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AI箱舟と王国の姫~with 喋る動物たち~  作者: 真冬 耕歌
二十一、乙姫とソフィア
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二十一、乙姫とソフィア②

あの爆発から、既に数日が経っている。

箱舟から救助された乙姫は一命をとりとめたが、事故以来ずっと眠り続けている。いつまでも意識が戻らない乙姫に城内では徐々に焦りが広がっていた。医師の診察でもこれといった異常は見当たらず、皆首をかしげるばかりだった。


「このまま目覚めないという事はあるのか?」


「何とも言えない、というのが正直なところです」


そんなやり取りがグランデレと医師の間でなされていた。


事故以来様々な見舞客が来たが、意識が戻らない為乙姫との面会を断る日々が続いていた。ライアン王やノア王子、オスカーなどは毎日のように様子をうかがいに訪れたが、毎回部屋の前で医師に追い返されるばかりであった。毎日来ては何も成果がないまま引き上げるノアの表情は日に日に暗くなっていった。


城からの帰り道、車の中でライアンとノアがぼそぼそと元気なく会話する。


「どうしたんでしょうね…。乙姫様はこれからどうなるんでしょうか?どこかもっと別なところで検査をしたほうがいいのではないですか?」


「いや、他の国の医者にも打診はしているが、そもそも原因はあの箱舟だ。診せたところで結果は同じだろう。それに、箱舟が絡んでのことだ。まだ我々の国にいる医師達の方が詳しいよ」


「そうですか…」


「待つしかあるまい…」


そう言ってライアンは車の外を流れる景色をぼんやりと眺めた。遠くに、あの箱舟が見える。ライアンは全く解せないという気持ちで箱舟を眺めていた。


(一体、何がどうなっているのだ)


一方初期化された箱舟の調査も進められていた。攻撃能力が失われた箱舟は科学院の研究者たちが近付いても主砲やサイドに供えられた機関砲を展開することはなかった。ただ、一つ問題が発生していた。


爆発の後、内部にいた全員を降ろした後にドアが開かなくなったのである。それはグランデレでさえも例外ではなく、鍵をさしてもどうにもならなかった。そのまま進展が見られないまま、数日がただ何事もなく過ぎていった。あの爆発で回路が焼き切れたのかという意見も出たが、本体壁面の何か所かでライトが点灯しており、エネルギーは廻っているらしく、全く沈黙しているわけではないようだった。試しに箱舟に向かってグランデレが話しかけてみたが、人工知能、あるいはソフィアが反応する様子もなかった。


科学院のヒューゴも西と協力して分解を試みたが、中からネジを外す構造になっており、外からの解体は不可能であった。バーナー本体の一部をで焼き切って中に入るという案も出たが、そもそもあの爆発がもう一度起こらないという保証がないため、迂闊に火を使えないというのも調査を遅らせた。


グランデレも時々箱舟の様子を見に来たが、


「どうだ?」


「駄目ですね…」


といったやり取りが現場の見張り兵と繰り返されただけだった。


城での昏睡状態の中で、乙姫は夢を見ていた。季節は初夏であろうか。若い葉が木々に芽吹き、温かい風が吹いている。夢の中でまだ少女の乙姫はソフィアと王宮の庭の芝生に座り込み、遠くの山を眺めながら母と言葉を交わしていた。


あれこれと他愛ない会話で過ごす和やかな午後だった。話題は母が先日焼いてくれたクッキーに及んだ。


「お母様、あのクッキー、お父様が誉めてくれたって私言ったでしょ?」


「ええ、そうね」


「あれは、嘘なの。本当は食べてくださったかも分からないの。ごめんなさい、私、お母様に噓をついてしまったわ」


ソフィアが笑う。


「あら、そうなの。なぜそんな嘘をついたの?」


「だって、お母様が悲しむと思ったから…」


「気を遣ってくれたの?ありがとう。そうね、王様がお忙しい時には私はいつも一人だったものね。でも、今は私には乙姫がいるから寂しくはないわ」


そう言って微笑む。


「そう…、それならよかった」


そこへ一匹の猫が現れる。動物が好きな乙姫が手を差し出すと、その指先に猫が頭をこすりつける。


「あら、可愛い。どこから入ってきたのかしら」


そう言いながらソフィアが猫と乙姫が戯れる様子を見ていると、そこに渡り鳥が舞い降りる。


「あら、大きな鳥。渡り鳥かしら?人が怖くないのかしら?」


すると猫が話し始めた。


「私達はみな未来から来たの。私は乙姫様に拾われて助けられるの。ソフィア様はもっとたくさんの動物たちを助けて下さるのよ。私達みたいな動物はいっぱいいるのよ。ほら」


そう言ってネコが遠くに視線をやる。


向こうの方からカメがやって来る。大きなウミガメだ。そしてその背中には何か小さな生き物が乗っている。乙姫が立ち上がってよく見ると、カメの背中にいたのは小さな親子のネズミだった。


