十六、グランデレ②
その頃、乙姫率いる西のトラックも箱舟に接近していた。前座席中央に陣取った乙姫にマックスが話しかける。
「落ち合うのはこの辺で合っているはずだが…。姿が見えないな…」
乙姫が不意に振り向いて一人の兵士に声をかける。
「そこのあなた、双眼鏡持ってる?」
「あ、はい」
「ちょっと貸してちょうだい」
「はい!どうぞ!」
兵士が肩から下げていた双眼鏡を差し出す。
兵士が差し出したのは軍用の特殊な双眼鏡で、素人では扱えない。乙姫は受け取ったもののどうやって使うのか分からない。乙姫が再び振り返る。
「これどうやって使うの?」
尋ねられた兵士は丁寧に説明する。頭の回転が速い乙姫は一回の説明で理解し、双眼鏡を受け取って兵士ににっこりと笑いかける。
「あなたの説明分かりやすいわ。素敵ね」
近隣国に美人の名をとどろかせた乙姫に微笑みを返され、兵士はこの姫を絶対に守ろうと心に決めた。最早、乙姫の部下である。その兵士の嬉しそうな横顔をノアは複雑な表情で眺めていた。
乙姫が双眼鏡で前方を見渡したが、箱舟の上部の砲塔が見えるのみだ。辺り一帯は森の木々に遮られて、箱舟の近くに誰かいるのかは分からない。双眼鏡を覗きながら乙姫がマックスに問いかける。
「ねえ、マックス、その装甲列車っていうのは大きさはどれくらいなの?」
「そんなに大きくはないらしい。三両編成で背は低めだという事だ。先頭車両は銀色らしいが、それ以外は何も言ってなかったな。行けば分かるという事だろう。軌道の上を走っているのは箱舟以外は装甲列車だけだ」
乙姫は双眼鏡で装甲列車を探したが、見当たらない。大まかな待ち合わせ場所は指定したが、箱舟が動けば装甲列車も動く。そうそう予定通りに事が運ぶわけではない。
暫く進んだところで軌道に出た。トラックは軌道の脇の道路をゆっくりと走りながら前を行くはずの装甲列車を追った。軌道はうねうねと曲がっており、遠くまで見渡すことが出来ない。
「あ、あれかしら?」
乙姫の指差す方にゆっくり進む装甲列車の後ろ姿を確認出来た。その先には先程確認した箱舟が止まっているはずだ。
「あれだな。箱舟はすぐ先に居そうだな。箱舟を刺激しないようゆっくり装甲列車に近付く」
暫く進むと装甲列車が乙姫達のトラックに気が付いて停止した。ドアが開いて中からグランデレ、ヒューゴ、イーサン、ジャックが降りてくる。グランデレが軽く手を上げるとトラックは50メートルほど手前で停車した。エンジンを止めてマックス達がトラックから降りてくる。乙姫の姿を確認してグランデレ達から安堵のため息が漏れる。先頭に立っている乙姫がグランデレに声をかける。
「鍵は持ってきた?」
「ここにある」
私が右手の人差し指に引っ掛けて高く揚げて見せる。
それを見て乙姫が軽く頷く。
「なんか様子が変ですね…」
ジャックが小声で言うとヒューゴが頷いて同意する。
「どうなっとるんだ…」
ハリーはサムにモニターでの箱舟の監視を任せて装甲列車内から外の様子をうかがっていた。何かあればすぐ飛び出して撃てるように銃を構えている。
装甲列車に残ったサム以外のメンバーものぞき窓から様子をうかがう。
「人質にしては、姫様だけなんだか堂々としてますね」
ルークも首をかしげる。
「姫様は基本的にどこに行っても堂々としてますが、人質になっても変わらないんですかね…」
と小声で感想を漏らす。
装甲列車の隙間から双眼鏡で見ながらルークが囁く。
「あちらさん、武装解いてますね。なんでですかね」
我々が見つめる中、乙姫とマックスが装甲列車に歩いてくる。私の正面3メートルほどの所まで来たときに、ジャックの後ろからイーサンが声をかける。
「あの…私も箱舟に乗ります」
マックスが視線だけイーサンに向けて、こちらに問いかける。
「彼が?初めて見る顔ですが、一体何者ですか?」
「ああ、オットー博士が箱舟を作った時、そしてその後の改造の時に助手をしていたそうだ。箱舟に詳しいのだが…」
私が口ごもるとイーサンがおどおどと話す。
「はい。数年前の大改造の時には中に入ってお手伝いをしました」
マックスがぎょっと目を見開く。
「あの場所にいたのか?」
「はい、ですからよくわかります。箱舟は今のままでは危険です…」
