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二、乙姫①

王国では女子は14歳になると成人する。そして、王族の子女は成人すると結婚の準備を始める。結婚相手については王が決めるのがこの辺りの慣例であったが、乙姫は遠慮なく自分の考えを申し出た。どのような人格が夫にふさわしいかという事だった。裏を返せばこの年齢で既にその責任の遂行について、自分なりのイメージを持っていたという事である。この国は後継ぎが乙姫一人である。誰かに婿に来てもらって乙姫が女王として政治をすることになるが、持ち込まれる縁談はとても乙姫を満足させるとは思えないようなものばかりであった。相手は一応は王族の王子であったが、王になるために来るのが第一の目的で、乙姫自身と価値観を同じくするタイプではなかった。王室同士の婚姻はえてして政略的な要素を含んでいるものだが、姫個人の幸せを考えるならばあまりにも気持ちの伴わない相手ばかりであった。性格が悪いという事ではないが、生き物の命を大切にしたいという話を乙姫からされても、それに興味を持つ者すらいないのだ。そんな縁談ばかりで王妃はしばらく時期をずらすよう提案したが、王はその提案を受け入れなかった。ただ一言、


「この国にはもう時間がないのだ」

としか言わなかった。


王たるもの、弱者の側に立てる勇気と知性が必要だと考えていた私は、王の器ではないと考えた男性の縁談を片っ端から破談にさせた。生き物の話以外にも政治や法律、貿易についての質問を次々と浴びせ、相手が返事に窮すると、


「あなたにこの国の民はお任せできないわ。残念ですけれど…」


と言い放ち、ぷいと横を向いてしまう。 そうするとたいていの男性は()を上げてしまった。

そんなことが何度か続くと私の縁談は悪い意味で有名となり、いつしか結婚話はぷっつりと途絶えた。

父は、国民のためを思って政治をする当時としては珍しいタイプの王で、国民からの人気もあった。しかしその一方であまり自分の考えを詳しく話さずに娘の婚姻を決めようとするやり方に、私との溝は年々深いものとなっていったように思う。

まだ若かった私は知らなかったが、当時王国は大変な時代だった。お母様は大病を患い、ほとんど寝たきりだった。しかし王国内では謎の箱舟活発化で近隣諸国と緊張関係を迎えており、本来であれば王妃であるお母様が関係を和らげる潤滑油としての役割を果たすべきだが、その役目もお父様が一人で背負っていた。お母様は何とかして夫を支えようとしていたが、お父様は気を遣って、治療に専念するように説き伏せていたらしい。お母様はその状況に責任を感じていたし、国のこれからについても心配をしていた。そんな事もあって、自室にこもるお母様の表情はいつも暗いものだった。

だが、まだ若い私にはそれが、夫の愛が注がれていない妻の寂しさと映った。確かにお父様には王妃を見舞う時間もなかったけれど、妻を愛していたし優しい夫だったと思う。

お父様と私の間でお母様について話し合う事はなかったけれど、その事が私の思い込みから来るお父様への批判を一方的に膨らませる格好となった。

傍から見れば私の生き物保護や反戦の姿勢も、どちらかと言えば父を責めたてる口実に過ぎないように見えていたのかもしれない。

19歳の時、あまりにも考え方が違う父親に嫌気がさし、私は王宮を出ていくとお父様に告げた。我儘であることは自分でももちろん分かってはいたが、気持ちは限界を迎えていた。周囲の者たちの慌てようは大変なものだったけれど、お父様は止めるそぶりを見せなかった。


(あの時もお父様は私の話には興味すら引かれていない様子だったわ。王ではあったけれど、父親ではなかったのよね。王族の絆とは所詮そんなものなのかしら…)


少しは引き留めてくれるだろうという乙姫の期待は当てが外れ、母の墓のそばに居たいという気持ちより、父と同じ城に居たくないという気持ちが強い事が自分の中ではっきりとしてしまった。

父との確執は母が亡くなる2年前から徐々に大きくなり、母であるソフィア王妃の葬儀の場で大きな悲しみとなって乙姫の中で一気に爆発した。何故母を一人にしたのだと父を責める娘の顔を、グランデレ王はただ静かに眺めていた。

