表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/52

一、ヒシ②

「あの…、こんにちは。いい天気ですね」


驚いたのは男たちのほうである。カメが言葉を話しているのである。驚かないわけがない。男たちはあっけにとられてヒシをまじまじと見つめている。


「なんだ、このカメ…お前、喋れるのか?」

「はい。あの、ここで何をしていたのですか?」

「何って、食い物を探していたのさ。浜には栄養のあるものがあるからな。魚や貝でもいいんだが、この前は卵を見つけてな、またないかなと探し回っていたところだ。お前ウミガメだろ。仲間がどの辺に卵を産んでいるか知らないか?」


この男は、話している相手がウミガメだとわかっている。そして、自分がウミガメの卵を盗ったことにひとかけらの罪悪感も持たずに、こんなことを言っている。一体人間とはどれほど残酷な生き物なのだろうかと身構えた。


「さぁ、それは私にはわかりません…」


私が尻すぼみに返事をすると、男たちはあてが外れた様子だった。短くため息をつくと、


「そうか、まぁそんなにすぐに見つかるわけもないかな」


そう言った後、ふと思いついたように、


「おまえ、貝は取れるか?」と、聞いてきた。

「ここのところだんだん魚が捕れなくなっててさ。貝でもいいんだが、あいにく浅いところはもうほとんど捕り尽くした。おまえ、深いところまで潜って貝や海老を捕ってきてくれないか?」

「私は海老や貝は食べないので、捕まえ方はちょっと分からないです。いつもは昆布を食べているんです」

「そうか、じゃあ獲るのも難しいか。まあ仕方ない。他を探しに行ってみるよ。ちょっと急ぐんで、またな」


そう言うと男たちは、ヒシの返事も待たずに早足で歩き出した。

あの二人は私を使ってさらに生き物を殺そうというの?本当にどうしようもない男たち…。彼らには自分のしていることを学んでもらわなければならない。でも、どうすればいいのかな…。乙姫様は話して来いと言うけれど、あんな生き物と心を通い合わせて理解し合うなどあり得ない。ただ、姫様は仕返しをしろとも言わなかった。

(話してから連れてこいか…)


その頃乙姫は居城である竜宮城を留守にして、父王のいる大宮殿にいた。乙姫の父親は王国内の人間はもちろん全ての生き物を統べる王で、その名をグランデレといった。グランデレ王は地上の生き物を守る立場にあるはずだが、人間が魚など海の生き物を必要以上に捕まえて、残ったら捨ててしまうという事に何らの異議も唱えず、人間のなすがままにしてきた。乙姫とて、道理のわからない子供ではない。人が生き物を食べる事も当然あるだろう。しかし、必要以上に生き物を捕え、面白半分に生き物を殺すものがいる。それは、人に与えられた自由の範疇と言えないのではないかと思う。

そして何より、人は殺し合う。これほど同族同士で殺し合う生き物が他にいるだろうか。地上には兵器があふれ、弱者はただ逃げ回る。私にはそれが受け入れ難かった。殺し合わなければ解決しない問題など、本当はこの世には無いのではなかろうか。なんとか人間のこの酷い行いを止めるように父に動き出して欲しい。かくいうこの王国にも大量破壊兵器の箱舟がある。兵器によるパワーバランスのおかげで戦争は起こっていないが、兵器という物は進化する。今の優位な状況が長く続く保証はない。だが、そんな私の恐れや不安を父は気にかけてもくれない。

無益なことをしないで欲しいという、こんな簡単なことをなぜ聞き入れて下さらないのか。

この問いに未だ父から納得する答えはもらえていない。

乙姫とグランデレ王の話はいつも平行線で終わるのだが、乙姫は何度となく城を訪れてはこの話をする。彼女は納得できる説明を父からして欲しかった。

乙姫は今日も突然やってきたが、王はそのことを特に咎めるわけでなく、乙姫の話を聞いていた。

気持ちの良い風が入ってくる窓際の席で稟議(りんぎ)事項の書類にサインをする父を見ながら、乙姫は昔のことを考えていた。

乙姫は思う。以前はこういう父ではなかった。よく笑い、人懐っこいイメージだった。それが今では別人のようではないか。これが今の父に対する私の印象だ。初めからこんな風に感情が見えにくい、事務的に考える人ではなかった。私が幼い頃は、もっと誰とでも気さくに話す、どちらかと言えば腰の低い人だったような気がする。


そんなことを考えていると給仕がお茶をもって部屋に入ってきた。


「姫様、お茶をお持ちしました」

「ありがとう」


無言の室内に私のカップのカチャカチャという音が響く。

しばらくは無言で父を眺めていたが、自分の方から話を切り出した。


「お父様、法務大臣に会わせていただけないかしら。生き物保護の新しい法律の原案を持ってきたので彼の意見を聞きたいの」


グランデレが乙姫を一瞥する。


「勝手なことをするな」

「見せるだけです。彼の意見を聞きたいのです」

「法律については何も変えるつもりはないよ。法というのは細かく定めてはいけないものだ。条文の理解にある程度の自由度を残さなければ、逆にその隙を突かれる。今の憲法が十分な内容なのだからそれに準じる法律はあまり手を加えるべきではないというのは大臣も言っているよ」


