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十八、ソフィア②

私はその日の深夜、そっと部屋を抜け出して王立病院へと急いだ。夜遅くまであのイーサン医師が患者の見回りをしていることを知っていたのだ。


深夜なら話せる。その予測通り、彼は病院の宿直室にいた。ほとんどのナースは既に寝ていて、私の姿を目にした者はいなかった。私が宿直室にノックも無しに入ると、イーサン医師は心臓が止まるほど驚いた。


「王妃様、なぜここに…」


「時間が無いから用件を言うわ。私の脳を人工知能に移植して欲しいの。あなたが言っていた、王国の箱舟に」


「いや、でも、それは…」


「夫が反対しているのは知っているわ。でも、私はやはりあの子を助けたいの。本当に、ただそれだけなの。お願い、私の願いを聞いて…」


それだけ言うと私は声を殺して泣き崩れた。暫くイーサン医師は困惑していたが、泣き崩れる私を見ていると、慰めてあげたいという気持ちが芽生えたようだった。そして私の前に跪いてこう言った。


「これはとても危険な賭けです。王妃様の脳がずっと正常なままで働き続けるという保証がありません」


「それは分かっています」


「ではなぜそこまで拘るのですか?」


「あの子は恐らく私の病気を受け継いでいます。長くは生きないでしょう」


「治療法はまだ見つかっていませんからね」


「人間の医者では治せないのですよね?」


「ええ…それはまあ、そうです…」


「ならば私が治療法を見つけます。人工知能となって」


「そんな、それこそ出来るかどうかわかりませんよ」


「西が作った人工知能は一人で研究が出来るんですよね」


「はい…」


「それを王国にも作って。お願いです」


ここにきてイーサン医師はついに黙り込んだ。


「母親というのはね、誰もが皆模範的なわけではありません。様々な女性がいます。私はたぶん、娘に対する執着が強いのだと思います。それは、自分の果たせなかったような人生を娘に歩んで欲しいという、身代わりをさせるという意味ではありません。

でも、私には私が描いた娘の幸せの理想というものがあります。それを、全うさせてあげたいのです。その為に、私はあの子を若くして死なせるわけにはいかないのです。あの子はこの世界から戦争を無くす鍵になる子なのです」


イーサン医師は私の話を黙って聞いていた。


「あなたにはきっと迷惑をかけると思います。身勝手なお願いです。でも、私はやっぱりあの子が正しいと思うんです。私があの子を治したら、私の人工知能は破壊していいわ。だから、それまで、少しの間私の命を延ばして欲しいの」


この言葉に、遂にイーサン医師は観念した。


「分かりました。他ならぬ王妃様の願いです。そこまで仰るのでしたら…、協力します」


「本当に?ありがとう…本当にありがとう…」


私はまるで子供のように声を上げて泣いた。


「あまりここに長居してはいけません。人に見つかると大変です。とりあえずこれから連絡を取り合う段取りを決めておきましょう」


「本当にありがとう、イーサン先生」



イーサン医師と手早く段取りを確認すると、ソフィアは再び城の塔に戻ってベッドにもぐりこんだ。この鍵をどうしようかと、ウトウトしながら考えこんでいたが、目が覚めたらベッドサイドに置いていた鍵がなくなっていた。


それから三年後、ソフィアは亡くなった。ソフィアの死は塔の中の劣悪な環境が原因だと乙姫は猛烈に怒った。葬儀の間、乙姫は母の不幸を悲しんだが、同時にもう少しそばにいてあげればよかったと後悔が残った。優しかった母、国民から慕われていた母はもういない。その事実は乙姫の心にぽっかりとした空洞を作った。


葬儀の後、ソフィアの棺が王城近くの教会から埋葬の場所へと移動する中で作戦は決行された。


棺が大型の馬車に運び込まれると窓の黒いカーテンは全て閉じられた。墓地へ移動する10分ほどの間にソフィアの遺体は棺から冷蔵保存する特殊なケースに移し替えられた。ソフィアの遺体が入ったケースを抱えながら、イーサンは心に誓った。


(ソフィア様。必ずあなたを復活させます…)


空になった棺はそのままでは軽すぎるので、用意しておいたおもりを入れて、再び閉じられた。そうして空の棺は埋葬され、ソフィアの遺体の入った冷蔵ケースは王城内の厩舎内で人目につかぬように別の荷車に移動させた後、移植のための研究所へと急行した。


