十四、ライアン②
それは王国の王、グランデレであった。
私は頭の中で情報を整理する。
我が西の国から私の命令ではない軍が隣の王国に侵攻した。王国の箱舟がそれを砲撃し殲滅した。その箱舟からグランデレが下りてきた。
という事は、あの砲撃はグランデレが撃ったのか?グランデレは箱舟を動かせるのか?しかし、オットー先生の説明では箱舟は移動はもちろん砲撃も自律的に行うという。人が操作して動くような機械とは根本的に違うはずだ。
分からない…。だがもしもグランデレが砲撃したのであればやはり許されることではない。自然と馬の手綱を持つ手に力が入る。グランデレはもっと理知的な模範的な王だと思っていた。それをあんな砲撃で多くの人の命を一瞬で奪った。西と王国は戦争状態ではない。もっと別のやり方もあったのではないのか?君は所詮その程度の人間なのか?
王になった頃からグランデレと私はよく比較されたものだった。もちろんグランデレは優秀な王の例えだ。ところが裏ではこんなことを平気な顔でやる男だったのだと愕然とした。私は何ともやりきれない思いでその場を離れた。
それから城に戻ると城内ではまだ砲撃の問題に対する対処を決めかねているようだった。王国は様子を見ているのか、説明要求の書簡が来たきり、なしのつぶてだという。城内は連日大臣たちが集まって相談していたが、特に私が意見を求められる事はなかった。家臣からは、
「私共にお任せください」
の一点張りであった。
そんな状況が何日か続いた時に侍従が慌てた様子で私のもとにやってきた。
「ノア王子がどちらにお出かけになったかご存じありませんか?」
「いや、わからんが…、いないのか?」
「はい…申し訳ありません。お部屋で書き物をするからと人払いをなさいましたが、お部屋にいらっしゃる時間があまりにも長いのでお茶をお持ちしたところ…王子はいなくなっていました」
「何か変わった様子はなかったか?」
「ここの所思いつめたようなご様子ではありましたが…」
「そうか…」
目の前でうなだれている家臣を見ながら、私はひどく落ち込んだ。
西の国では何を不満に思ったか王国に侵入するものがいる。
自国の兵が死んでも私を頼るものはいない。
息子であるノア王子は一人で悩み、どこかに消えてしまった。
そしてそのどれ一つとして、私は解決のため役立っている様子はない。
私は自分自身に無性に腹が立った。
「そうか…」
そう言うと私は立ち上がった。
「ちょっと出てくる」
「あの…どちらへ?」
この時私の心は怒りに燃えていた。それは不甲斐ない自分への怒りだった。
私は王として今こそ立ち上がらなければならないと全身から炎が出ている…そう本人はイメージしていた。鬼神のごとく怒りをあらわにして侍従を見たつもりであったが、日頃全く怒らないライアンである。怒った顔の作り方が分からない。なんだか随分目を大きく見開いて汗をかいているなという位でしかなかった。侍従が呆然としている前を、ライアンは顔を真っ赤にしてふらふらと出て行った。本人のイメージは巨漢の戦士が地面を踏み鳴らしながら歩いていく姿であったが、背が低いので迫力がなく、子供が地団太を踏みながら怒っているようにしか見えなかった。
私はなんとなく馬に乗る気がせず、一人歩いて城を出た。こういう時にはもちろん王と見破られないように変装をしていた。この日はお気に入りの鍛冶屋の衣装であった。勇ましく城を出たはいいが、どこに行こうかと思った。その時にふと頭をよぎったのが箱舟の姿であった。ライアンは何か思い悩むと箱舟の姿が思い出される。
とりあえず箱舟を見ながらこれからの事を考えようか…。そう思って教会への道を歩いて行った。国内には様々な問題があるが、道ですれ違う国民は皆そういったことにはお構いなしの笑顔だ。それはそうである。普通の国民にとって生きるとは、今日自分がなすべきことをすることなのである。
ならば自分も自分がなすべきことをしなければならないと思った。不安ではあったが、もう部屋の隅に追いやられるのは嫌だった。名誉欲はないが、皆の期待に応えて王としての役割を果たしたかった。グランデレのように。
グランデレ…。
なぜお前は我が国の兵をあんな風に殺してしまったのだと、一人呟いた。
グランデレのような王になりたい。しかし、あんな残忍な男にはなりたくない。
そんな事を考えながら教会の近くに差し掛かった時に、空気を切り裂くような甲高い音がした。そして次の瞬間、ドーンという爆発音がして、すぐ近くで煙が上がった。あれは…、
(教会が砲撃を受けたのか?)