「ちょっと見てもらうだけです」

「乙姫、彼も忙しい。また別の日に改めて持ってきてくれないか?」


乙姫が浅く息を吸って問いかける。


「生き物の事は暇なときにやるものなのですか?お父様には弱いものを思いやる心はないのですか?」


きつい言い回しだなと自分でも思うが後には引けない。


「もちろんある。だが乙姫、人も生き物だ。海鳥が魚を食べるように人間も何かを食べねばなるまい。人が魚を食べることも許すべきだと何度も話してきただろう。それとも人に死ねというのか?」

「そんなことは言っていません。ただ、生き物の捕獲を商業主義や娯楽の道具にして欲しくないのです。私と同じように最低限の生き物を食べ、それ以外は野菜や果物や穀物などを食べればよいのです。それで国民が死なないのであれば、それでよいではありませんか」


このやり取りは何度してきたことだろうか。お互いにもう嫌気がさす。しばらく何も会話のない時間が過ぎたところで、グランデレ王が口を開く。


「なぁ、乙姫よ」


私は返事をせず、視線だけを父に向けた。


「なぜ生き物はいると思う?」


「神が作ったからではないのですか?その意図は私には図りかねますが、この世界に生き物がいることに意味は与えられていると思います」

この父は今から何を話そうというのか。父の考えている事を汲みかねながら私はそのまま黙り込んだ。


「一生の終わりには平等に死が待っている。不完全だとは思わんか?神が作ったのなら、そして生きることに意味があるのなら、そのままずっと生きているようにすればよいではないのか?生き物は…なぜ死ぬように神によって作られたのだ?」

(不完全か…)

私はその言葉を心の中で反芻する。父の言わんとする事を汲み取ろうとわずかに視線を動かして父王の横顔を盗み見る。

いつものような活力がなく、元気がないように見える。今日の父はどこかおかしい。終始上の空だ。


「もしも死なない魚がいたとしたら、お前はその魚を食べることが出来るか?皿の上で、切り刻まれても生きている魚だ」

私は痛みに苦しみながら皿にのせられている魚を想像する。


「嫌です」

「そうだろう、それは誰が見ても残酷だからね」

「かわいそうで食べる事など出来ません」

「死んでしまえば残酷ではないのかね?」

「少なくとも目の前で苦しんではいないでしょうから」


屁理屈だな、と自分でも思う。

父が一呼吸おいて話を続ける。


「私は、生きるということは、死ぬことと離して考えるべきではないと思うのだよ。生きていくことに意味があって、神が地上に生き物をお創りになったのなら、それを支えるために他の生き物が死ぬという事にも意味がなければ、犠牲となった生きものが地上に生を受けたことが“無駄”になってしまう。確かにお前の言う通りに野菜や穀物だけ食べていても死なないかもしれない。魚や獣の命も守られるであろう。だが、明らかに人の寿命は短くなるだろう。では、その短くなった時間の中で、私達は何を大切にしながら生きるのだ?生きる事に意味があるはずのその命をわざわざ自分から短くして…。もはや無くさない事が約束された他の生きものの命を共に引き連れて…。あの花瓶の花は誰かが育て、そして切ってここに運んできた。いずれ枯れるだろう。花は切ってよいのか?草は踏みつけても構わんのか?あれは意味のある命ではないのか?お前とて知らぬうちに小さな虫も踏み殺しているかもしれない。だが、その折れた花を、その死んだ虫を糧にする小さな生き物もいる」


私は黙って聞いている。その通りだからだ。


「命にはそれぞれの生き物に神が与えた存在期間があってこそ、意味があるのだ。もちろん病気などはやむを得まいが。ただ、命のありようを人が妨げてはいけない。あるがままにしておくべきだ」

「人もですか?」

「人もだ」


父は続けた。


「生きることは、死ぬことで完成するのかもしれん。それによって神が何を完成させようとしているのか、それは私にもわからんが…」

「お父様は命は消える事で全うするというお考えなのですか?それは命が完結することに必然なのですか?ただ生きているだけでもいいではありませんか。生きることでそこに存在する。それによって喜びを受けるものもそばにいるのではないのですか?」

「喜びを受けるもの?家族や友人ということか?ならば…全くの天涯孤独で生きているものならば命を失くしてもいいということになるが、それは構わないのか?」

「それは…」困る。

「ですが」言葉を続ける。

「生きるということと生きた時間は大きな関わりがあると思うのです。長く生きたいと願う事が多くの生き物に共通の普遍的なものであるなら、その気持ちもまた天からのもの。ならば命を永らえさせるのも神の意志を全うすることになるのではありませんか?」

「長い短いというのは、有限な時間の経過という概念が前提だ。それに…」


わずかに顔を傾けて父が何か言おうとした時、ノックの音がした。

大きなドアが開き、大臣のオスカーが入ってきて二人に会釈すると、そっと父に声をかける。


「王様、少しよろしいですか?」


グランデレはふーっと長い溜息をついて、


「今行く」


とひとこと言うと私の方に目を向けた。


「すまんな」


それだけ言うと父はゆっくりと歩き始め、そのまま部屋を出て行った。

部屋を出る刹那王が振り向くと、背中で閉められていく大きなドアの向こうで、ただうつむく娘の姿が一瞬彼の目に入った。


「王様、研究の為に武器が必要だと科学院から要望が出ているので、予算を少し回してもかまわないでしょうか?」

「武器?何に使うのだ?科学院にはそんなもの必要ないだろう?」

「はぁ、それが…」


そんな会話が私の耳に入った。完全にドアが閉まるとそこから先は聞こえなくなった。

(武器?なぜそんな話が大臣の口から出たのだろうか?)

私は怪訝に思いながら顔を上げて、閉ざされたドアを見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