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三、ノア①

西の国のノア王子が初めて乙姫に会ったのは、彼がまだ10歳にも満たないほんの子供の頃であった。乙姫の第一印象は可憐で活発。物怖じしない雰囲気で大人に向かってもはっきりと自分の意志を伝えるタイプだったが、決して嫌味なところがなく、一瞬で人を虜にするようなキラキラした女の子であった。それまでおとなしく何も言わないような女の子ばかりを見てきたノアには、まるで他の星から来た宇宙人を見たような衝撃で、これまで女の子とはこういうものという固定観念を持っていたノアには十分に破壊力のあるカルチャーショックであった。


ノアには兄弟はなく、いずれ王になるという事が決まっていたこともあって、小さい頃から教育係と過ごすことがほとんどであった。その先生たちも比較的物静かな老人揃いで、静かな森の中にいるような日々を送ってきたノアには、年齢に似合わぬ勢いのある乙姫に、いつしか憧れを抱くようになった。

小さい頃からとびきり可愛かった乙姫にノアも他の多くの男子同様ポッとなったが、そんなものには興味はないという感じの乙姫にノアは全く相手にされず、人生初の恋心は無残な撃沈で終わった。


そんな彼に大きなチャンスが巡ってきたのは成人してすぐの事であった。隣の王国から乙姫との縁談が舞い込んだのだ。そもそも王族の結婚は王族同士の話し合いで決められて当人たちの意見は二の次であるのが普通だったが、乙姫は自分の結婚相手は自分で決めると言って頑として譲らず、長大な見合いのスケジュールが組まれていたのであった。あれから乙姫はさらに美しくなったと聞き、ノアは大いに意気込んだ。しかし相手はあの乙姫である。他の国からも結婚の誘いは引きも切らないであろう。これを逃すと乙姫との結婚はまず無理である。お見合いに二度目はない。早々に見合いの日程が組まれ、2か月後という異例のスピードで日程が決められた。父のライアン王もこの縁談には乗り気でノアには期待していたが、誰が見てもノアが乙姫の尻に敷かれるかかあ天下になることは目に見えており、少々不安ではあった。

お見合いが決まってからのノアは自分磨きに精を出した。これまで以上に勉学や剣術に努力をし、見合いの為の服を何着も仕立てて、鏡の前で歩く練習をする姿は、傍から見ても涙ぐましいものであった。なぜ涙ぐましいかというと、城内の従者のほぼ全員が、『まあ、駄目だろうな』と予測をしていたからであった。


さて、そうこうするうちにお見合い当日はあっという間にやってきた。

西の国に招かれた一行の馬車の中、乙姫の横にはグランデレもいた。ソフィア王妃も同席を希望していたが体調が思わしくなく、周囲の勧めで欠席となった。すぐ隣の国なので移動時間としても大した時間は取らない位置関係であったが、侍従や警備を含め、総勢100名を超える行列が西の国の城に到着した。

ライアン王は満面の笑みで王国の一行を迎え入れた。

騎兵隊が一斉に敬礼する中、一団は美しい広間に招き入れられた。


「ようこそお越しくださいました。この日を心待ちにしておりました」


それぞれが礼を取って着席する。

乙姫の正面に座るノア王子の顔色は既に緊張で蒼白だったが、ここでも乙姫は堂々としていた。もはや格が違うと西の国の侍従たちは改めて乙姫の凄みに感じ入った。そして相対するノア王子を見て、


『やっぱり無理だなこれは…』と、始まって早々既にガックリときていた。


グランデレが答える。


「こちらこそ、お招きいただき光栄です。ここにいる若い二人は幼い頃から親しく言葉を交わす仲でしたから、全く知らない者同士ではありませんが、それは友人としての関係性。本日はこれからの未来について乙姫がお話ししたいと申すのでこうしてお伺いした次第です」


ライアン王が破顔する。


「それは素晴らしい事です。乙姫様の未来に対する責任感の表れであると存じます」


そう言うと改めて乙姫に向き直る。


「乙姫様、本日はお越しいただきありがとうございます」


乙姫がにっこりとほほ笑む。美しい乙姫の微笑みに場が和む。


「ライアン王、お久しぶりです。本日はこのような場を設けていただき、ありがとうございます。そして…」


そう言うと、乙姫はノア王子の方をまっすぐに見た。


「ノア王子、こうして私の為にお時間をいただけて感謝します」


そう言って微笑む。その柔らかい笑顔に、今日はもしかしたらうまくいくのではないかと遠くから様子を窺う西の従者の面々は淡い期待を持った。


「とんでもありません。久しぶりにお会いできて嬉しいです。今は乙姫様はどのようにお過ごしですか?ここ数年お会いしていなかったので、最近の趣味のお話などお聞かせください」


