十五、ノア①
乙姫が奥の部屋に連れていかれるのを見てノアはマックスに食ってかかる。
「お、お前これは…」
マックスは落ち着いて答える。
「皆さんはこちらの部屋です。女性と同じ部屋というわけにはいきませんから」
そう言って一番手前の部屋に乙姫以外の全員が入れられた。中は広かったが、銃を構えたマックスの部下もいて手狭なほどだ。
その中でノア王子一人が縛っていたロープを解かれた。
兵士たちは立っていたが、連れてこられたメンバーは椅子に座らされた。マックスが話し始める。
「このような手荒な真似をして申し訳ありません」
全員の視線がマックスに集まる。
「ノア王子。実は我々はここ数日あなたを監視していました。もちろん電話も盗聴していました。乙姫様との電話も…」
「え…」
驚いた顔でノアがマックスを見上げる。
「ノア王子、ロバート公からは何と持ち掛けられたのです?」
ノアが顔を背ける。
「言わなくても知っているんだろ?」
「まあそうですね。ですが、少し情報を整理させて下さい、大切な事なので」
ノアは黙ってマックスを見ている。
「改めて、私の話をしておきます。私はマックス少佐です。西の国で一つ小隊を任されています。しかし、私は好きで軍人になった訳ではありません。私の家は貴族でしたが、没落というんですかね、父の代で経済的に立ちいかなくなりまして、今は一般国民と同じです。そういう訳で今は軍人です。国から薄給で雇われています」
マックス一人の声が響く中で、空調のダクトから風が通る音がする。
「ノア王子、私はこの国が嫌いでね。だってそうでしょう。この国は上を見ても下を見てもお互いの足を引っ張る事しか考えていない連中ばかりだ。私の父のようなお人好しはあっという間に何もかも剝がされて放り出される」
ノアはじっとマックスの顔を見ている。
「それでね、決めたんですよ。人の持っている物を剝がす側に立とうとね」
「金が目的なのか?金が欲しくて乙姫様を…」
「金ですか。金は欲しいですよ、そりゃ。あなたと違って、そういう心配もしながら生きていかないといけないんでね。ただ、私はネメック議長から色々といい提案をいただいています。そのためにはもう手段を選ぶのはやめたんですよ」
怪訝な顔でノアがマックスを見る。
「いい提案?」
「我が一族の貴族としての再興です」
ふーっとノアがため息をつく。
「王が黙っているわけがないだろ」
「ライアン王ですか?彼に何が出来ます?ネメックとの話し合いにも、箱舟の砲撃の時も、彼が何かしましたか?あなたのお父様は、ただ見ているだけだった」
ノアが低く唸る。
「父上を侮辱するのか?」
「事実を申し上げているだけです。結局いざとなればライアン王は何もできない。そこで、マルガリータ王妃が頼ったのがロバート公なんですが、この人が曲者でね」
「どういうことだ?」
「あの方は貴族が大嫌いなんですよ。金の事しか考えない我利我利亡者だと思っている。でもね、彼がやっている病院や孤児院だって金がないと立ちいかない。その金はどこから来るんですか?国民ですよ。国が稼ぐのではない。国民一人一人が稼いだ金の一部が税金として国の金庫に集まって、国家というものが動かせるのです。ここで王家の皆さんが忘れていることがある。…いや、元々知らないのかな…」
「なんだ?」
「金を動かすには、コストがかかるんです。知っていましたか?ノア王子から見れば銀行が余計な欲を出してもぎ取る小さなお金でしょうね。でもその小さなお金を集めて国民は生きているんです。その金で食事をし、服を買い、暖をとるのです。貧しい者というのはそうやって生きている。貧しいのが嫌ならもっと働けと国は言う。貧しいのは勤勉さが足りないからだと国は言う。でもね…」
マックスがノアを見る。
