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AI箱舟と王国の姫~with 喋る動物たち~  作者: 真冬 耕歌
二十二、箱舟とネズミ
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二十二、箱舟とネズミ②

西の国ではライアン王が拘束したネメックの取り調べを行っていた。本来なら警察が動くところだが、極めて機密性の高い事件である。そこで王であるライアン自らが捜査を主導していた。ライアンの一番の関心事は、箱舟の秘密がどこまで漏れているのか、そしてさらにネメックだけが知っている情報が無いのか調べる事だった。クーデターを起こした兵たちは、怒りに満ちた王妃マルガリータの逆鱗(げきりん)に触れ、今や牢獄の中でおとなしくその処罰を待っている。こちらはひとまず抑え込んだ。今ライアンが心配しているのは西の国はもちろんだが、乙姫の事だった。


ネメックは断片的に自白を始めていたが、肝心な事は話していないのではないかとライアンは感じていた。解せない、というのが彼の率直な感想だった。ネメックの社会的な地位は十分満足のいくもので、生活も豊かだ。こんなに性急に事を運ばなくても時間をかければ望むものは安全に手に入れられるはずだった。


(なぜ急いだ?)


これはライアンの中にずっとある疑問だった。この疑問は友人であるグランデレに対しても同様に向けられていた。彼も何かを急いでいる…。なぜ皆こんなに急ぐのか?箱舟問題は何に向かって進んでいるのだろうか?私だけが知らないところで…。


ネメックを拘留している部屋にライアンが入ると、警備兵は敬礼すると黙って退室した。ライアンがネメックに会うときはいつも人払いをする。ネメックに対するせめてもの敬意だ。今は更迭された身だがそもそも彼は貴族院議長で、この国の経済の実質的なリーダーだった。彼をこのまま社会的に抹殺するのは王ですら躊躇する。それだけ彼はこの国を支えてきた貢献者だ。周りもそれは分かっている。西の国がなぜこんな事になったのか、国民の関心はネメックに集中しており、皆が真実を知りたがっていた。


「なあ…ネメック…」


ネメックは力ない瞳で黙ってうつむいている。ライアンが語り掛ける。


「君は頭がいい。だが、頭がいいというのは不便なこともある。普通の人間なら気が付かない事まで気が付くからだよ。そして一人で苦しむ。だが、凡人にはその苦しみは分からない。孤独だ。君はこの国の中心にいたが、まるでガラスの壁で隔離された別の部屋にいるようだった。見えているが決して触れ合えない。そしてたぶん君は見たんだよ。きっと助けてくれると期待して見つめてくる人々の瞳を」


ネメックは俯いて静かに机の木目を見つめている。ここに来てからネメックはずっとこうだった。


「その時君は…」


ライアンがそう言いかけた時に突然ネメックが口を開いた。


「わからんよ」


「え?」


「所詮あんたには分からないと言っているんだよ」


ライアンが眉をひそめてネメックを見た。咄嗟にひるんだライアンを、今度はネメックが凝視する。ひと時穴が開くほど見つめた後、ネメックが話し始める。


「何が、か?そう言いたそうだな」


今度はライアンが黙って聞く番になった。


「お前は幸せか?」


逡巡した後ライアンが答える。


「ああ、幸せだよ」


それを聞いてネメックが問う。


「貧しく、病気に悩み、まともな教育も受けられず苦しんでいる国民もいるというのにか?相変わらず愚鈍だな」


愚鈍と言われ、苦笑いをするライアンにネメックがため息をつく。


「私もお前くらいの鈍さが欲しかったよ…。いや、それはそれで君の強みか…」


それっきりネメックは黙り込んでしまった。

ライアンがそれ以上話すのを諦めて、ネメックの取調室を出ようとドアを開けると、出口に立っていた衛兵がライアンに敬礼をした後にそのまま部屋に入ってきた。衛兵はネメックを一瞥するや足早にネメックに近寄り、ネメックが座っている椅子を思い切り蹴り上げた。ガシャンという大きな音と共にネメックが床に転げ落ちる。


「調子に乗るなよ?」


そう衛兵に言われて、ネメックの乱れた頭髪の間から見えていた卑屈な笑顔が消えた。

ライアンはその足でそのままライリーの拘留されている独房に向かった。

ライリーはあのクーデターの実行犯の一人だ。自分の意思というよりマックスに引っ張られていたことが大きいように思うが、罪は罪として裁かなければならない。若い時の愛というのはこんなにも善悪の判断力を曇らせるものかと思う。ライリーも独房だが監視はつけていない。本人に逃走の意思はもちろん、自死の可能性も見られないからだ。

