲んだ。彼らの心配事は目の前の怪我人だけではなく、この先の事である。城内に逃げ込んだ市民の一人が私に恐る恐る話しかけた。


門前で暴動寸前の時は怖いもの知らずの態度だったが、いざ目の前にすると王には近寄りがたい威厳があり、話しかけるのに勇気を必要とする雰囲気を持つ。


「あの…王様、敵はどうなりましたか?」周囲を囲む人々はじっと私の返事に耳を傾ける。


「今の爆風で吹き飛んだ。おそらく全滅だろう」


「ではもうここへは襲ってこないのですね?」


「ああ、大丈夫だ。今から様子を見に行くが、次の軍が来ることはまずないだろう」


周囲で聞いていた人々は安堵のため息をつく。


威厳があると言っても、私は国民には信頼されている王である。徐々に私は人だかりに囲まれていったが、その場にいた城の衛兵たちに後を任せて、私一人で門から城外に出た。まだ秋というには日も高く、午前中から暑かった気温は昼にはじりじりと皮膚を焦がすような暑さになっていた。今日は南の浜辺からの風が穏やかに吹いており、先ほどの爆発地帯の煙も今ではゆるやかにたなびきながら北に向かって吹いていた。私は馬を一頭用意させるとそれにまたがって、まずは敵が全滅した地点へと駆けていった。


まっすぐに走っていくその姿を城から乙姫はじめ多くの者が見つめていた。


砲撃現場の近くまで行くとまだところどころ草木が燃えており、焦げ臭いにおいが辺りを覆っていた。生存者がいないか確認するほうが先決であると馬を向けたが、一見してそれが絶望的であるとわかる有様であった。地面は人の背の高さほどまでえぐれ、雨水でもたまれば立派な池になりそうな様子だった。それでも注意深く見まわしていると地面には武器や武装の破片が見て取れ、間違いなくここで人が死んだのだと実感した。他に敵の援軍が来ていないかと周囲を警戒したが、敵らしき人影はいない。いたとしても撤退したのだろう。


(ここにいても、もはやする事もないか…)


そう考えた私は、移動を始めた箱舟に向かって馬を走らせた。城を出る際に確認した時には、箱舟は海辺から西に向かってゆっくりと動き始めていた。あれからまだそんなに時間は経ってはいない。馬を駆って箱舟を追うべく国境に沿って作られている箱舟の軌道を目指した。


あれから思ったより速度を上げたようで、箱舟は海岸線を外れ、西の国境へと移動したようだった。


(ずいぶん移動しているな)


発射直後は大騒ぎしていた森の鳥たちも落ち着きを取り戻し、この辺りはいつもと変わらぬ風景であった。馬に乗ってしばらく進むと遠くに箱舟の屋根が見えてきた。この辺りの軌道はほぼまっすぐに敷かれており、軌道の脇には道もある。起伏が無く馬が走りやすい地形である。姿を捉えてからは追い付くのにそれほど時間はかからなかった。走りながら箱舟の周りをゆっくりとまわって、異常がないか確認したがこれといった異常は見られない。となるとやはり中を確認しておきたい。箱舟の横を馬で並走して、側面にある梯子に飛び移った。乗り捨てた馬はしばらく箱舟の横を走っていたが、やがて姿が見えなくなった。


横のドアから鍵を使って中に入ると入り組んだ狭い通路があり、またその先にドアがある。そのドアが異様に重く、巨大な鉄の塊のようであった。数年ぶりに中に入ったが、以前よりもドアが重いように感じる。


(私が入る分には命の問題もないのだがな。他の学者たちを受け入れてくれないのは困ったものだ)


ドアの向こうにあるはずのものを確認したら、あまり長居せず外に出ようと思いながら中に入った。この中には、妻のソフィアが“亡くなって”から暫くはよく来ていたが、ここのところ来ることが出来ていなかった。中の様子は一見変わらないように見えたが、静かであった。そこにあるはずの“明かり”がなかった。一体何が起こったのだろうかとしばし考え込む。目の前の操作パネルをあれこれ触ってみたが、結局変化はなかった。中は大広間のようになっており、入り組んだ装置が様々なパイプでつながれている。兵器というよりは化学薬品の工場に置いてある機械のようだ。その周囲をらせん状に上る階段がぐるっと取り囲んでいる。上を見上げると大きな円柱と、その上に長い砲身をもつ長距離砲が見える。台座の役目をする円柱には通称“八つの目”と言われるセンサーが付いている。黒みがかった銀色の兵器は箱舟本体の優雅な形とは程遠く、殺伐とした機能的なデザインである。中が静かであることを不審に思いながら、もう自分に確認出来る事はないのだがどうせなら詳しく見ておこうかという気持ちになり、私は羽織っていたマントを脱ぐと階段を使って上に登り始めた。さっき発砲したばかりだったので、砲身の近くまで来るとまだ残っている熱を感じた。周りはゆらゆらと熱を帯びた空気が陽炎のようにゆらめいており、これが敵を殺したのだと改めて思い知らされる。


(このまま終わってくれればいいが、そうもいくまい。侵略を受けたとはいえ、こちらは敵兵を殺したのだ)


らせん階段の上からもう一度中を見渡すと、そこにはやはり静かな箱舟があった。グランデレは手すりに肘をついてため息をついた。


(もう、私が知っている箱舟ではなくなってしまったのかもしれないな。こうなった以上やはり私が封印するしかないが、何とか直せないものか…。せめて、乙姫を一度乗せてから…)


そう思いながら階段を下りて、最後にもう一度真っ黒になって何も映していないパネルを見つめる。


結局こうなったか。そう思いながら箱舟の外へと躍り出た。一応馬を探したがやはりいない。薄情な奴だと軽く笑うと私は城の方向に向かって歩き始めた。


箱舟から飛び降りるグランデレの様子を、一人の男が木陰から馬にまたがって見ていた。男はグランデレの姿が見えなくなるまでそのままそこでじっとしていた。


箱舟の様子が気になって遠巻きに観察していたら、グランデレの姿が見えて肝を冷やしたが見つからなくてよかった。しかし王が一人で来るとは。彼は箱舟の正体を王は科学院や乙姫に隠しているのだろうか?

自分は箱舟の中へ鍵を使わずに入ろうと何度か試みたが、無理だった。やはり鍵が必要だが、鍵を貸してくれと言っても、貸すはずはないだろう。箱舟に入るためにはあの鍵を持っているグランデレと行動するしかない。私とて操作の仕方を完全に把握しているわけでは無いが、王国の連中よりはましだ。まずは入ってみないことにはこれからのことも決められない。中の様子を早く確認しなければ…。


そこまで考えると男は王が歩いて行った方向とは逆向きに歩き始めた。

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