二十一、乙姫とソフィア①
装甲列車は車輪から火花を散らしながら箱舟に向かって行った。
ヒューゴ長官がハリーに叫ぶ。
「急げ!西より先に箱舟に乗り込まんと姫様達が危ないぞ!」
「分かってますよ!」
斜め前方に箱舟が見えるが、その向こうから西の軍勢が突進してくるのが見える。
(ギリギリか…)
そう思った矢先、前方に左に曲がる急カーブが見えた。ブレーキをかけたがこういう乗り物は急に減速することが出来ない。
「やばい!脱線するぞ!」
ハリーが後ろに向かって叫ぶ。
「三両目を切り離せ!持ちこたえろ!」
三両目にいた兵たちが一斉に二両目に移り、最後の一人がハンマーを振り上げ、連結器を思いっ切り殴りつける。だが、外れない。
「早くしろ!」
もう一発渾身の力で殴りつけると、ガシャンという金属音と共に三両目が離れた。
ハリーが指示を出す。
「ドアを開けて外にぶら下がれ!急げ!」
もう目の前に曲がり角が見えている。左に曲がる急カーブだ。このスピードでは遠心力で軌道から右の方に放り出されてしまう。兵たちがドアを開け外に出て、装甲列車の左側にぶら下がる。
同時に装甲列車は曲がり角に侵入し、車体は大きく外側に傾いた。運転士を残してハリーも外に出て浮き上がった側につかまる。ヒューゴもドアにしがみつく。
ゴーッという音と共に列車が曲がり角を駆け抜けていく。
ギリギリの片輪走行の後、コーナーを抜ける。と同時に車体はガシャンという音を立てて勢いよく水平に戻った。
うわー!という兵たちの声と共に車体が軌道にたたきつけられ、皆振り落とされそうになる。
「落ちるな!つかまれ!」
直線に入ると一気に視界が開け、もう目に前に箱舟の姿が見えた。
箱舟は砲塔にある八つの目の明かりが消えていて、軌道から離れたせいか岩場で停止している。
近くまで行くと装甲列車を停止させて、中からヒューゴが飛び出す。
その後にハリーが機関銃を持って続き、振り返り際に指示を出す。
「あとは任せた!危険を感じたら撃ちながら後退しろ!」
それだけ言うとヒューゴを追って目の前の岩場を駆け下りる。
そこに横からジャックが合流した。
「大尉!」
「おお、ジャック、無事だったか」
「箱舟に乗り込むんですか?」
「ああ、ヒューゴ長官に考えがあるらしい」
岩や砂が入り混じる中では思うように足に力が入らない。それでも箱舟に駆け寄ると、ヒューゴが箱舟のドアを思いっ切り叩く。
「王様!ご無事ですか?ヒューゴです!」
ゆっくりとドアが開いて、グランデレが三人を迎え入れる。
「ご無事でしたか…」
そう言ったが、ヒューゴは中の様子を見て仰天した。中には既に、大勢の人間がいた。その奥に乙姫が見えたが、その視線の先には故人である王妃、ソフィアの姿があった。
ヒューゴは箱舟が既に心を失くしたものだと思っていた。箱舟の秘密を知る数少ない者の一人として、王の箱舟への固執を力ずくでも取り除き、姫ともども城に連れて帰ろうと思っていたが、もうこうなっては手遅れであった。
「ソフィア様…」
ハリーが何か言おうとしたが、グランデレが手で制する。
「まずはライアンの話を聞け」
そこにいた皆が黙って事の成り行きを見守っていた。
「女の子の、優しさ…ですか…?」
「ああ、そうだ」
「なんですか?それは…」
ライアンは乙姫の方に向くと、ゆっくりと話し始めた。
「少し長くなるが聞いてくれ」
そう言うと、ライアンは箱舟について語り始めた。
「この箱舟は元々は次世代のエネルギー開発の為に西の国が造ったものなんだよ。エネルギーは国家間の争いを生む起爆装置の一つだ。誰でも安く作り出せる新しいエネルギーがあれば、世界は随分変わるだろう。それで西が利益を得る事はないが、うちみたいな小さな国が世界平和という夢を追うのも悪くない。
ある時ふとしたことで、新しいエネルギーが見つかった。電気やガソリンとも違うものだ。見つけたはいいが、それがどれくらいのエネルギー効率を持ったものなのか、世界に対して広げていいものなのかは分からなかった。だが、検証のしようがない。何しろ新エネルギーで動く機械が何もないからね。
