十六、グランデレ①
馬で駆けながらヒューゴ長官が装甲列車に電話をかける。
「ヒューゴだ。今は箱舟は動いているかね?」
(沈黙していますが、20分ほど前までじりじりと南に動いていました)
「了解した。装甲列車の周囲に敵はいるか?」
(依然います。ただ、攻撃してくる意思は無さそうです)
「見張りかな…。王様、例の敵がまだいるようです。どうします?」
「ほおっておけ。こちらからむやみに刺激するな。ただ、向こうが発砲してきたら反撃してかまわん」
「聞こえたか?だそうだ。とにかくそちらに急行する。王様がそちらに到着した瞬間が最も危険だ。援護の準備を頼むぞ」
(了解しました)
ヒューゴが電話を切ると、途中で合流したルークが荷車を繋いだ自転車を加速して、前を走るヒューゴの馬の斜め後ろにつく。
「装甲列車の近くに敵がいるんですか?」
「ああ。正体は分からんが、隠れてるんだから敵なんだろうな。だが攻撃してこない。恐らく何か別の意図があって見張っているのだろう。そもそも戦争というのは国という組織の戦いだ。大勢の人間が関わるから指示を出す人間も多い。上層部では意見のぶつかり合いもあるだろうよ。一言で戦争と言っても皆が同じ意図で戦っているわけでは無い。装甲列車にはりついている敵も単独行動かも知らんぞ。まずはそいつの意図が知りたいものだな。一人の人間の行動を以てそれを相手国の総意と受け止めるのは短慮だ」
「そうですね…」
「戦いというのは半分は義だがもう半分はただの野蛮な感情だ。最初の引き金はギリギリまで辛抱するもんだ。一旦撃ち合いが始まっちまうと、もう戦争なんて神様だって止められんよ。辛抱して済むんなら、撃ち合いなんかしないほうがいいに決まっている」
ルークが今度は私に尋ねる。
「もう、戦争は始まっているんですか?」
そう問われて私は少し考える。最初の引き金なら既に箱舟が引いている。
「始まっているな。だが、まだ西の正規軍が出てきていないようだ。攻め込んできているのはあちらの王の意思ではないという事だ。今なら引き返せると思うが時間はそうないだろう。とにかく急ぐ。この戦争状態を早く止めねばならん。お前達、私がいつまでも箱舟を放置しているから、いずれ私が箱舟を使って戦争をする気だと思っているのだろう?」
ルークが押し黙る。その様子を見て私は苦々しく笑う。
(自分でも今の箱舟の状態は間違っていると思う。私ですらそう思うのだ。国民の理解を得られるはずなどないか…)
空は晴れ渡り、白い雲がたなびく。森の葉は緑に輝き、葉の間からこぼれる光が美しい。馬を止めれば鳥のさえずりも聞こえてきそうなのどかさだ。平和にしか見えない空の下を馬と自転車が砂煙を上げて猛スピードで駆けていく。
ヒューゴの後ろではサムが地図を見ながら周囲の様子を確認している。サムがヒューゴに声をかける。
「あそこ、あの左の森の切れ目、あそこから森に入ってください」
ヒューゴが後ろを走る私に声をかける。
「王様、あの森の切れ目を抜けて箱舟の軌道に入ります。そこから30分ほどで装甲列車の待機地点です」
ヒューゴが指差す方向に大きな森が見える。
馬が街道を外れて細い小道を進む。小石の多い荒れた道だ。日頃は人など通らないのだろう。ヒューゴが振り向く。ルークがこぐ自転車とその後ろに繋がれた荷車はどちらもおんぼろで、砂利道を小躍りするように駆け抜ける。
「ルーク、自転車大丈夫か?」
ルークは荒れた小道を前を向いて必死にこぐ。村で借りた自転車を上手くバランスを取りながらスピードを落とさず前に進む。
「はい、なんとか!」
後ろのヒシは既に悪路に慣れてきており、荷車の縁につかまってまっすぐ前を向いている。
「カメさんは怖くないかい?」
急に話しかけられたヒシは一瞬戸惑った様子を見せたが、
「はい!大丈夫です!」
と、元気に答える。
小道を抜けると森に入り、更に道は悪くなったが、5分ほどで少し開けたところに出た。一行の目の前には箱舟の軌道が続いている。軌道といっても横には平坦な砂利道が沿っており、軌道そのものの上を走っていく訳ではない。ルークの想像よりずっと走りやすい。森の中を蛇行する道を進みながら、ルークは乙姫の事を考えていた。
ルークが乙姫の部屋の前を通った時に偶然聞いた猫の言葉。
『「部屋を出るときに、言ってたの」
「なんて仰ったの?」
「とても小さな声で…お別れねって…」』
乙姫様はこれから何が起こるのかおそらく知っている。それはとても悲劇的な何かだ。そしてそれを止めようとするなら、命を引き換えにしなければならない。箱舟はそもそも王族を守るために存在する。だとすれば箱舟の方から積極的に乙姫様を害することはない。乙姫様を守るためにいるのだから…。そこまで考えて、どこか引っかかる。
(ん?乙姫様を守るためにいる?いつからそうなったのだ?あれは、国を守るためではなかったのか?)
