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十一、ヒシ①

レオの自転車に引かれる荷車の上で、私はエルとリリーという兄妹の事を考えていた。


(病気の妹さんに栄養のある物を食べさせようとしていたんだ…)


私に兄弟はいない。正確な事を言えばこの世界のどこかに同じ親亀から生まれた兄弟が居るのかも知れないが、確認のしようがない。ガタガタと揺られながら二人の事を思うと、なんとなく羨ましい気持ちになったが、自分のような生き物が兄弟を持ちたいというのはなんとなく我儘なような気がする。もともと、

“一人で生きていかなければならない”宿命だからだ。

だが、今の自分には竜宮城がある。たくさんの仲間がいて、乙姫様のおかげで話せるようにもなった。私は恵まれている。

そしてふと思う。


(乙姫様?)


「あーーー!」


と、ヒシは荷車の上で絶叫した。


忘れていた。自分がここに何をしに来たのか。


自転車をこいでいたレオが振り返る。


「ん?どうした?カメが絶叫して」


「あの、レオさん、このまま村の向こうの森の方に行ってもらえませんか?」


「森って西の森か?なんで?」


横でそれを聞いていたおばさんが話に入ってくる。


「ああ、そうだよ、レオ。カメさんは元々乙姫様を追ってここまで来たんだよ。なんでも姫様が大変らしいよ」


「姫様がどうした?」


「姫様がお城を抜け出したので、後を追ったらどうも姫様のあとをつけている怖い人たちを見つけて…でも、あっちは車だったので見失ったんです」


「なにっ!一大事じゃないか!狙われてんのかな…。向こうは銃とか持ってんのか?」


「分かりません」


「どうする?俺達で探しに行くか?またお城まで知らせに行っていたら、それこそ手遅れになるぞ」


おばさんが困った顔をする。


「ごめんよ、あれから結構時間がたってるんだよ。お城に行っていたら間に合わないね。レオ、姫様を追っかけてくれるかい?」


「レオさん、お願いします!」


「まあ…多分銃を持っていないってことにして、だから死なないってことにするか…」


レオは前を向いて腕まくりをする。


「西の森だな?」


「はい」


その返事を聞くと、ガシャンとペダルを踏み込んで猛烈に自転車をこぎ始めた。


落ちそうになって後ろで叫び声をあげる私とおばさんに前を向いたままレオが叫ぶ。


「助けに行くぞ!」


「はい!」


疾走する自転車は村で止まらずに真っすぐに西の森に向かう。


「森って言っても広いぞ。どの辺で見失ったんだ?」


土地勘のあるおばさんが答える。


「村から西に向かって行くと丘を登るだろ?あれを過ぎたあたりだよ。あそこのカーブでひっくり返って見失っちまったんだよ」


「おばさん、それってもしかして姫様は国境を超えたんじゃないか?あのカーブの先は途中で道がなくなるぞ」


「西に行ったかもしれないね」


「だとしたら自転車は無理だな。おばさん、頼みがある」


「なんだい?」


「このまま国境近くまで行ったら俺を置いておばさんはカメさんを連れて引き返してしてくれ。カメさんはこの事をすぐに竜宮城に知らせてくれ。俺は国境を越えて乙姫様を追う。おばさんは村長に連絡だ」


「一人で大丈夫ですか?」


「ああ。無事に救い出したら、姫様に頼んで、リリーに立派な医者をつけてもらう。姫様も心配だが、俺はリリーの為に行く。まぁ、姫様2:リリー8ってとこだな」


私とおばさんが呆れる。


「ひどいわね」


「ひどくねーよ。こちとら命かけるんだ。本音で行かないとビビっちまうだろ」




自転車はぐんぐんと走り続け、やがて森に入っていく。


「姫様の車ってどんなのだ?」


「なんというか…普通の車です」


「もうカメってホントこういう事知らないのな」


「仕方ないじゃないですか、乗らないんだもん」


ヒシがふくれるが、レオは特に気にしていない。


「森の中をしっかり見てくれ。この辺りは車では国境を越えられない。どこかで乗り捨てているはずだ」


暫く国境横の森のあたりをうろうろするが、なかなか車は見つからない。もう日も暮れようとしている。暗くなってはさすがに探すのは難しい。一旦帰ろうかとなった時、おばさんが自信なさげに小さく声を上げる。