そこで我々は新しい機械を作って、そのエネルギーがどのくらいのパワーをはじき出すのか実験してみる事にした。実験にはなるべく大きなエネルギーを要するものがよかった。産業で使うなら、ある程度パワフルでないとね。
そこで作られたのがこの箱舟だ。実験計画は秘密裏に進められたが、うちの学者は箱舟に様々な開発途中のマシンを搭載させた。医療用の能力や人工知能もその一つだ」
そこまで話した時、マルガリータの軍が箱舟の横に到着した。マルガリータは息せき切って箱舟に取り付いたが、その場の雰囲気に言葉を失った。
「マルガリータ、来てくれたのか。今みなに真実を話しているところだ。お前も聞いておくれ」
そう言ってライアンはマルガリータの方に視線をよこす。室内はしんと静まり返る。 ライアンが再び話し始める。
「人工知能の目的は医療だった。様々な病気や怪我の問題を人工知能が解決してくれれば辺境の小さな国でも都会と同じ治療を受けることが出来る。あの機械がそうだ」
そう言ってライアンが見上げた先には、先程ノア達を治したロボットアームがあった。
「そのタイミングで西の国から王国に実験協力の打診をしたんだよ。西の考えているビジョンに王様は大変感銘し、協力を惜しまないと約束して下さったそうだ。その後王国に箱舟の軌道が建設され、箱舟は王国を回りながら…野生動物での実験を開始した」
「野生動物で実験したんですか?」
ジャックが声を上げる。
「別に健康な動物を切り刻むわけではない。森の中の軌道を箱舟が回り、けがや病気の動物を見つけては治療に当たった。第一段階では西と王国の学者や獣医、動物学者などが乗り込んでいたが、第二段階では箱舟の人工知能にすべて任せる事にしたのだ。箱舟は野草など自然のものを自ら採集して薬を作り、病気の動物を発見して中に運び入れ、治療して自然に返す」
「それを箱舟が全部単独でやったんですか…」
乙姫が上にあるロボットアームを見つめる。
「実験は順調だった。だが、先代の王の時に問題が起こった。クリーンなエネルギーだと思っていた新エネルギーであったが、やはり一種の廃棄物が出る事が分かった。それも、強烈なエネルギーだ。それを無害なものに変換して廃棄するために一種の煙突のようなものが必要になった。それが…」
そう言って上を見上げる。
「あの主砲だ」
「ええ!」
全員が声を上げ一斉に上を見上げる。頭上には屋根に設置された主砲の下部構造が見えている。
「廃棄物質を排出する煙突を、いわば兵器へと改造することには異論があった。それこそ何度も話し合ったよ。だが、結局は王国の王に押し切られる形で、箱舟は当初の目的とは一転して近代兵器へと姿を変えた。しかも不死身の箱舟は自己修復能力を持っていた。どこかの軍が小手先で箱舟の主砲を破壊しても、自分で直してしまう怪物だ。箱舟は間違いなくこの一帯の脅威となった。見かけ上戦争はなくなったが、これはあくまでもバランスの中での不戦であって、平和とは言わない。
しかし…、平和を願う一部の科学者たちはいつか将来必ずこの兵器を取り外す日が来ると信じていた。そこで、主砲の能力を弱めて、兵器としては使えなくするシステムをこっそり取り付けた」
乙姫が訴える。
「では今すぐその装置を動かして箱舟を…」
ライアンが乙姫を制する。
「だが、そのシステムは急ごしらえに設置されたもので不完全だった」
「不完全?」
「ああ、とても困ったことに…」
全員がその次の言葉を待つ。
「その装置は王族の未婚の女子しか動かせない」
一斉に全員の視線が乙姫に集まる。乙姫が笑顔で答える。
「それなら私が…」
「そしてもう一つ。そのシステムによってその女子は“とても大きな犠牲”を払う事になる」
「え…」
「どんな…」
ライリーが問う。
「命を落とすという事ですか?」
「分からない。ただ、とても重要な何かだ。その犠牲と引き換えに、箱舟の兵器としての機能は沈黙する。姫様の命か、またはそれと等しい何かだ」
そこまで言うと、ライアンはソフィアの方を向いた。