ソフィアが驚いた顔をする。


「あら、あなたこの猫と話をしているの?」


そう言われて、乙姫が逆に驚く。


「あら、お母様だって動物とお話が出来ると聞いたわ」


そう言われてソフィアが笑いだす。


「そんなこと出来るわけないじゃないの」


「え?でも、以前確かにそうおっしゃっていたわ」


「そうなの?どこでそんな話をしたのかしら…」


「箱舟の中よ」


「箱舟?箱舟って?」


「忘れてしまったの?お母様が最後にいた、あの箱舟よ」


その言葉にソフィアは黙り込んでしまった。


横から猫が話しかける。


「お母様は“失われてしまった”のです」


「失われた?何を言っているの?お母様なら、今ここにいらっしゃるわ。ねえ、お母様」


そう言って乙姫がソフィアの方を向くと、ソフィアの姿が、ゆっくりと薄くなっていく。


「よく覚えていないのだけれど…」


ソフィアが微笑みながら答える。


「私は自分が正しいと思っていたことが、実は間違っていたという事を思い知らされた時の、あの何とも言えない取り残されたような感覚が本当に悲しかったわ」


「お母様…」


「でも最後に、私があなたを守ってあげるわ。あなたは死なない。その代わりに、あなたはとても大切な事を忘れるの。あの時私はあなたたちみなの命を守るのが精いっぱいだったの。だから、完全に守り切る時間がなかった。お願い、あなたのために、必ず思い出してね。さあ、もう行きなさい」


「行くってどこへ?」


そう言って差し出した乙姫の手は母の体に触れることが出来ずに空を切った。はっとして周りを見たが、母はもうどこにもいなかった。乙姫は横にいた猫に尋ねる。


「大切な事って?」


「ごめんなさい。それは私にも分からないわ。でも…」


そう言って猫が片手を乙姫の膝の上に乗せる。


「きっと思い出すわよ」


その時、びゅうと突風が吹いた。乙姫は舞い上がる髪を押さえて、ぎゅっと目を閉じた。



目を開けると、乙姫はベッドに寝かされていた。乙姫が、目を覚ました。たまたま横で花を活けていた侍女が声を上げて医師を呼ぶ。


「先生!姫様が、姫様がお目覚めです!」


箱舟の事故から、ちょうど一か月目の事であった。


乙姫が目を覚ましたという知らせにグランデレとオスカー他、城の者が寝室に駆け込んできた。長く目を覚まさなかった乙姫だが、まどろみながらも意識ははっきりしていた。

グランデレが心配そうに顔を覗き込む。


「大丈夫か?」


「あら、お父様、それにみんなも。そんなにたくさんでどうしたのよ」


そう言って乙姫が笑う。


オスカーがおいおいと声をあげて泣く。部屋に安堵のため息が漏れた。


「良かった…本当に良かった」


グランデレが乙姫の髪をなでながら言う。


「お前はもう一か月間眠り続けていたんだ」


「あら、そんなに?」


乙姫が笑う。その笑顔に皆嬉しさがこみあげて、ずっとその部屋に居たかったが、医師たちに追い出された。


「お目覚めなさったばかりです。まずは診察をいたしますので、皆様外でお待ちください」


そう言われてぞろぞろ引き上げていくが、皆ほっとしていた。


「そうだ、すぐに西の国にも連絡だ」


そうグランデレが指示すると、


「かしこまりました」


と、従者の一人が走っていった。この一か月、乙姫が負う事になる“大きな犠牲”がその命なのではないかという恐れが常に皆の頭から離れなかったが、その恐れはなくなった。見たところ元気でもある。このまま何事もなければいいが…。そうグランデレは心に小さな引っ掛かりを感じていた。


連絡を受けると西の国からライアン王、マルガリータ妃、ノア王子が飛んできた。

執事がドアを開けるのを押しのけてライアン達が転がり込んでくる。室内でベッドの上で起き上がっている乙姫を見て、ライアンが駆け寄り、蚊の鳴くような音量で声をかける。


「…姫様…良かった…。よくぞご無事で…」


長く横になっていた乙姫は体力も落ち、すっかり痩せしまっていたが、目には力があった。


「あら、王様来て下さったのですね。このような姿で申し訳ありません」


そう言って軽く頭を下げて微笑む。


「とんでもない。どうぞそのままで。今日はノア王子も連れてきました」


そう言うとライアンはノア王子を乙姫の横に引き寄せた。爆発以来ノアは乙姫の事で憔悴しきっていた。今回の事では大きな責任を感じていたので、乙姫が目覚めたと聞いた時には安堵のあまり気を失いかけたほどだった。


「乙姫様…ご無事で、何よりです…」


そこまで言うとノアは言葉に詰まってしまった。本当に良かったと、そう思いながら目覚めた乙姫を見つめていた。

乙姫はノアの顔をしばらく眺めていたが、やがてゆっくりとほほ笑むとノアに優しく語りかけた。


「お気遣いありがとうございます。はじめまして、ノア王子。乙姫と申します」


その言葉にその場にいた者全員が一斉に乙姫を見つめた。冗談を言っているのかと思ったが、そうではなかった。事態を把握して室内にいたものが凍りついた。

乙姫は、ノア王子の事を完全に忘れてしまっていた。乙姫にとって最も大切なものは、自らの命ではなく、ノア王子だったのだ。

驚きで大きく見開かれたノアの両目から大粒の涙がこぼれたが、それでも精一杯の笑顔を作るとこう言った。


「はじめまして、乙姫様」

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