二十四、ライアンと箱舟①
ライアンは床に座り込むと道具箱から鍵を出した。正式な鍵は王国にあるはずだから、恐らくは非常用の合鍵だ。いつの間にこんな物をとライリーが思っている横でライアンが鍵を使ってドアを開ける。盛大に警報が鳴り、室内が警告ランプで赤く染まるが、ライアンが素早く操作パネルの下に潜り込み、何か触ったかと思うと暫くして音はやんだ。操作パネルの下から出てくるとライアンはふーとため息をついて二人の方に向き直る。一呼吸置くと険しい表情でノア達に事の次第を聞き取れないほどの小声で説明し始めた。
「これからいう事をよく聞きなさい。大事な事だ」
二人がかたずを呑んでライアンを見つめる。
「現在箱舟は王国のお城に向かっている。目的は乙姫様を取り込むことだ。我々は何としてもそれを阻止しなくてはならない。ただ、箱舟は自ら学ぶ知能を持っており、作られた当初よりも数段賢くなっている。恐らくは私たちが普通に思いつくような作戦は箱舟も予測してその対抗策を講じてくるだろう。だから向こうが予想しないような突飛な方法で裏をかかなければならない。そこでだ…」
ライアンが囁くように作戦を二人に告げるが、話を聞く二人の表情が次第にこわばっていった。
それを聞いたノアが、これまでの静寂を破る大声を思わずあげた。
「えーー!そんな事が上手くいくんですか?失敗したら死にますよ、父上!」
横で聞いていたライリーも同感なのか、大きく目を見開いたまま声も出ない。
「声がでかい!」
ライアンは息子の頭をげんこつで殴りつける。ライリーが身を乗り出す。
「確かに危険です。他の方法はないのですか?」
「時間をかけてじっくり考えればもっと良いアイデアも出てくるのかもしれんが、箱舟は間もなく王都に入る。もう時間がない。ノア…。乙姫様を助けたくはないのか?」
「それはもちろん助けたいですが、お父様を失うことは出来ません。何とか他の方法を見つけることは出来ませんか?」
「腹をくくるんだ。ないものはない」
がっくりとうなだれるノアの肩に手を置いて、ライアンはライリーに声をかける。
「あなたはいざとなったら逃げなさい。箱舟がどんな行動に出るか分からない。君はまだ若い。我々に付き合って死ぬことはないよ」
ライリーは首を横に振ってまっすぐにライアンを見た。
「逆です。ライアン王。いざとなったらノア王子とお逃げください。あなた方は我が国になくてはならない人達です」
ライアンはそれを聞いてフッと笑った。空が白み始めている。間もなく夜が明ける。ライアンが優しく諭すようにライリーに語りかける。
「君にこの箱舟の操作が出来るのかね?何かあった時、君はこの兵器を止められるのかね?箱舟はこれから乙姫様を殺しに行く。君はそれをどうやって一人で止めるんだね?」
「ご指示いただければそれを必ず実行します」
「こちらの思った通りに事が運ぶとは限らないとさっき言っただろう」
ライリーが黙り込む。
「それに、乙姫様の為なら死をいとわないのは我々だけではないようだ」
ライリーが前方を見ると、箱舟の遥か前を走る装甲列車の姿が朝日を浴びて銀色に照らされていた。
装甲列車の車内では後方を移すモニターに全員が釘づけになっていた。
「あの3人はまさかこのままずっと箱舟に乗ってる気じゃないだろうな」
「分かりませんが可能性はありますね。何か策があるんでしょうか?」
「分からんがあちらの王様は随分箱舟に詳しかった。何かやる気なんだろうが、作戦が分からないんじゃ手の出しようがない。そもそもあの3人が乗ってたんじゃこちらからの攻撃が出来ない。ジャック、このスピードならお城まであとどれくらいだ?」
「2時間くらいですね」
「2時間か…。向こうと連絡が取れればいいんだが、ライアン様は箱舟に俺達との会話を聞かれるのを警戒しているんだろうな」
「誰か行かせますか?」
「やめとけ。下手に動いて刺激してはまずい」
その時箱舟の無線機が鳴った。ハリーが無線を繋ぐ。
「ハリーです」
「グランデレだ。そこから箱舟は見えるか?」
「見えます」
「状況報告してくれ」
「現在箱舟にはライアン王、ノア王子、それに先日の姫様拉致の実行犯の女兵士、以上三名が乗り込んでいます。時速8キロほどでそちらに向かっていて、あと2時間ほどで王城の前に着きます」
「ここに戻ってくる時点でバッテリーはどのくらい残っている?改造砲は何発撃てる?」
「バッテリーのレベルが下がった段階での試射をしていませんが、5発が限界かと…」
「5発か…」
ハリーが不安そうに新しい砲身を見つめる。前回の箱舟との戦闘での完敗を悔しがった科学院の学者たちが新しい兵器を作って装甲列車の屋根に据えた。火薬ではなく、電力で撃つという。火薬一筋のハリーには今一つ威力に信用が置けない。
「こう言っちゃなんですが、この改造電子砲でホントに奴に風穴を開けられるんですかね…」
そうハリーが言うと突然横から科学院のヒューゴ長官の怒鳴り声が割って入る。
「ばかもん!ワシの最高傑作をなめるな!お前の方こそ撃ち損じるなよ?」
ハリーが苦笑いして答える。
「長官いたのですか。失礼しました。しっかり撃ち込みます」
横でジャックが呟く。
「まぁ、信じるしかないんですけどね…。でも、あの箱舟ですよ?」