「見えました!装甲列車です!」
ヒューゴが馬のスピードを落とし、周囲を警戒して銃を構える。私も銃を取り出し、慎重に装甲列車に近付く。
装甲列車は止まっていた。潜伏しているという敵を警戒しながら近付くと、中から兵士たちが飛び出してきてこちらに駆け寄る。
「王様、馬を私達に預けて、姿勢を下げて装甲列車まで走って下さい!」
そう言うとジャックが馬の手綱をつかむ。私は馬から降りると装甲列車に駆け寄る。銃を構えた兵士に守られながら、我々は素早く装甲列車に乗り込んだ。 最後の兵が乗り込むと素早くドアが閉められた。
私はハリー大尉に状況を尋ねる。
「箱舟はどうだ?」
「箱舟本体の動きが完全に止まりました。ただ、砲塔が小刻みに動いているので、何か決まった標的を追っているのかもしれません」
目の前のモニターに箱舟が映し出されるが、遠目にはじっとしているようにしか見えない。モニターを見つめながら少し考える。
「こうなってから随分長いな…。何か待ち構えているのか?ヒューゴ、どう思う?」
「そうですよね…。箱舟は防衛システムですから、明確な攻撃があって初めて起動します。攻撃を受ける前から、攻撃されることを予測してそれに備えるような機能は備わっていないはずですが…」
「という事は現在乙姫は“攻撃を受けている”という事になるのか…」
「そうとしか考えられませんね」
車両内が静まり返る。その場に居合わせた兵士達も考えてはみたが、グランデレやヒューゴに分からない事が、昨日今日箱舟に接近した人間に分かるわけがなかった。
突然、ドンという大きな音がして車両のドアが開いた。開け放たれたドアに男が一人立っている。小さな銃を構えているが、腰が多引けてまともに構えられていない。この男は先程から装甲列車の周りをうろついていた男だった。
ハリー大尉が瞬時に飛び掛かり抑え込む。その上から他の兵も乗り上げて、更に身動きを取れなくする。ハリーが叫ぶ。
「誰だ貴様!どうやってドアを開けたのだ!」
男は何か言おうとしているようだが、数人で抑え込んでいてもはや顔も見えない。
「武器を取り上げろ!」
ハリーの指示で持ち物が取り上げられ、ロープで縛りあげられた。
床に座らせると私のほうから改めて尋ねる。
「お前は誰だ?なぜこんな事をする?」
「私は…、私は西の国の学者のイーサンといいます。オットー博士の助手です。数年前の箱舟改造の時に参加しました」
私はイーサンという名前に聞き覚えがあった。
「西の国の学者?どこかで会わなかったか?」
サムが彼の顔を見て声を上げる。
「あ、この人知ってます。装甲列車をお城から運び出している時に見ました」
私は眉をひそめる。
「そうなのか?何をしていた?」
「箱舟に…箱舟に乗り込む機会を狙っていました…。装甲列車の近くにいればいずれ箱舟の中に潜り込めるチャンスが来ると思っていました」
「乗ってどうする?」
「箱舟が…故障しているかもしれません…。もしかしたら、今の箱舟は私たちが考えているような物ではなくなっている可能性があります」
「なぜそう思う?」
「敵認識と、それに対する行動がおかしいのです。元々オットー博士からはいつかこうなると言われていました」
イーサンは私を見上げる。
「グランデレ王もご存じのはずです。なぜ止めようとなさらないのですか?もうあの箱舟はあの方の…」
私はイーサンの事を完全に思い出した。あの時の医師だ。
「それ以上言うな!」
私が大声を上げることなど滅多にない。全員があっけに取られてこちらを見る。イーサンが懇願する。
「私を乗せてください。一緒に箱舟の所まで連れて行ってください」
「直せるか?」
「まだそんな事を。あれは止めるべきです」
「直すんだ!」
怒鳴られて押し黙るイーサンは追い詰められたように顔を歪めた。
イーサンは暫く床を眺めていたが意を決して私に向き直る。
「もし直すと約束すれば私を箱舟まで連れていって頂けますか?」
「そう誓うなら連れていく」
「なら参ります。最善を尽くします」
私は暫く無言でイーサンを見ていたが、ハリーに目を向けると縄を解くように指示した。
そこにいたメンバーはあっけにとられたが、指示に従わないわけにはいかない。
全員が次の指示を待つ。私がちらりとイーサンを見るとイーサンが指示を出す。
「このままゆっくり近付いて下さい」
ハリー大尉がイーサンを軽く蹴飛ばす。
「お前が命令するな!」
ハリーが怒鳴ったが、私がそれを手で制する。
「言う通りに動いてくれ」
ハリーは渋々先頭の動力車にマイクで指示を出す。
「微速前進。いいと言う所まで箱舟にゆっくり近付け」
「了解。微速前進!」という返答がスピーカーから即座に返る。
全員が不安そうに私とイーサンの顔を見て、そのまま目の前のモニターに視線を移した。
ルークが苦労して取り残していたヒシを装甲列車に押し込むとゆっくりと前進を開始した。