「あれは違うかしらね」


「確か黒っぽかったですよね」


「ただでさえ森の中は暗いのに、こんな時間じゃ余計見えないわよね。でもあれは確かに似てるわね」


おばさんが指差す方向に、黒いセダンが止まっている。近くまで行こうとした時に、レオが小さく声を上げる。


「しっ!誰かいる。伏せろ」


そっと自転車を止めて、荷車の影に隠れて向こうをうかがう。人影が動くのが見える。


「カメさん、あの車か?」


「うーん、たぶんそうだと思いますけど…」


「よく見ろ」


「見てますってば」


「喧嘩すんじゃないよ。あいつらの話し声が聞こえないだろ」




向こうの方から微かに声がする。男が二人話しているのが聞こえる。


「どうだ、何か見つかったか?」


「何もないですね。一般人の証明書が入っていますが、あてになりません」


「ただ、変ですよね」


「何が?」


「証拠がなさすぎるんですよ。それこそ何も落ちていない。普通そんな車ありますか?ちょっと紙切れが落ちていたり、飲み物のカップが残ってたりするものですよ。それがありません」


「確かにな…」


「キーをさしたままですね」


しばらく沈黙が続く。


「一旦このままにしておこう」


「了解しました」


それだけ言うと、二人組の男たちは西との国境に向かって歩いて行った。




「行ったか?」


「そうみたいです」


「見に行ってみるか」


「そうだね」




三人はゆっくりと車に近付く。男たちが戻ってこないか警戒していたが、戻ってくる様子はなかった。


カチャッ… 。


ゆっくりドアを開ける。確かに驚くほど何もない室内だ。


「これじゃわからないな。どうだ、カメさん」


「間違いないです。乙姫様の車です」


「ホントか?」


「はい、間違いないです。乙姫様の匂いがします」


他の二人がクンクンと匂いをかぐ。


「そう言われてみれば、なんかいい匂いだな」


三人は確信を持った。乙姫達はこの車でここまで来て、国境を越えている。


「レオさん!」


「おう、任せろ。おばさん、カメさんを頼む。カメさんはこの事を、急いで竜宮城に知らせてくれ」


「はい、レオさんも気を付けて。それと…」


「なんだ?」


「私、ヒシです。ヒシっていう名前です」


「おお、そうか、ヒシか、いい名前だな。じゃあ頼んだぞ、ヒシ!」


「はい!」




道端に置いてきた自転車まで戻って、遠くにある村を見るとぽつぽつと明かりがつき始めている。


おばさんが自転車にまたがり、じゃあと手を振った時、


「おい、そこで何をしている?」


と声がした。


ハッとして声の方を見ると、さっきの男たちが立っている。戻ってきたのだ。


もう安全だと思っていたレオ達の血の気が引く。レオが叫ぶ。


「逃げろ!早く行け!」


おばさんが猛然と自転車をこぐ。レオは足元にあった石を思い切り投げたが、外れた。


「こいつ!」


男たちがレオを捕まえようと追ってくる。


レオは(きびす)を返して森の中へと逃げる。夜目のきくレオは身軽に木をよけながら逃げる。だが、あまり男達を引き離すと、レオを追うことを諦めて、おばさんたちを追いかけかねない。それはまずい。


(こちらに引き付けなければ…)


逃げながら、なぜあの男たちが車を調べていたのか考える。何かわからないが、彼らは何かを探している。レオはとっさに先程の車の所に行き、ドアを開けると鍵穴からキーを抜いた。


そのキーを高く上げて、暗闇から追って来るはずの男たちに向かって大声で叫ぶ。


「おい、車のキーは俺がもらったぞ」


そう言うと国境に向かって全力で駆けだした。


「いたぞ!」


その声といっしょに、急速に木々をかき分けながら走ってくる気配が迫る。レオはとにかく前だけ見てがむしゃらに走った。足の速さには自信がある。追ってくる音が後ろからするが、とにかく必死に逃げた。息が苦しかったが、荒い息遣いで相手に見つかるのを恐れて、呼吸を整えながら必死に走った。向こうはこういう地形に慣れていないのか、明らかにもたついていた。10分ほど走っては少し止まって辺りの気配を確かめる。そんな事をしながら30分ほど走ると、追ってくる気配は消えていた。


暫くゆっくり走ると、唐突に視界が開けた。レオはいつの間にか国境を越えていたのだ。レオはただの漁師だ。幼いころから大人に混じって舟に乗り、魚を獲って家計を助けた。ゆっくり家族で旅行をするなどむろん経験したことがない。他の国に行く事とは無縁の人生だったのだから、国境を越えたことなど当然なかった。そんなレオでも、隣の国に行くにはそれなりの手続きが必要なことは知っている。正式なルートを通していない不法入国であるという事がレオを緊張させた。恐ろしい事になってきた、と思う。だが、握りこぶしを作って気持ちを奮い立たせる。


(リリーの為だ…乙姫様を見つけて、リリーにちゃんとした治療を受けさせるんだ)

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