「そしてその時に、あなたも消えてしまいます」
その時、箱舟の周囲に轟音と共に西の国の全軍が到着した。時刻は既に日没間際を迎えており、兵士たちは手に松明やライトを掲げていた。マルガリータが箱舟の出入り口から兵達に向かって叫ぶ。
「みんな静かにして!今大事な話をしているの!」
事情は分からないがマルガリータの命令である。西の国の兵はそこで一旦動きを止めた。 マルガリータがライアンの方を見る。
「皆であなたのお迎えに来たの。一緒にお城へ…」
そこまで言ったところで、箱舟の中からグランデレが姿を現し、西の国の兵達の顔が驚愕で固まる。
「グ、グランデレ王…」
戦闘にいた兵が慌てて馬から降り、頭を下げる。周りにいた西の兵達も一斉にその場で膝をつく。
「あ、あの…この度は何とお詫びしていいか…。本当に申し訳ありません…」
頭を下げて済む時期はとうに過ぎているが、頭を下げるしかない。顔を上げる勇気もなく、そのまま固まっているとグランデレが西の兵達に声をかける。
「実は今はそれどころではない。悪いがそんな事はどうでもよくなる事態が起こっているのだ」
「え…」
その場にいた全員が黙り込み、場が静まり返る。ライアンが話す。
「今回の戦争騒ぎは主犯はここにいるマックスだよ。彼一人でここまでのことは出来ないだろうから、裏で糸を引いていたのは恐らくネメックあたりだろう。この男は箱舟を王国から奪ってそれを手土産に貴族の地位を復活させるつもりのようだった」
その場にいる数百名の兵達がライアンの話を聞いている。
「ところが、その箱舟が自らの意思を持ち、暴走して手に負えなくなった」
「暴走、ですか…」
そこにオスカー率いる王国の軍がゆっくりと近付くのが見えた。照明機材を装備しており、箱舟の方を照らしている。多くの明かりの中で、一帯はまるで昼のような明るさだ。オスカーは西の兵を刺激しないよう、王国の兵を落ち着かせながらゆっくりと進軍してきた。グランデレがひときわ大きな声でオスカーに呼び掛ける。
「オスカー!早くこっちに来てくれ!」
来てくれと言われても、これ以上近付けば戦闘状態になるのではとオスカーが躊躇する様子を見せた。
それを見て取るとグランデレが兵達に叫んだ。
「西の兵よ!君たちも皆ここにきて話を聞いてくれ!乙姫の為に!姫を、何とか助けてくれないか!」
乙姫の名を聞いてその場にいた兵たちの表情から、一斉に戦意が消えた。何か乙姫に大変な事が起こっていると知り、兵たちが箱舟にぞろぞろと集まってくる。数分後、3000人以上の王国や西の国の兵に箱舟は囲まれた。
グランデレがマックスの襟首をつかんで箱舟から外に放り出す。マックスはどさりと落とされたまま口もきかない。
「この男が今回の戦闘の首謀者だ。だがこの男を裁けば済む話ではなくなった。箱舟が暴走した」
オスカーが目を見開く。
「なんと…」
グランデレが続ける。
「そして、箱舟を動かしている人工知能は妻のソフィアだ」
「ええっ!」
周囲に一斉にどよめきが起こる。
「そのソフィアが、いや、ソフィアの脳を核とした人工知能が暴走した…。すまない…」
黙り込むグランデレの後をライアンが続ける。
「暴走したのは攻撃系統を司るソフィア様の人工知能だが、その能力を初期化できるのはここにいらっしゃる乙姫様だけだ。彼女なら箱舟を無力化できる」
おお、良かった、という空気がその場を包む。何しろ乙姫の箱舟反対は有名な話である。彼女なら一も二もなく箱舟を止めてくれる。
「ただし…」
ライアンが続ける。皆の視線が一斉にライアンに集中する。
「乙姫様が初期化装置に触れて起動させると彼女の脳に強い負荷がかかる。それにより…」
乙姫が俯く。
「乙姫様は大きな犠牲を払わなければならなくなる」
全員が息をのむ。
ライアンがそこにいる人々を見渡して言う。
「あるいはそれは、姫様の命かも知れない」
箱舟上にいるノア達もうなだれている。ライアンが顔に悔しさを滲ませながら群衆に語りかける。