「働いても働いても貧しいものがいることをあなたたちが顧みたことがありましたか?」
「いや、それはもちろん…ある…」
「ありませんよ。ロバート公のやっている事は所詮自己満足だ。そして、ノア王子が感じているよりも、ずっと傲慢だ」
室内に沈黙が漏れる。それぞれが自分を顧みる。
「ノア王子、なぜロバート公がネメックの申し出を受け入れた、いや、受け入れたそぶりを見せたか分かりますか?」
ノアには難しい質問だ。返事に窮しているとマックスが口を開く。
「彼が狙っているのは貴族院議長の椅子ですよ」
「え、まさか」
「そのまさかです。彼は箱舟奪還の後、あれを無効化する気はさらさらないですよ。箱舟を西に持ち帰り、その足でネメックを更迭。ネメックが作り上げた貴族院というドル箱を自分のものにする。それが彼の描いた絵です…。ノア王子、あなたは騙されているんですよ」
「そんな…」
ノアの顔から血の気が引いていく。
「乙姫様の目指すものは崇高です。でも、あの方もわかっていない。人はね、戦争なんかなくても沢山殺されるんです」
「お前だって人から剥がし取る側になると決めたんだろ。取られた方は死ぬぞ。お前も殺す側だな」
「取る相手が違う」
そこまで話したところで、兵士が一人入ってきた。
「準備出来ました。いつでも大丈夫です」
「分かった、1時間後に出る」
「1時間後、了解しました」
横で見ていたノアがマックスに聞く。
「どこに行くんだ?」
マックスがノアの方に振り返り答える。
「箱舟に向かいます。そこで乙姫様は我々の弾除けになってもらいます」
ノアが驚いて聞き返す。
「弾除け?」
伝令は乙姫のいる部屋にもやってきた。
「失礼します。ライリーさん、1時間後に出発だそうです。乙姫様をお連れする準備をお願いします」
「分かったわ、ありがとう」
伝令は軽く会釈すると部屋を出て行った。
軍人からライリーさんと呼ばれていることに違和感を覚えて乙姫が話しかける。
「あなたやっぱり兵隊じゃないのね」
ライリーが苦笑いして微笑む。
「案外早くバレたのね。やっぱり私、演技下手ですね」
「マックスについてきたってとこかしら?」
「私の方が勝手にね。彼は来るなって今でも言うんだけど、乙姫様がいらっしゃるのなら女性もいたほうがいいからって言い訳を作って、無理やりついてきちゃったんです」
「羨ましいわ、そういうの、私も経験したかったな」
「乙姫様なら素敵な男性にいくらでも出会えるんじゃないんですか?」
「普通の女性が経験するような恋愛の期間っていうのがないの。好きになる前に結婚するような感じ。そんなの信じられる?」
驚いた顔でまじまじと乙姫を見ていたライリーが、ふっと憂いに満ちた表情で俯く。
「こういうの恋愛というのかしら。いくら私が頑張っても、今の彼は目の前の目標しか見えていないような気がするわ。今回の作戦だって、私は部隊の一部としか見られていないわ」
そこでライリーは一旦話すのをやめて深く息を吸い込む。
「私は随分止めたのよ。でも駄目ね。彼は自分は貴族で軍人じゃないっていうけど、今の彼はまるっきりの軍人よ」
膝の上で指を組みなおし、ふっと言葉を漏らす。
「ノア王子や乙姫様をこんな目に遭わせて、私達きっとただじゃすまないわ…。でもいいの」
「ライリーはどうしたい?」
「どうって?」
「彼と心中したいのかって聞いているのよ」
か細い声でライリーが答える。
「生きていて欲しいに決まってるじゃない…」
乙姫はじっとライリーの横顔を見つめると、すっと立ち上がってライリーに声をかける。
「行きましょ」
「え?」
「箱舟を止めたら私はもう死んでもいいかなと思っていたけどやめた。行って全員を救うのよ」
そう言って乙姫が先に出口に向かって歩き始めた。慌ててライリーがそれを追った。
この時点で乙姫は完全に覚悟が決まった。




