第23話:大団円!踊る大神殿(Aパート)
窓辺で脚を抱えたまま、ロゼールはぼんやり中庭を眺めている。
どこを見ているわけでもなく、誰かを待っているわけでもない。
それでも待っているとすれば、あの人だ。
足しげく館に通ってくるエミリアン。
ロゼールの婚約者だ。
公務で多忙を極めるなか、彼は隙間を縫ってロゼールに会いに来てくれた。
そのたび身支度も大変なのだが、それに文句を言うのは贅沢というものだろう。
謹慎中のロゼールとは異なり、王太子は多忙だ。
王都スカーロフが――ルクスアンデルそのものが、立て直しの真っ最中なのだ。
魔神の騒動が明るみに出て、宮廷と大神殿は半壊した。
名立たる重鎮が信仰を失っていたうえ、それを隠して黒幕に従っていたからだ。
破門砲のせいとはいえ、その後の行いは言い逃れができない。
帰還した王女とゼナイド副神官長による粛清の嵐が吹き荒れた。
その多忙さに紛れもせず、ロゼールたちへの尋問も苛烈を極めた。
ロゼールは特に酷かった。
邪神の加護はなくしたが、身体の負担は残ったままだ。
そもそも、不死身でなければ命を落とす、とんでもない加護だ。
身体が言うことを聞かず、指一本を動かすにもいちいち悲鳴を上げた。
もちろん、ゼナイドは容赦しない。
再洗礼も禁じられ、加護も治癒も与えられなかった。
回復には半月を要した。
尋問が終わり、体調が回復して後、ロゼールは正真正銘の引き篭もりになった。
謹慎を自宅に移されてから、三食間食寝放題だ。
しかも、それを責める者がいない。
エミリアンも手土産付きで訪れる。
彼はロゼールが逆風のさなか、たった独り信じてくれた婚約者だ。
たとえその爽やかな眼差しの奥で、白薔薇の君の衣装を重ねているとしても。
贅沢は言えない。
最近は純潔の誓約もおとなしいことだし、いっそのこと――と、さえ思う。
だが、心が重くて動かない。
「君をこんな目にあわせた代理神官を、僕は決して許さない」
エミリアンは会うたび怒りを募らせた。
「今度、ブランシェール卿の尋問に同席させてもらう予定だ」
そう鼻息を荒くする。
「平静でいられるかは、わからないけれどね」
ゼナイドのハルタへの尋問は続いている。
異端を問う聖騎士は苛烈だ。
それがゼナイド師匠であれば――ハルタは。
ロゼールはそこで思考を留めた。
その先を考える勇気がなかった。
「オッス、ロゼール。身体はどうだい?」
リリアーテが扉を開け放った。
「堕落しているな」
部屋を見渡し、クロエが呟いた。
髪も梳かさず菓子を食べ零すロゼールを半眼で見やる。
これでも、枕元の菓子は減りが遅い方だ。
食い意地の張った小さな自分が出てこない。
あれもハルタの影響だろうか。
誓約は身体の内に沈み、声も聞こえず、外に出ようともしない。
「あれは、その、もう平気かい?」
リリアーテがもごもごと言いにくそうに訊ねる。
今でこそ落ち着いたが、当時のロゼールは後遺症に苛まれていた。
うら若き乙女には厄介な衝動だ。
昼夜を問わず、煩悶が治まらなかった。
延々と続く火照りに転げ回り、そのたび痛みに悲鳴を上げた。
もちろん今のロゼールには、過度の食欲も浮ついた身体の火照りもない。
ロゼールも、できればそのときのことはあまり思い出したくなかった。
「平気だが――変な夢を見る」
ロゼールが呟いた。
「いやらしいやつか」
身を乗り出すリリアーテに枕を投げた。
夢の中で悲鳴を聞いた。
聖獣の悲鳴だ。
騎士団の守護獣が、夢の中でロゼールを責め立てるのだ。
どうやらハルタを想うたび、ロゼールは淫夢に苛まれている。
誓約が、辛うじて一線を護っていた。
「最近、兄上は?」
そう言えば、あれ以来姿を見せない。
リリアーテによれば、見違えたらしい。
以前にないほど真剣に、公務に身を賭すようになったという。
こと大神殿復興への取り組みは、女王も一目置くほどだ。
「そっかー。誰かさんのために、真面目にやるようになったかな」
ふと、クロエがリリアーテと目を合わせ、ロゼールに向き直った。
「再誕式の日取りが決まった」
復旧を見た大神殿で、宮廷と神殿の重鎮を迎えた再誕式が執り行われる。
それは国家の清浄化を内外に示すと同時に、国の再起の式典でもあった。
女王とゼナイド副神官長による粛清は、一応の決着を見た。
国が傾くほどの一斉処分だ。
再誕式は、猶予を与えられた者の贖罪だ。
列席者も全て明かされている。
彼らが同情を得るか、誹りを受けるかは、今後の行動に委ねられることになる。
式典に用いられるのは、展示用ではなく、本物の神器だ。
式典は、霊的な意味を持つ。
棄教を強いられた者を一同に集め、神誓の王笏で神の赦しを請う。
神器をもって皆の破門を一斉に解除する。
その場でロゼールの謹慎も解かれる予定だ。
参列の最前には、国王、元大神官サロモン・ジスカール。
その後列に、純潔騎士団総長留保のロゼール・ワルキュリエが並ぶ。
そして、フロルケイン・ハルタ。
再誕式には、ハルタも列席する。
もちろん、邪教の代理神官としてではない。
神殿は邪神を認めることができないからだ。
闇に葬られるはずだったハルタの列席には、俗な事情があるらしい。
一部財界の強い要請だ。
国家の立て直しに入用な時期であり、強大な資産家の協力は欠かせない。
老アルフレッドだ。
かくして、ハルタには異なる罪の口実が設けられている。
ハルタが神誓の王笏で赦しを得られるか――正直ロゼールにもわからない。
「じゃあな、次は大神殿で」
「めかしこんで来い」
二人が去った後、ロゼールはしばし惚けた。
やがて、のそりと起き上がり、壁に目をやる。
黄金の翼は手元に残されたが、その刃はかつての白銀には程遠い。
立ち上がり、衣装室の扉を開け放った。
外に着て行く服がない。
口を尖らせ立ち尽くした。
聖騎士の礼服もあるにはあるが、総長の位はいまだ留保だ。
公の場で袖を通すのは憚られる。
白薔薇の君を辞めて以来、衣装は全て騎士服だった。
エミリアンと会うときでさえそうだ。
ロゼールは独り大仰な息を吐いて、衣装室に踏み込んだ。
再誕式の列席に拒否権はない。
ようやくロゼールも再洗礼を赦される。
律令神への改宗は、望めばその日にも叶うだろう。
邪神とも縁が切れる。
復職すれば、何もかも元通りだ。
宙に浮いたロゼールの信心も、ようやく在るべき場所へ落ち着くに違いない。