「姫様一人ならいいと思うかね?その他全員の命が助かるならまあ仕方ないと思うかね?仮に姫様一人がお亡くなりになったとして、その先我々に心安らかな日々は待っているのだろうか。人間の命の中心は記憶だ。幸せを感じるのはその基礎に幸せな記憶があるからだ。それがその人の自信になり、力になる。我々はこれから姫様を失う。私たちはこの犠牲によって、自分が幸せだという確信を失い、生きる意味を疑いながら一生を生きていくのだよ。これは…」
ライアンがちらりと乙姫を見る。
「恐らくは我々を一生苦しめるだろう」
兵たちの視線が一斉に乙姫に集中する。 ライアンが続ける。
「そもそも箱舟を最初に作り出したのは、西の国だ。良かれと思って始めた事だった。それがまさか、まさか…こんな事になるとは…。我々はどんな犠牲を払うのかは選べない。王様や王妃様もご両親としてお辛い事だと思う。だが…」
ライアンの声を制して乙姫の落ち着いたよく通る声が響く。
「やるに決まっているじゃない。私がやらなきゃこの戦いも箱舟の問題も何も終わらないもの」
乙姫が群集を見つめる。この事態にあってなお堂々とした様にその場にいた兵達は一瞬あっけにとられたが、その凛とした姿に圧倒されて誰からというわけでなく自然と跪いた。乙姫の近くにいた兵達から順に膝を折っていくと、まるで池に放った石が作る波のようにその輪が広がっていく。
風が吹き、あたりの木々の枝を揺らす。ざわざわと葉が音を立てて、それが一層この場の静寂を際立たせた。
「王国の兵と、それから西の国の兵隊さんたちも聞いてくれるかしら」
その場に跪いていた群衆が乙姫を無言で見上げる。
「私はこの箱舟がずっと嫌だったわ。でも、その一方で私は箱舟についてきちんと向かい合っていなかった。お父様から箱舟について話したいと言われても私はそれを拒んだの…」
そこまで話すと乙姫は軽くため息をついた。
「今になって思うの。
人間は嫌な事にも目を背けず、向き合っていかなければ前には進めないのよ。それがどんなに嫌な事でもよ。私が最初からそうしていれば、こんな事にはならず、みなにもきっと別の未来が待っていたでしょうね。その事を、今はとても後悔しているわ。こうなったのは王族としての私の責任です。頭を下げなければならないのは私の方だわ」
そこまで話すと乙姫は暫く黙り込んだ。群衆は乙姫の次の言葉を待つ。
「どんな犠牲が待っているのか分からないのはちょっと怖いわ。もしもその“なくしたもの”によってこの国の進むべき道が壊れそうになるのなら、必ずみなで助け合ってね。先に言っておくわ。
それと、こんな事は滅多に言わないんだけど…」
乙姫がはにかんだように笑う。
「私はここにいるみなの事が、すごく好きなのよ。だから、たぶん平気よ…」
それを聞いて、オスカーがポロポロと涙を流す。
乙姫はそこまで言うとゆっくりとそこにいる全員を見渡した。まるで、そこにいる全員の顔を覚えるように。
乙姫がライアンに声をかける。
「さあ、始めましょう」
ライアンが頷く。
「こちらに立って下さい」
そう言うとパネルを操作する。操作パネルの一部が青く光る。
「ここに姫様の右の掌を乗せてください」
乙姫が掌を乗せると青い光が赤に変わり、サイドからアームが出てきてカシャンと音を立てて乙姫の腕を固定する。グランデレが乙姫の横に立つ。
「つかまりなさい」
「あら、ありがとう」
そう言うと乙姫はにっこりと笑って素直にグランデレの腕につかまる。
「お父様と腕を組むなんて何年振りかしら」
そう言って乙姫が屈託なく笑う。グランデレの顔が歪む。
「…すまなかったな…」
「あら、悪いのは私よ。随分我儘だったわ。お城、出なければよかったな」
そう言ってくすくすと笑う。ライアンが声をかける。
「始まりますよ」
乙姫が周りを見渡す。ノアがぼろぼろと泣いているのが視界に入る。それを見て乙姫が笑う。
「ばかね…」
その瞬間、ダンッという爆発音が箱舟を包む。箱舟を中心に辺り一帯は大量の煙に包まれた。
「姫様ー!」
もうもうと噴き出す煙の中にオスカーが突っ込んでいった。




