十五、ノア②
ドアを開けると、廊下の向こうのマックス達が見えた。
乙姫がマックスに向かって声をかける。
「これからどうするの?」
マックスは少し驚いた表情を見せるがこれからの行動を説明し始めた。
「王国から使いが来て箱舟の鍵を持ってきます。我々は国境を越えて軌道脇で彼らと合流します。そしてその鍵を使って私と乙姫様は箱舟に乗り込みます」
「あなたは王族ではないわ。乗れないわよ」
「姫様がいますから大丈夫ですよ」
「そう上手くいくのかしらね。とりあえず行きましょ。何時に落ちあうの?」
そう言いながら乙姫はスタスタと先に歩き始める。
マックスはライリーと顔を見合わせるが、慌てて後を追う。その後をノアも続く。
階段を下りながら乙姫が指示を出す。
「ライリーは私と一緒に来て。大人数は目立つからあと二人…、そこのメガネと髭の人、ついてきなさい。他の者は待機。文句があるなら私この作戦手伝わないわよ。あ、それと私とノアの部下は置いていくわ。丁重に扱いなさいよ。彼らに何かしたらただじゃ置かないわよ!」
それだけ言うと外に置いてあるトラックの助手席にどっかりと乗り込む。
「狭いけどライリーも前に乗って。運転はマックス。他の連中は後ろ。ほら、さっさと乗って!」
こうなるともはや乙姫の部隊である。こういう時ノアは早い。素直に育っているので言われたことは何の疑問も持たずにすぐ実行する。ただ、この時点で乙姫をどのように守るかというビジョンはノアの頭の中には全くなかった。只々きびきびとトラックの荷台に乗り込んでいた。
乙姫はその様子を、
(ノアも置いてきたほうが良かったかな…)
と思いながらミラー越しに見つめていた。
マックスがエンジンをかけて軍用トラック特有の重たいエンジン音が響くと、乙姫以下6名を乗せたトラックは鍵の受け渡し場所へと出発した。
その頃王城では誰が鍵を持って行くかで揉めていた。
そもそも王室の人間以外が箱舟に近付くと、箱舟に攻撃される危険性がある。グランデレが行くのは絶対であったがそこに誰が付いて行くのかが問題になった。
グランデレとしては箱舟に詳しい科学院のヒューゴを連れていくことを主張したが、オスカーがそれに難色を示した。
「ヒューゴ長官はお年です。この先戦闘状態が予想されますから、もっと身軽な者が適任かと思います」
「じゃあ僕が行きます」
とサムが言う。身軽さで言えば適任だが、
「子供を行かせられるか」
とオスカーが制する。
「誰か若い兵をつけたほうがよろしいのではないですか?」
グランデレはしばし考え込んでいたが、サムに向かって
「サムをヒューゴの補佐として連れていく。サム、行けるか?」
と、問うた。
「はい、行けます」
サムは緊張した面持ちで答える。
「ヒューゴ長官はどうだ?」
ヒューゴが笑って答える。
「私以外はあり得ないでしょう」
グランデレが無言で頷く。
大臣のオスカーはなおも止めようとするが、
「いや、大丈夫だろう。とりあえず浜に向かう。そこで竜宮城のメンバーと合流する」
下に降りると既に馬が用意されていた。侍女のミリーが馬に乗る3人に、心配そうな顔で駆け寄る。
「どうかお気をつけて。サム、姫様の事、頼んだわよ」
サムは、はいとだけ返事をした。
グランデレがミリーを見て軽く頷く。
「行ってくる」
それだけ言うと馬の横腹を蹴る。こんな緊急事態でもグランデレは周囲の者に辛く当たることはないが、猛スピードで走り去る馬の様子から、グランデレが追い詰められていることがひしひしと伝わってくる。グランデレが乗る一頭とサムとヒューゴが乗る一頭。二頭の馬が轟音を上げて走り去る。
馬の手綱を持ちながら、サムは一人考えていた。
(何か聞こうと思ってたんだけど、なんだったかな…)
二頭の馬が走り去るのを城から確認すると、オスカーは装甲列車に連絡を取った。