母の葬儀から三か月後、乙姫は数名の家来を連れ、亡き母が愛していた竜宮城へと向かった。

竜宮城は元々体の弱い王妃が静養するために作られた海底城で、浜辺にほど近い所にほんの先だけ出ている海底火山をくりぬいて作ったものだ。よく言えば落ち着いているが悪く言えばごつごつして華やかさのかけらもない城であった。 しかし乙姫は幼いころからこの城が好きで、よく母に連れられて訪れていたので移り住んだ後も特に不満もなく、むしろ清々したような気持ちで過ごし始めた。さっぱりとした性格の乙姫には殺風景なこの城は性に合っていたのである。

竜宮城に移り住んでから乙姫は国内外での国事行為への参加を減らし、その代わりに国内の病人や孤児、老人など生活に困っているであろう人たちへの慈善活動を始めた。美しく優しい性格の乙姫は国民の人気者で、慈善事業自体は国民の支持するところであったが、父王との不仲については複雑な思いで見守られていた。


ところで、私には一つ不思議な能力があった。

幼い頃から、どうも自分は動物と意思疎通ができるらしいという事に気が付いていた。しばらくは誰にも言わずに黙っていたが、ある時そのことを側近の侍女に恐る恐る話すと、


「確かずっと先代の王女様もそのような方であったとおうかがいしています。ソフィア様はどうであったか存じ上げませんが…」


という返事が返ってきて驚いた。こういう家系なのだと腑に落ちる一方で、お母様とはこんな話をすることもなかったなと思い、ふと寂しさがこみ上げてきた。

私と動物の意思の疎通は動物が近くにいるほど明瞭になり、撫でたり抱き上げたりするとよりはっきりした。美しいドレスを着たままそのあたりの動物を片っ端から可愛がるのでドレスは汚れ放題だったが、あまりにも私が頓着しないので側に仕える者も段々とその振る舞いに慣れていった。


意思疎通も最初は動物の空腹や足を怪我したなどの単純な内容でしかなかったが、慣れてくるとちゃんとした文章のやり取りを会話として成り立たせるに至った。

王宮にいる間はお父様の前で動物と触れ合うことなどあり得なかったが、竜宮城では自由にそれができる。ここに来なければ一生気が付かずに死ぬところだったと思い、我ながらいい決断だったと思い至ることにした。

それをきっかけに人間への福祉事業だけでなく動物の保護活動もするようになったのだが、活動が始まった当初は城の従者は動物と意思疎通が出来るわけでは無かった。私が動物の会話の回路を開くと以降は動物と城内の従者も話せるようになるが、それが分かったのは竜宮城に移り住んでからしばらく後の事である。動物の世話には乙姫という仲介者が必要不可欠であった。動物というのは言葉が通じないぶん世話も焼ける。犬や猫ならまだしも、何を食べるのかすら見当もつかないような動物が運び込まれることもあった。人手が足りず城の従者を増やしていくうちに竜宮城はあっという間に大所帯となった。いくら働き手がいても乙姫のような特殊な人間は他におらず、城内も次々とやってくる動物たちの世話に段々と不便を感じることが増えてきた。そうなると、あちこちから不満の声が漏れるようになってきた。


ある時そんな不平を耳にした私は落ち込んで、部屋に猫を連れて行って猫に向かって一人弱音を吐いていた。私はいつも通りの調子で猫と意思の疎通を交わし、乙姫の問いかけに猫が片手を乙姫の膝にのせて熱心に返事をしている。今となっては城内では珍しくも無くなった光景であったが、お茶を持って入ってきた侍女は驚いて地べたに座り込んだ。乙姫にではなく、猫にである。

私が侍女に「どうしたの?」と問いかけると、そばにいた猫も侍女を見た。


「あ、あの、わかるんですけど」


「わかるって何が?」


「猫の言っていることが…」


驚いた乙姫が猫に


「お前はどうなの?彼女の言っていることが分かるの?」


と聞くと猫が目をくりくりとさせながら答えた。


「わかるよ」


この話は一瞬で城内を駆け巡り、10分後には私(と猫)の所にほぼ城内の全員が集合した。

私はそこにいた顔ぶれを一通り確認すると猫に話しかけた。


「何か彼らに言ってみてくれる?」


それに答えた猫の返事は、


「えー、やだ」であった。


その場にどよめきが起こる。私が城の従者の方を見ると、皆目を丸くして大きく(うなず)いた。

それ以来竜宮城内は『喋ることが出来る動物』が増えていった。しかし、動物にも個性がある。話し好きもいれば、心を開かない動物はやはり話せないままであることも多かった。

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