とにかく私は教会に向かって走った。一度城に戻って態勢を整えてから出直そうかとも思ったが、やめた。城からこの砲撃が見えなかったはずがない。ならば、彼らは彼らでやればいい。そう思ってひたすら走った。
しかしなぜ箱舟の砲撃が教会に及んだのだろうか。そこで私は一つの仮説を立てた。
先日箱舟からグランデレが一人降り立つところを目撃したが、もしや自分もグランデレに見られたのではないだろうか。だとすればグランデレは口封じのために自分の事を殺そうとするかもしれない。自分が教会を好きでいることもバレているのだろうし、今私がここを歩いている事もバレているのだろう。
グランデレは箱舟を操作出来るわけもなく、ライアンの所在など何もわかっていなかったので、これは全くもってライアンの誤解であったが、ライアンは自らの妄想の為に深い恐怖に包まれた。
私は森の中を姿勢を低くして教会に近付いた。遠くで車の走り去る音が聞こえたのでびっくりしてその場にしゃがみこんだ。
今日は日曜ではないから教会にはほとんど人はいないはずである。グランデレの手のものがライアンの死を確認しに来たのかもしれないと考えて、教会から足音を忍ばせてそっと遠くに離れた。 あの砲撃が城に及ぶのを恐れて、私は暫く森を歩いて時間を稼ぐことにした。
しばらく歩いたところで、どうやら安全だと感じた途端に猛烈に疲れている事に気が付いた。もはや日も暮れかかっている。ちょうど近くに倒木があったので、地面に座って倒木にもたれて休むことにした。一日歩き詰めで足は棒のように疲れていた。痛みを感じる部分をさすりながら、私は何だか惨めな気持ちになってきた。
王である自分は城内での威厳を取り戻すために単独国境付近にやってきた。しかし、いざグランデレを前にすると怖気づいて逃げてきた。地面に座り込み、周りに側近の一人さえいないところでほとぼりが冷めるのを待っている。こんな意気地なしが、いったい何を解決しようというのか。
(誰からも頼りにされないはずだ…)
そう思った時、遠くで銃声がした。男の叫ぶ声がする。がさがさという木の枝をかき分ける音がする。
遂に追っ手に見つかったと思ったが、そもそもこんなところで死んでしまっては、ここまで来た苦労も水の泡である。私は本能的に身を隠す場所を探した。
ライアンという男は機械などの物理の才能があったが、もう一つ天から与えられたものがあった。
彼は類まれなる強運の持ち主だったのである。彼の運の強さは物理の才能など吹けば飛ぶレベルであった。
きょろきょろと辺りを見回すと、ちょうど目の前に人が一人入れるほどのくぼみが木の下にあった。彼はそこに潜り込むとそのあたりの枯れ葉を集めて体の上からかけた。
遠くから足音が近付いてくる。ただ事ではない雰囲気が足音から伝わってくる。身を固くしていると、さらに別の足音が近づいてきた。今度は一人ではない。
一体何人の人間がいるのだ?
そう思いながらあなぐらの中で30分ほどじっとしていた。すっかり夜の静けさが戻ってくると、一旦城に帰ろうという考えに至った。まさかこのまま森の中で一晩明かすわけにもいかない。ライアンは体にかけた枯れ葉をどけると、音を立てないようそっと起き上がった。
(その前に…教会を見ておいた方がいいな…)
先程砲撃があった時には慌てて逃げだしたが、その後どうなったのかを確認しておく必要がある。何しろここは、自分の国なのだから。
ここまでやみくもに走ってきたせいで、自分がどこにいるのかもわからなかったが、ようやく見覚えのある森を見つけると、ほどなくして教会を見つけることが出来た。近くに行くとまだ何か焦げ臭いような土埃のような匂いがした。あまり好きな臭いではない。袖口で顔を覆いながら歩いていくと、やがて教会のある広場に出た。
当然明かりはついておらず、人の気配もない。月明かりの中近付くと、壁に大きな穴が開いている。ちょっと覗いてみたが、中がぐちゃぐちゃに壊れているのがうっすらと見える。
私のせいで教会がこんなことになってしまったな…。そんな事を考えながら教会の周りをぐるりと歩いてみる。月明かりではっきりとは分からないが、地面がまだら模様になっている。何だろうなと思ってその場にしゃがみこむと生臭いにおいがする。そっと触ると粘り気のある液体が手についた。
(血だ…)
私は血で汚れた手を拭こうともせずにその場に暫くしゃがみこんでいた。
すると突然後ろから声をかけられた。
「おい」
私は心臓が止まるかと思うほど驚いてその場で飛び上がった。振り返ると男が一人立っていた。
私は言葉も出せずただ男の事を見ていた。一般的な村人の身なりだがこれが本物の殺し屋か?と、早くも観念し、無防備にしゃがみこみながら、ここまで一人で来た自らを呪った。
相手の男が低い声で尋ねる。
「お前は誰だ?」
私は正直に答えた。
「こ、こ、この国の王です」
2,3秒して拍子抜けした声が返ってきた。
「はあ?バカも休み休み言え。そんなきたねー格好の王様がいるかバカ!」
そう言ってレオはため息をついた。震え上がるライアンを見てレオは警戒を解いた。
「悪い奴じゃなさそうだが、ここにいるってことは無関係でもなさそうだな。おっさん、ここで何してた?」