「箱舟はどうなってる?」
無線に出たのはハリー大尉であった。
「依然砲塔は展開したまま西に向けられています。八つの目は光っていませんから今すぐ攻撃が始まるという事はないと思います。ただ、ゆっくりと国境近辺を移動しています。いつもの時計回りではなく、行ったり来たりを繰り返しています。何かを捕捉しているのかもしれません」
「お前たちは今どの辺りだ?」
「距離を取っています。箱舟から東に1500mほどです」
「近付けるか?」
「やってみます」
「無理するな。刺激しない程度で最大限近付け。軍を出して箱舟が動く危険を冒したくない。王や姫に何かあった時はお前たちが頼りだ。頼んだぞ」
「了解しました」
無線を切ると、装甲列車はゆっくりと箱舟に接近した。
マックスが運転するトラックは乙姫達を乗せて鍵の受け渡し場所へと車を走らせていた。
3人がけのシートで乙姫は真ん中に座って腕を組んで前を見ている。
「あとどれくらいで着く?」
ライリーが時計を見て答える。
「あと一時間といったところでしょうか?」
マックスは前を向いたまま何も言わない。
「返事くらいしなさいよ。一時間なの?どうなのよ」
乙姫が詰め寄ると、マックスが短く、
「まあそんなところですね」
と答える。
「ところで」
再び乙姫がマックスに話しかける。
「箱舟が西の造ったものというのは本当なの?」
「本当ですよ」
「何であなたがそんなこと知ってるの?」
「軍の機密というのはかん口令がひかれるものですが、それでも人の口に戸は立てられない。どこからか情報は漏れるものです。
私が父の知人の紹介で軍に入隊して暫くした頃、宿舎の掲示板に箱舟の情報を持っていれば些細な事でも上官に報告するよう命令書が貼り出されました。そういうことは珍しい事だったらしく、軍の寮でも話題になっていたんですよ」
「命令書?口頭ではなく?」
「そうです。それで同室の男にそれとなく聞いてみました。そうしたら彼が言うには、
箱舟はどうやら西が造ったものらしいのだが、そのマニュアルが誰かによって書き換えられてしまったと。更にはあちこち塗りつぶされたり汚い字で書きこまれたりして使い物にならず、引き継いだ技師が困っているらしいというんですよ」
「誰よ、そんな事をしたバカは?」
「わからないから情報を求めている。ただ、書き込んだのは相当専門的な知識を持っている人物のようだ。しかも、後から何か別の機能が箱舟に付け加えられたようなのだ…」
「別の機能?」
「ある機能が別の機能に上書きされているらしいのだが、それがどういう機能なのかよく分からない」
「私達しか近付けない箱舟に乗り込んで書き換えたの?出来るわけないじゃない」
「それが出来たから大事なのだ」
「まさか。無理よそんなの、王国が協力でもしない限り」
「姫が知らないのなら、王国は関与してはいないのだろうな…。箱舟は期せずして様々な学者の知識の集合体となった。最早箱舟の全貌を把握する人物はいないのかもしれない…」
「そんな訳の分からない箱舟を引き取ろうというの?暴走したらどうするつもり?私はもう人が死ぬのは見たくないわ」
「もう結構な数が死んでいるよ」
先日の西の兵の王国侵攻で多くの兵が死亡した。その一人一人に家族がおり、一つ一つの葬儀の場に王国への怒りが生まれる。人類はこれまで多くの戦争を経験してきた。お互いに多くを殺し、殺されてきた。人を亡くした悲しみは決して消えない。人が報復戦争をしないのは相手を許すからではない。もっと多くの死者を出さないためだ。戦争の怒りは相手国への嫌悪となって長くくすぶり続ける。火種が消えることはないのだ。だから何か燃える物が放り込まれるとあっという間に火の手が上がる。
「バカよね…。人って」