「どう危ないんだ?」
「暴走するかと…。そうなるともう抑えきれません」
暴走という言葉にマックスが考え込む。乙姫がイーサンに問いかける。
「何か手はあるの?」
「強制的に初期化します」
「初期化?これまでのデータは?」
「当然消えます」
「それで再起動してまともに動くのか?」
「それは大丈夫です。暴走の原因は恐らく追加装置の故障です。故障が酷ければ修理が不可能ですから外します。あれは途中で改良を加えて、その後のテストランもないまま実戦投入したものですから、外しても追加されたモードが消滅するだけだとは思います」
「そうか、追加モードは元々消去する予定だった。他のシステムに支障ないならそれでいい」
乙姫が振り返ってマックスの顔を見る。
「追加されたモード?どんなものなの?」
私がそのやり取りに割って入る。
「そこから先は言わなくていい。そして、追加モードは消さずに残せ」
乙姫がこちらを見る。
「お父様はそれが何かご存じなのね?」
「知っている」
「なんなの?」
「それは…」
イーサンが言いかけるのを私は制した。
「今は言わなくていい」
乙姫がこちらを睨みつける。
「いいわけないわよ!」
その時装甲列車の中からサムの叫び声が聞こえた。
「箱舟が動き出しました!こっちに向かっています!」
皆が一斉に箱舟の方向を向いた瞬間、乙姫はグランデレの指から鍵をひったくると箱舟がいる前方に向かって全力で走りだした。その後にマックスとイーサンが続く。 装甲列車の横をすり抜け、乙姫を先頭にした一団が箱舟に向かって走る。
ライリーもその後を追うがマックスが叫ぶ。
「お前は戻れ!」
ライリーは一瞬ためらったが、トラックに引き返していき、グランデレや装甲列車とすれ違う。一瞬ちらりと装甲列車の中が見えて、ライリーはぎょっとした。
「追え!」
私は叫びながら装甲列車に飛び乗る。外にいたメンバーが一気に装甲列車内に戻ってきて、中はごった返した。壁際に置いてあった実弾のケースが誰かの体に当たって床に弾が散らばる。
「サム、拾っといてくれ!」
そう言われてサムが慌てて拾い上げて、置き場所をどこにしようか尋ねたが誰からも返事がない。今それどころではないのだ。サムはとりあえず実弾をジャケットのポケットにしまった。
先に飛び出した乙姫、マックス、イーサンの後ろ姿を装甲列車のモニターがとらえる。別カメラが箱舟を捕えている。
モニターに映る箱舟は砲塔をゆっくり回転させてこちらに向けている。八つの目は青く、すぐに発射する状態ではないが油断できない。巨大な大砲の砲口がこちらを向いているというだけで生きた心地がしない。
ライリー達もすぐさまトラックに戻り、兵士がエンジンをかける。最後に乗り込もうとしたノア王子をライリーが制した。
「王子は乗っちゃダメ!今すぐここを離れるのよ!」
「僕も行きます、乗せてください!」
「あなた人質なのよ?最後は弾除けにされるか、無事に帰ってもいずれ王族から外される作戦なの。今すぐ国に帰って王様達と作戦を立てなさい。あなたはマックスに騙されていて、マックスはネメックに騙されてるの。お願い、ネメックをつぶして!このままじゃ西の国は終わりよ!」
そう叫ぶとノア王子を車外に突き飛ばし、同時にトラックは勢いよく走りだす。ミラーには呆然と立ち尽くすノア王子の姿が映る。
(頼んだわよ、ノア王子。そして、虫のいい話だけど…、もしもあなたの大切なお姫様の近くにマックスがいたら、彼の事も救ってあげて…)
助手席に乗り込んだライリーが別動部隊に無線を繋ぐ。
「そちらの準備はどう?」
(大丈夫です。いつでもいけます!)
「作戦決行の指示を出すまでそのままそこで待機してて。箱舟が森から南に逆走し始めているから私達も後退しているわ。もうすぐ箱舟がそこを通るわよ。見つからないようにね」
(少佐はもう箱舟に乗り込んでいますか?)
「まだよ。マックスと乙姫様とそれにイーサンという男が箱舟に向かっているわ」
(誰です?その男)
「例の大改造の時の貴重な生き残りよ」
(えぇっ?そんな男が現れたんですか?そのイーサンは箱舟に乗ってどうするんです?こちらに協力してくれるんですか?)
