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笑う邪神官  作者: marvin
23/24

第23話:大団円!踊る大神殿(Aパート)

 窓辺で脚を抱えたまま、ロゼールはぼんやり中庭を眺めている。

 どこを見ているわけでもなく、誰かを待っているわけでもない。

 それでも待っているとすれば、あの人だ。

 足しげく館に通ってくるエミリアン。

 ロゼールの婚約者だ。

 公務で多忙を極めるなか、彼は隙間を縫ってロゼールに会いに来てくれた。

 そのたび身支度も大変なのだが、それに文句を言うのは贅沢というものだろう。

 謹慎中のロゼールとは異なり、王太子は多忙だ。

 王都スカーロフが――ルクスアンデルそのものが、立て直しの真っ最中なのだ。


 魔神の騒動が明るみに出て、宮廷と大神殿は半壊した。

 名立たる重鎮が信仰を失っていたうえ、それを隠して黒幕に従っていたからだ。

 破門砲(エクスコミュニケータ)のせいとはいえ、その後の行いは言い逃れができない。

 帰還した王女とゼナイド副神官長による粛清の嵐が吹き荒れた。

 その多忙さに紛れもせず、ロゼールたちへの尋問も苛烈を極めた。

 ロゼールは特に酷かった。

 邪神の加護はなくしたが、身体の負担は残ったままだ。

 そもそも、不死身でなければ命を落とす、とんでもない加護だ。

 身体が言うことを聞かず、指一本を動かすにもいちいち悲鳴を上げた。

 もちろん、ゼナイドは容赦しない。

 再洗礼も禁じられ、加護も治癒も与えられなかった。

 回復には半月を要した。

 尋問が終わり、体調が回復して後、ロゼールは正真正銘の引き篭もりになった。

 謹慎を自宅に移されてから、三食間食寝放題だ。

 しかも、それを責める者がいない。

 エミリアンも手土産付きで訪れる。

 彼はロゼールが逆風のさなか、たった独り信じてくれた婚約者だ。

 たとえその爽やかな眼差しの奥で、白薔薇の君(ホワイトローズ)の衣装を重ねているとしても。

 贅沢は言えない。

 最近は純潔の誓約もおとなしいことだし、いっそのこと――と、さえ思う。

 だが、心が重くて動かない。

「君をこんな目にあわせた代理神官を、僕は決して許さない」

 エミリアンは会うたび怒りを募らせた。

「今度、ブランシェール卿の尋問に同席させてもらう予定だ」

 そう鼻息を荒くする。

「平静でいられるかは、わからないけれどね」

 ゼナイドのハルタへの尋問は続いている。

 異端を問う聖騎士は苛烈だ。

 それがゼナイド師匠であれば――ハルタは。

 ロゼールはそこで思考を留めた。

 その先を考える勇気がなかった。


「オッス、ロゼール。身体はどうだい?」

 リリアーテが扉を開け放った。

「堕落しているな」

 部屋を見渡し、クロエが呟いた。

 髪も梳かさず菓子を食べ零すロゼールを半眼で見やる。

 これでも、枕元の菓子は減りが遅い方だ。

 食い意地の張った小さな自分が出てこない。

 あれもハルタの影響だろうか。

 誓約は身体の内に沈み、声も聞こえず、外に出ようともしない。

「あれは、その、もう平気かい?」

 リリアーテがもごもごと言いにくそうに訊ねる。

 今でこそ落ち着いたが、当時のロゼールは後遺症に苛まれていた。

 うら若き乙女には厄介な衝動だ。

 昼夜を問わず、煩悶が治まらなかった。

 延々と続く火照りに転げ回り、そのたび痛みに悲鳴を上げた。

 もちろん今のロゼールには、過度の食欲も浮ついた身体の火照りもない。

 ロゼールも、できればそのときのことはあまり思い出したくなかった。

「平気だが――変な夢を見る」

 ロゼールが呟いた。

「いやらしいやつか」

 身を乗り出すリリアーテに枕を投げた。

 夢の中で悲鳴を聞いた。

 聖獣の悲鳴だ。

 騎士団の守護獣が、夢の中でロゼールを責め立てるのだ。

 どうやらハルタを想うたび、ロゼールは淫夢に苛まれている。

 誓約が、辛うじて一線を護っていた。

「最近、兄上は?」

 そう言えば、あれ以来姿を見せない。

 リリアーテによれば、見違えたらしい。

 以前にないほど真剣に、公務に身を賭すようになったという。

 こと大神殿復興への取り組みは、女王も一目置くほどだ。

「そっかー。誰かさんのために、真面目にやるようになったかな」

 ふと、クロエがリリアーテと目を合わせ、ロゼールに向き直った。

「再誕式の日取りが決まった」


 復旧を見た大神殿で、宮廷と神殿の重鎮を迎えた再誕式が執り行われる。

 それは国家の清浄化を内外に示すと同時に、国の再起の式典でもあった。

 女王とゼナイド副神官長による粛清は、一応の決着を見た。

 国が傾くほどの一斉処分だ。

 再誕式は、猶予を与えられた者の贖罪だ。

 列席者も全て明かされている。

 彼らが同情を得るか、誹りを受けるかは、今後の行動に委ねられることになる。

 式典に用いられるのは、展示用ではなく、本物の神器だ。

 式典は、霊的な意味を持つ。

 棄教を強いられた者を一同に集め、神誓の王笏(オースセプター)で神の赦しを請う。

 神器をもって皆の破門を一斉に解除する。

 その場でロゼールの謹慎も解かれる予定だ。

 参列の最前には、国王、元大神官サロモン・ジスカール。

 その後列に、純潔騎士団総長留保のロゼール・ワルキュリエが並ぶ。

 そして、フロルケイン・ハルタ。

 再誕式には、ハルタも列席する。

 もちろん、邪教の代理神官としてではない。

 神殿は邪神を認めることができないからだ。

 闇に葬られるはずだったハルタの列席には、俗な事情があるらしい。

 一部財界の強い要請だ。

 国家の立て直しに入用な時期であり、強大な資産家の協力は欠かせない。

 老アルフレッドだ。

 かくして、ハルタには異なる罪の口実が設けられている。

 ハルタが神誓の王笏(オースセプター)で赦しを得られるか――正直ロゼールにもわからない。

「じゃあな、次は大神殿で」

「めかしこんで来い」

 二人が去った後、ロゼールはしばし惚けた。


 やがて、のそりと起き上がり、壁に目をやる。

 黄金の翼(エルドール)は手元に残されたが、その刃はかつての白銀には程遠い。

 立ち上がり、衣装室の扉を開け放った。

 外に着て行く服がない。

 口を尖らせ立ち尽くした。

 聖騎士の礼服もあるにはあるが、総長の位はいまだ留保だ。

 公の場で袖を通すのは憚られる。

 白薔薇の君(ホワイトローズ)を辞めて以来、衣装は全て騎士服だった。

 エミリアンと会うときでさえそうだ。

 ロゼールは独り大仰な息を吐いて、衣装室に踏み込んだ。

 再誕式の列席に拒否権はない。

 ようやくロゼールも再洗礼を赦される。

 律令神(アラサーク)への改宗は、望めばその日にも叶うだろう。

 邪神とも縁が切れる。

 復職すれば、何もかも元通りだ。

 宙に浮いたロゼールの信心も、ようやく在るべき場所へ落ち着くに違いない。

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