葬儀から三か月後、乙姫が去った王城にグランデレ宛の手紙が届く。差出人は西の国のオットー博士。

グランデレが封を開けると中から出てきたのはさらに封筒であった。差出人はソフィアだった。


(ソフィアから私宛の手紙?それが西の国を通して送られてきた…)


心当たりは一つしかない。移植の一件だ。だが、移植はされなかったはずだ。グランデレは周りに誰もいない事を確認して封を開けた。



『愛するグランデレ


 この手紙を読んでいる頃には私はもう死んでいるのでしょうね。私にはもっと未来が長く続くものだと思っていました。生きていくことが当たり前だと思っていたのです。ところがあの病気のせいで私の未来は一気に取り上げられてしまいました。移植の事ではあなたを怒らせてしまいましたね。私を心配して言ってくれているのはよく分かっていました。でも、私はどうしても生きたかったのです。


あれから私も沢山の事を考えたのです。もちろん、迷いもしたわ。でも、決めたのよ。娘の為なら、なんだってするって。王妃であるよりも、あなたの妻であるよりも、私はあの子の母親であることを選んだのです。もしも私の事を許してくれるなら、どうか箱舟に、会いに来てください。  


  ソフィア』



会いに来て欲しい?箱舟に?グランデレは嫌な予感がした。窓から外を見ると丁度西の方向にいる箱舟が見えた。5キロほど先だろうか?グランデレは机の隠し扉から箱舟のカギを出すと部屋を出た。

ドアの前にいた侍従がグランデレに気が付いて声をかけてくる。


「ああ、王様、どちらかにお出かけですか?」


「すぐに戻る。一人で行くから大丈夫だ」


そう言うと返事も聞かず足早に執務室を後にした。


グランデレの馬が箱舟の近くに来ると、箱舟はグランデレを察したようにゆっくりと停車した。馬をすぐそばの木に繋げるとサイドステップから乗り、鍵を使ってドアを開けた。目の前に通路があり、二番目のドアに鍵をさす。

中に入ると室内の様子は以前見た時とは一変していた。

箱舟には上の方に砲台があったのだが、それが異様なほど巨大な別の兵器になっている。そして、以前はあった実弾がない。この砲台は何を撃つのだ?そして、室内を満たす白い霧。中に数歩足を踏み入れると、懐かしい声がした。


「ホントに…来てくれたのね?」


声を聴いた瞬間、脳を移植したことを責める話はやめようと思った。グランデレは床に腰を下ろすとリラックスした雰囲気でソフィアに話しかけた。


「で、どんな感じなんだ?」


「あら、怒らないの?優しいのね。そうね…体が無いのは変な感じだけど、思ったより普通だわ」


目の前のソフィアは病気が治った健康体だ。こんなに明るくはきはきした声を聞くのは何年ぶりだろうか。そうだ、妻は元々こういう女性だったのだ。

グランデレは懐かしかった。それから暫くは他愛もない話をした。箱舟の一部となったソフィアを後悔させたくなかった。ここ数日の城の話や、最近読んだ本の話などして時を過ごした。


「乙姫はどうしているの?」


唐突にそんな事を聞かれてグランデレは言葉に詰まった。


「ああ…、出ていったよ。君がよく訪れていた竜宮城に移ってしまった」


「そう…、なんだかそうなるような気がしていたのよ…。ねえ、あなた…、一度乙姫をここに連れてきてくれないかしら?」


「ええ?ここにか?」


「ええ、そうよ。いつまでも黙っているつもりだったの?」


「いや、それはそうだが…」


それはそうだが、何と言って連れてきたらいいのか?


グランデレは城に戻ってから、乙姫に電話をかけた。


「とても大切な話がある」


「何かしら?」


「ソフィアについてだ」


「お母様の話?分かったわ。今からでもいいかしら?」


「もちろんだ」


それだけ言うと電話は切れた。



その日の夕方、乙姫はグランデレの元を訪れた。


「お久しぶりね、お父様。それで、お母様の話というのは何かしら?」


「箱舟に行く。そこで話す」


乙姫の表情が変わる。


「箱舟は嫌よ。あれは兵器だもの。私はそういう“人を殺すための道具”が嫌いなの。前から言っているでしょ?ここで話してくださらないの?」


「あそこでなければ、あの中でなければ話せない事だ」


「そう…、なら帰ります。箱舟だけは嫌。あそこだけは、どうしても嫌なの」


そう言うと乙姫は(きびす)を返して部屋を出ていく。グランデレはその背中を無言で見送っていた。



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