ライアンが部屋に入って穏やかに声をかける。


「やあ、ライリー」


ライリーはさっとその場で立ち上がって姿勢を正す。


「ああ、いいよ、楽にしてくれ」


そう言ってライリーに向かって優しく微笑む。


「一緒に行動した仲じゃないか」


そう言うと横にあった椅子に腰かける。


「ライリーも座りなさい」


そう言われてライリーはベッドに浅く腰かけた。暫く黙っていたライアンがぽつりと話す。


「一つ分からない事があるんだよ」


「なんでしょうか?」


「なぜこんな無謀な、強引な計画を立てたのだろう?普通にやればそりゃあ時間はかかるだろう。しかし、リスクが大きすぎる。すべてを失う可能性があると、分からない君らでもあるまい…」


暫くの沈黙の後、ライリーが口を開く。


「そもそもネメックは黒幕なんでしょうか?」


「ん?どういう事だい?」


「あの計画を最初に行動に移して人を集めたのはマックスです。彼は単純な人間です。思いついたらそれが最善だと思い込んで突っ走ります。彼にとって物事がうまくいく要素の一つが、短時間に成果が上がる事なんです。そして、自分に手を差し伸べてくれる人間を無条件に信じてしまう所があります」


ライアンは黙って聞いている。


「ネメックはそんなマックスの性格を知っていて素早く動いただけにすぎないように感じます…」


ライリーの長いまつげが失望したように揺れる。


「今回の西の国のクーデターには大きく三つの流れがありました。一つ目は箱舟を王国から奪い、それをもとに西の国を周辺国と対等に引き上げようというマックスやネメック。二つ目は直接西の国のクーデターとは関係ありませんが、王国の箱舟を無力化して王国を永世中立国にする計画の過程で協力関係にあったノア王子と乙姫様。三つ目はクーデターの責任をネメックに押し付けて彼を議長の座から引きずり降ろそうとしたロバート公。それぞれ相当数の兵士が参加しており、王国やマルガリータ様の働きが無ければ、あるいは成功していたのかもしれません」


「そうだね…」


ライアンは頷いた。マルガリータの判断は極めて早かった。今回この国を救ったのは王国のグランデレとわが妻マルガリータ、そしてあの乙姫だ。


「それでも今回のクーデターの中心はやはりノア王子と乙姫様です。二人の計画をマックスが利用し、そのマックスをネメックやロバート公が利用したのです。三者の計画は個別に見ると全くお粗末でずさんでしたが、お互いに不備を補い合って奇跡的に成功の一歩手前まで行きました。彼らのしたことは到底許されるものではありません。しかし、このクーデターの中心に言わば黒幕として存在していたのが、ネメックやロバート公であるとはやはり思えないのです。彼らは“たまたま”そこにいただけなのです」


「たまたま?成り行き上という事か?それではこのクーデターの中心は、やはり息子の…」


「ノア王子や乙姫様でもありません」


「では一体…。他に誰がいるというのだね?」


遠くで、電話の鳴る音がする。

ライリーが一呼吸置いて答える。


「明確な根拠はないのですが…箱舟、ソフィア王妃ではないかと…」


ライアンの顔から血の気が引く。


「そんな…」


「みんな、踊らされていたんです」


「目的は、なんだ?何のために?」


「恐らくは王国の…」


ライリーが話し始めた時、廊下にいた警備の者が失礼しますと大声を上げながら、ライアンの返事も待たずに慌てた様子で入ってきた。


「ノア王子からお電話です!箱舟が動き出しました!」


ライアンとライリーは驚いて顔を見合わせる。


「動いた?今箱舟はどこだ?」


「王国の王城に真っすぐ向かっているとのことです!グランデレ王とノア王子も乗っていらっしゃいます!」


ライアンが勢いよく立ち上がった。その後ろから、ライリーが叫ぶ。


「私も、連れていってください!」


ライアンは警備係をちらっと見ると小声で告げる。


「ライリーを連れていく。誰にも言うな。そして、他の者はついてこさせるな。我々は一度箱舟と戦っているが、他の者はあれをよく知らん。恐らく…危険だ」


部屋を出ていくライアンに付いていきながらライリーがやはり小声で警備係に告げる。


「大丈夫です。王様は私の命に代えてもお守りします」


あっけにとられた警備員の前から二人は静かに駆け出してあっという間にいなくなった。

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