無線の向こうでヒューゴ長官が再び怒鳴る。
「聞こえたぞ!お前らまだそんなこと言っとるのか!ワシが大丈夫っつーたら大丈夫なんじゃ!それに…」
室内は返事をしないでヒューゴの声を聞いている。無線の向こうのヒューゴの声のトーンが落ちる。
「これがもしダメなら、姫様が危ない…。姫様を、ワシらの姫様を、守ってくれ…。たのむ…」
室内が静まり返る。軌道を走るゴトゴトという音だけが響く。
「…当たり前じゃないですか。あんな訳の分からんもんに、俺たちの姫様を渡すわけがないですよ」
「そうだよな…頼んだぞ…」
無線はそこで切れた。
ハリー大尉は改めてモニターに映る箱舟を見た。あそこにはもうソフィア様はいらっしゃらないという。なら、いざとなったら思いっ切りぶっ壊すまでだ。
その頃グランデレは城の兵達と城内で防御作戦の準備をしていた。テーブルには箱舟の設計図が広げられている。西の国から届けられたものだ。ヒューゴ科学院長官が愚痴をこぼす。
「最初からこいつを渡してくれていればこんな事にはならなかったものを…」
「ライアンも知らなかったのだ。今更ぼやいても仕方ない」
「それはそうですが…」
「で、どう思う?」
ヒューゴは設計図の一点を指さす。
「ここを撃ち抜けばダメージを与えられると思いますが、新型の改造電子砲でも2発は当てないと外壁に穴があきません。それからさらに2発でやっと中を破壊です。今のエネルギーで撃てるのは5発ですから、外せるのは1回ですね」
「ライアン達はどうする?まだ乗っているらしいぞ」
「ギリギリまで粘りますが、姫様優先は当然です。いざとなったら撃ちます」
姫については確かにそうなのだが、とグランデレは考え込んだ。ライアンは箱舟に詳しい。ならば何かする気なのだが、どのタイミングで何をするのかが分からない。せめて、いつまで乗っているのかだけでも知りたい。兵たちが廊下を走る音が響き渡る。口々に何か叫びながらこのフロアーと乙姫のフロアーの防備を固めていく。これは戦争なのだ。自国の利益を優先し、撃つべき時には撃つ。一見当然の事のように思うが、どこか遠い所で違和感を知らせる声がする。そしてふと思う。これは箱舟の策略なのではないかと。
その時、ノックもなく部屋のドアが開いて兵士が一人飛び込んできた。
「箱舟の姿が見えました!」
グランデレ達が窓に駆け寄り外を見ると、ゆっくりと近付いてくる箱舟の屋根が見えた。動きは極めて緩慢で、これから戦闘態勢に入るようには見えない。
「装甲列車は?」
「間もなく王城の前に戻ります!いつでも箱舟を攻撃出来る距離で前を走っています!」
それを聞いてヒューゴが指示を出す。
「そのまま城の前を通過するよう装甲列車に無線で伝えろ」
兵士が驚いて聞き返す。
「それでは城の前がガラ空きになりますがよろしいのですか?」
「箱舟が通りやすいようにするのだ。箱舟には手出しするな」
「え…」
兵士が絶句する。呆然とする兵にヒューゴが怒鳴る。
「早く伝えるんだ!もたもたするな!」
「はい!」
箱舟が王城に接近するほんの数分の間にライアン達はお互いの動きを決めた。なるべく小声で、場合によっては小さな紙に筆談をするなどしたが、箱舟は聞き耳を立てていただろう。人間と機械の腹の探り合いだ。頭の良さなら箱舟は相当なものだろうが、人間には機械にはない“情”がある。いざとなったらその時の気持ちに従って行動すればいい。そういう時の判断は、自分がその立場でも同じことをするだろうなという事が多い。細かいところまでの動きをあえて決めず、お互いを信じてバラバラに行動する。こんなことは機械には無理なはずだ。
「装甲列車はどうするでしょうか?」
「姫様のところまで行ってくれると信じよう」
室内は静かだ。ライリーが静かに話す。
「ノア様、装甲列車が、王城の前を通過した様子です。予定通り箱舟は王城に接近します」
ノアは頷くと、ライアンに向かって小さく言葉を吐いた。
「お父様…どうかご無事で」
そう言って立ち上がり、ドアの手すりを掴んだがふとライリーに向き直った。
「ライリー、先程は辛く当たってすまなかった。どうか、無事でいてくれ」
ライリーが驚いてノアを見た。ノアはライリーと目を合わさず箱舟から飛び降りて王城にいる乙姫のもとに全力で走った。その後ろ姿を見てライリーも、どうかご無事でと呟いた。皆が誰かの幸せを願い、命を懸けて箱舟に挑もうとしている。私は誰のために戦っているのだろうかとライリーは考えた。もちろん一連の事件を起こした責任を負ってその始末をしているのだが、ならば罰を受ければかたはつく。だが、今自分は箱舟戦の最前線にいる。マックスが欲しいと願った箱舟を破壊しようとしている。これは結局は乙姫様の為なのかもしれない。乙姫様に一目会った時に思った。誰からも愛されるオーラ。でも、それを羨ましいとは思わなかった。格が違った。それこそが王族が持つべきものだからだ。あれは、望んで手に入れるものではない。生まれながらに備わっているものだ。あのオーラを持つ者はこの世にそうは生まれてこない。ならば、この世界を変えるのは乙姫様だ。あの人は死なせてはならない。私は今、乙姫様のためにここにいるのだ。みなと同じように。




