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四、グランデレ①

私の王国の領土はそれほど広くなく、これといった大きな産業もないが、自然が豊かで四季折々には様々な作物が取れる美しい国だ。周辺には気性の荒い国家も多かったが、代々の国王は政治手腕に長けており、これまで周辺国からの侵略戦争で甚大な被害を受けたのはたった一度きりだという。その戦争は美しい国土を焼け野原に変えてしまったが、その時の復興を指揮したのが私の二代前の王であった。そしてその頃に国の防衛システムとして科学院の学者たちが作ったのがあの箱舟だという。今やあの箱舟は我が国の防衛の要であり、そう簡単には攻略できない難攻不落のシステムとして周辺国に知れ渡っている。とはいえ、箱舟の役割や機能は知るものもほとんどいない最高機密で、現在では国内の科学院ですらその制御は出来ていない。そもそも設計図が残されていないのである。一部解明されていることもあるのだが、肝心な事は謎のままだ。そもそもこの箱舟は我々王族しか中に入ることが出来ず、それ以外の者が中に入ろうとすると防衛システムが反応し、命を落とす。研究には王族の協力が必然だが、私の命も永遠ではない。時が来れば私は死に、箱舟の秘密は後継者に引き継がれる。私が王国を引き継いだ時に父から受け取った言葉は、そのまま私の生きる道しるべとなった。


“箱舟を封印してくれ。あれはいずれ災いをもたらす”


この言葉を私は何度心の中で口にしたことか。自分にそんなことが出来るのだろうかとも思った。自分たちで制御できないような物騒なものは無いに越したことはないし、そもそも兵器の上に成り立っている平和は平和と呼ぶべきではないのだ。しかし、結局この国を災禍から守っているのもあの箱舟なのだ。ここからの数年はこの国にとって、まさに未来を決める重要な判断を迫られることが続くだろう。王位を引き継ぐであろう娘とも、今後の王国の方向性について慎重な打ち合わせをしなければならない。それも、出来るだけ早く。彼女が王位を引き継ぐ前に。そこまで考えて、自然と小さなため息がこぼれた。


(しかし、肝心の娘があれでは…)


そんなある日、ついに箱舟に大きな変化が現れる日がやってきた。

事の発端は隣の西の国からの侵攻であった。先日乙姫とお見合いをしたノア王子の国である。箱舟のおかげでここしばらくは平和であったが、遂に異変が起こった。後に分かった事だが、王国の箱舟の防御システムは、今や過去の遺産であり大した能力はなく何ら恐れる事はないというまことしやかな噂が流れていたのだ。確かにおよそ百年近くこの国は平和で、あれが起動したところを見た者はほとんどいない。管理をしている技術者たちでさえもこれまで作ってきた説明書にしたがって整備をしているだけで実際に戦闘状態で動いたところは見たことがないのであるから、そんな噂が流れても当然かもしれなかったが、それを真に受けた国があった。それが西の国だった。小規模であったがれっきとした戦闘装備を備えた軍が国境に接近したのである。こちらは箱舟が起動する前に立ち去れと警告を出したが、敵は様子を見ながらじわじわと国境を越えてきた。国境を越えたといってもすぐに町があるわけでは無い。数日をかけてゆっくりと森を抜け、草原から畑へと進軍してそこで一旦侵攻を停止した。箱舟の様子を見ていたのである。数日かけた侵攻であったが、その気になって逃げれば一日で国境の外に出られる場所である。王国の軍も距離を取って配置についたが、日頃戦闘訓練をほとんどしていない兵士がほとんどで、何とか引き返してくれと願いながら機関銃を手に、手前の草原で潜んでいた。まさに一触即発であったが、その段になっても肝心の箱舟は防衛システムとして全く起動しなかった。ただいつもの通りにゆっくりと軌道の上を動いていた。いつかは敵をやっつけてくれるという兵士たちの希望はすっかりしぼんでしまった。あの大きな箱舟は、ただいるだけで何の役にも立っていなかった。

慌てたのは国民である。

『箱舟が起動しない』という話はあっという間に国中を駆け巡った。この国はもともとそれほど豊かな国ではない。大国に比べれば吹けば飛ぶような武器しか持たない我が軍はどこかの大国が来れば滅ぼされるのに一時間もかからないのではないかというほどに貧弱であった。

(やられる…)

そう思った国民たちは群衆となって城に押し寄せた。


「箱舟はどうなっているんだ!王は我々を見殺しにする気か?」


国民は必死になって門をたたいたが、城の中から応答する者はいなかった。城の中はそれどころではなかったのだ。国内でおよそ学識のあるものはすべて集められ、箱舟の整備マニュアルを見ながら制御装置の総点検にあたっていたのである。箱舟の制御装置は王の執務室と同じフロアーにあり、城内では最も重要な位置づけだ。ただ、何か操作できるわけでもないので、無事通電しているかなど、本気でやれば1時間もかからないような点検しか出来ない。