ここまではノア王子の描いた台本通りであった。しかし…。


「ではノア王子…」


と、乙姫が切り出す。


乙姫はあの日の事をまるで昨日のことのように覚えている。


「私はかねがね国家の平和というのは王の双肩にかかっていると考えています」


ノアとしては自分の切り出した話と全く関係がない話が始まったことに少々面食らったようだった。それは横にいるライアン王も同じだったようだ。そして、緊急事態に対応出来なくてオロオロする所はこの親子の共通の欠点だ。でもそれは愛すべき欠点で、決して『欠けている点』ではないのだ。その事をもっと早く言ってあげればよかった。


「私は今日、好きな歌劇の話や王国の庭園に咲く花の話をしに来たわけではありません」


横からグランデレがたしなめる。


「乙姫や…。もう少し慎みなさい」


しかし、私は続けた。


「ノア王子、私はノア王子が私のような女性を伴侶に持って幸せになって頂けるのか知りたいのです」


ノアは一体何の話が始まったのかと怪訝な顔をする。


私が彼の返事を待たずに続ける。


「私はそれぞれの国の、武力による力の均衡を破りたいと思っています。今のこの世界は私が好ましいと感じる状態からは程遠いのです。ですから私の夫となる方には、私と同じ理想を抱く方を望んでいます。そして私はそのような王を支えたいと思っています」


横にいたお父様があっけにとられて私を見ている。


「我が国にも箱舟という兵器があります。幸いな事に箱舟のおかげで我が国に攻め込む国はこの数年ありません。しかしそれは箱舟が最強だと言われているからです。もしも、もっと強力な兵器が発明されれば我が王国のような中堅国家はひとたまりもないでしょう。でも、そうなってからでは遅いのです」


私は唇をぎゅっと噛みしめる。


「強い兵器があるときにはそれを保有し、もっと強い兵器がよそで出た途端に『兵器での防衛は間違っています』と言って誰が賛同してくれるでしょうか?王国が最強である今こそ、世界を変える時だと思うのです。そう思いませんか?」


私がまっすぐにノアを見つめると、彼も慌てて賛同する。


「それはもちろんそうですが…」


ノア王子はハキハキと物を言わない男性だ。その点は彼の父王の“最も受け継いではいけない所”を受け継いでしまっている。だが受け継いでしまったものは仕方がない。自分では受け継ぐものを選べないというのが遺伝というシステムの欠点なのだから。


「それで、あの…私はどうすれば…?」


ノアの口からこの言葉が出た瞬間、壁の向こうで聞き耳を立てていた西の侍従たちは天を仰いだだろう。王子はここにきてまだ私の求めるものがわからないように見えた。


私が真剣なまなざしでノアを見る。5秒、10秒…。皆が二人に注目する中で時間だけが過ぎていく。

(お願い、答えて…)

しかし王子は黙り込んだままだ。

待ちきれず私はこう言った。


「ノア王子、王子はわたくしが望む“兵器の無い世界”を王となって作って頂けますか?それが私の望む幸せです。そしてノア王子自身もその世界に幸せを感じて頂けますか?」


この問いかけに、遂に王子は沈黙した。永遠とも思えるような時間が経ち、それでも私はノアの返答を根気強く待った。ノアは顔中に冷や汗を浮かべてうつむき、じっと床を見つめる。

ノアは根が正直だ。こういう時、男というのは好意を寄せる女性の前では、根拠のない自信であっても胸を張って、『やり遂げて見せます』というものであるが、彼は違った。


凍り付く沈黙を破り、消え入るような声でノアが答えた。


「たぶん…出来ません…」


その瞬間、近隣国家で飛び抜けて美しいと誉れ高い乙姫を妃に迎えるという西の侍従たちの夢は幻となった。ノアの母親のマルガリータ妃は射殺さんばかりに不甲斐ない息子を睨みつけたが、やがて力なく視線を床に落とした。


こうしてノア王子と私のお見合いは、まさかのノア王子の試合放棄で幕を閉じた。

私はそれでも帰り際に、にっこりとほほ笑んでノアに会釈をしたが、彼はただそれにぺこりとお辞儀をして応えるのみであった。

帰りの馬車の中でお父様はため息交じりに私に問いかける。


「お前はまさかあれをすべての見合いの席でやるわけではあるまいな?」


その問いに私は窓から外を眺めながら答える。


「当然致します」


そう言うとお父様にまっすぐ顔を向けた。


「あの場で私が彼に求めた事が、これからのこの国の王に世界から求められる事だと私は考えています」


「ノア王子の事はどうする?」


「彼とは結婚いたしません」


そしてふーっとため息をつくと一言、


「あれでは頼りになりませんから。彼も私といたら押しつぶされてしまうわ」

それが本音だ。

私はあっさりと切り捨てる風を装ったが、実は目の前が真っ暗になるほど失望していた。そんな気持ちを気取られたくなくて、私はただ窓から外を見ていた。それに対してお父様は何も言わなかった。

行きよりも若干ゆっくりと、馬車は王国へと引き返していった。無言の室内ではただガラガラと車輪の回転する音が響いていた。

あの時間は私の息が本当に止まりそうだったわ。

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