無線を持ったまま、ライリーは走り去るマックス達を見る。あの三人は、
“恐らく全員が違う目的で乗り込もうとしている”。
ライリーはマックスを支えたいと思ってここまで一緒に来たが、心は既に折れそうだ。彼の一族の貴族としての社交界復帰は悲願であった。それは知っている。だが、これではもう、例えネメックの望み通り箱舟を西の国に引き込んだとしても、貴族には戻れないだろう。王家をつぶすなど出来るわけがない。マックスは最後は責任を取って投獄されるだろう。
さかのぼる事、数時間前。ライリーはマックスに詰め寄っていた。
「よりによって、ノア王子を巻き込むなんて、いくらネメックでもあなたを庇い切れないわよ!」
マックスは表情を崩さず答える。
「ネメックは西の王族を丸ごと滅ぼす気だ。王族がなくなってみろ。ノア王子もただの若者だ。この計画は人質にノアや乙姫を利用しているが、計画が成功した頃には我々を罪に問う者がどこにもいない」
それに、とマックスが続ける。
「ノアは途中からはもう自分の意志でここにいる。きっと乙姫が心配なんだろうな」
それはライリーも認める。彼女自身もノアの、恐らくは恋愛感情を持っているであろう事を利用していることを自覚していた。
「箱舟は今はもう半分暴走している危険な兵器よ?それをあんなボンボンがうまい具合に生き残れると思うの?すぐ死ぬわよ?」
「そうかもな」
ライリーはマックスの特に何も感情がない顔に恐ろしささえ感じた。いつからこんな顔をするようになったのだろうか。自分の野望の犠牲で人が死んでも今のマックスはお構いなしなのだ。
走り去るトラックを見つめて、ノアは呆然と軌道脇に立っていた。乙姫も行ってしまった。これから自分はどうすればいいのだろうか。ライリーのさっきの言葉がよみがえる。
『あなたはマックスに騙されてて、マックスはネメックに騙されてるの。お願い、ネメックをつぶして!』
そんな事、自分に出来るわけがない。自分は今まで言われるままに生きてきただけの男だ。自分で考えて行動するなんて…。
だが、ふと乙姫を思う。あんな風に生きられたらと思ってきた。自分の意志で、戦車のように進む乙姫が眩しかった。
ゆっくり深呼吸をして、両手で頬をパンパンと叩く。
乙姫様にふさわしい男にならなければ。まずは城に帰ろう。そう思って森に踏み込んだ時、目の前の茂みがガサガサと動いた。新手の敵かと身構えた瞬間、目の前に葉のついた小枝をつけて迷彩を施した二人の男が現れた。
「お…お父様?ですか?」
そこにいたのは徹夜で森をさまよった、ライアン王とレオであった。
ライアンは驚きすぎて声も出ない。
レオが明るい声を上げる。
「え?おっさん子供いるの?」
ライアンが黙ったままかろうじて頷く。
「いやー、なんか俺達悪い奴に追われてさー、大変だったよー。お前は追われてないの?」
人生で初めてのレベルで馴れ馴れしくされてノアが気圧される。
「はあ…」
「ところで、俺達乙姫様探してるんだけど見なかった?」
ノアが軌道の先を指さす。
「あっちに走っていきました」
「ええ!見たのか!他に誰かいたか?」
「そりゃもうたくさんいます…」
「姫様は無事か?」
「無事も何も、一番元気ですよ」
「はぁ?」
何が何だか分からないという顔でレオがノアを見つめる。
「案内出来るか?」
「それは出来ます。しかし…」
「しかしなんだよ、出来ないのかよ」
「城に帰って彼らを止める作戦をすぐに立てないといけません。このままでは西の国は終わるそうなんです」
それを聞いてライアンがノアの腕をぐっと掴む。
「グランデレはいたか?」
「いました」
ライアンはしばし考え込むが、やがて意を決したように顔を上げた。
「ならば行こう。我々が行くのは城ではない。箱舟だ。行って…終わらせよう。箱舟を、グランデレを、みなを止めよう。やはり彼らは私の友達だから…」
そう言うとライアンはノアが指差した方向に向かって走り出した。ノアがそれに続いて走り出す。
「お前ら二人そろって城城って何だよ、一般人が入れるわけないだろうが~」
後ろでレオがぶつくさと不平を言いながらついていった。