このままでは殺されるという危機感はなにも一般国民だけが持っていたわけでは無い。むしろ一般人は捕虜となって財産の接収くらいで済む程度だが、我々王族や官僚こそ間違いなく死刑だ。城内で政治とは関係なく、単にコックとして働いている者もどんな巻き添えを食うかわからない。命がけならこちらのほうが切羽詰まっている。何とかして箱舟を動かさないと何もかも失くしてしまう。


学者たちがあれこれと議論をしている様子を横で見ていた私は耐えかねて科学院のヒューゴ長官に声をかけた。


「どうだ?動きそうか?」


長官はしばらく黙って制御装置を眺めていたが、おもむろに(つぶや)いた。


「駄目かもしれません」


私はもともと声を荒げて家臣をしかりつけるタイプの王ではないが、この時ばかりは怒鳴りつける王のほうがあるいは現場にとって気が楽であったかもしれない。押し殺すような沈黙が城内を覆っていると、外から兵士が一人飛び込んできた。


「敵が動き始めました!まっすぐこちらに向かってきます!」絶叫であった。


皆一斉に窓際に駆け寄り双眼鏡を使って遠方に目を凝らすと、果樹園が広がる郊外から兵隊たちがこちらに向かってくるのが西の方角に見えた。南の海沿いに目を移すと、先程までゆっくりと移動していた箱舟はもはやびくともしない。これを見てそこにいた者たちが疑問を口にした。


「箱舟が止まってしまったではないか。もはや動いてもいないのか。いつからあの状態だったんだ」


箱舟は領地を囲む軌道の上をゆっくり移動するのがいつもの姿である。むしろ止まったところを初めて見た。あの様子では箱舟内部のすべてのシステムは止まっているのだろうと皆考えた。


もう駄目か。そんなことを考えながらぼんやりと敵軍と箱舟を交互に見ていると、突如箱舟に変化が現れた。屋根の一部が明るく光り、軌道上をするすると動き始めたのである。


「動いた!」と誰かが叫ぶ。


箱舟とこちらの間には背の高い木々で作られた森があり、箱舟全体は見えないが、箱舟上部の形が変形しているように見える。森にいた鳥たちは一斉に飛び立ち、空が無数の鳥の影で覆われている。変形をしながら移動し始めたようだが、森の木々が邪魔で本体下部の様子はよく見えない。


暫くして完全に開口した屋根から円柱形の台座に乗った主砲らしきものが姿を現した。台座にセンサーが組み込まれているのか、忙しくライトが点滅をし始め、やがて砲塔が回転して、敵のいる北西へと砲口を向けた。


何が始まるのかと思ったその時であった。


シュン!という甲高い音が鳴ったと思ったら、敵軍のいる田園でドンッという爆発音がした。城よりも大きい巨大な土煙が上がったと思った次の瞬間、強烈な爆風が城を襲い、西側の窓という窓が一斉に砕け散った。


窓側に集まっていた学者たちは一斉に窓の反対側に吹き飛ばされた。窓際にいた多くの人にガラスの破片が刺さり、箱舟の制御室は血の海となった。


「誰か、早く医者を呼んでくれ!」


ドアの辺りにいた侍従たちが叫んだ次の瞬間、箱舟は再びシュン!という音を上げて二発目を発射した。


私は叫んだ。「早く窓から離れて、反対側の廊下に逃げろ!」


あの爆風をもう一発食らったら間違いなく大けがをする。全員が西の窓から離れるために廊下に走ったが部屋の出口にたどり着かないうちに二回目の爆風が襲い掛かる。再び爆風が城を襲ったが、窓やドアは一回目の爆風で既に無く、堅牢な石造りの廊下の壁がかろうじてそこにいた者たちを守った。


窓とカーテンがすっかりなくなった見晴らしのいい西側からは敵軍のいたはずの場所が廊下からでもよく見えた。


そこだけ、何もなくなっていた。畑も、草木も、人も。


「やったのか…?」


誰かが言ったが、それに応える者は誰もいなかった。答える必要がなかったからである。誰が見ても、敵は完全に消えており、黒く丸い二つの焼け跡が田園風景の真ん中にくっきりと出来上がっていた。


敵に対する恐怖は消えたが、喜ぶ者はいなかった。敵は確かに消えたが、箱舟に対するえも言われぬ恐怖が新たに作られた。なにしろ科学院は何がきっかけで攻撃が始まったのかわからないままなのである。あんなものが誤作動を起こし、城に向かってあの一撃を発射しようものなら、ここにいる全員が一瞬で粉々に吹き飛ぶ。そんなものが城の周りをぐるぐる回っていては生きた心地がしない。ただ、あの破壊力は抜群だ。あれを見せつけられれば、ここに軍をすすめようなどと考える国は、どこにもないだろう。


「あれが…箱舟か…」


すっかり風通しの良くなった西側の穴から箱舟を眺めていると、箱舟はゆらゆらと動きだしながら再び変形を開始し、元の形に戻っていった。見慣れた形になったのを確認すると、これでしばらく大丈夫そうだという安堵が一帯にいた我々に広がった。

ほっとした瞬間、私ははっとして叫んだ。


「姫たちが無事か確認しろ!」


言い終わる前に数人が一斉に駆け出した。

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