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笑う邪神官  作者: marvin
22/24

第22話:激突!魔神大決戦 ~敵は偽物、神は本物~

 刹那、獅子が神官兵の隊列に踊り込んだ。

 間近の者は凍りつき、次の瞬間には我先に逃げ出した。

「すぐに消えるわよ」

 ロゼールを抱いたハルタが二人に囁いた。

 リリアーテが先導して駆け出した。

 クロエが床の黄金の翼(エルドール)を抜いて追う。

 背後で咆哮と銃声が交差した。

 大神官が悲鳴ともつかない声を上げている。

 獅子はまるで戯れる猫のようだった。

 肢を薙ぐたび、玩具の兵隊が宙を飛ぶ。

 リリアーテは柱を縫い、先ほど蹴破った翼廊から外へ抜けようと走る。

 だが、倒れた扉の向こうには、駆け付けた神官兵が犇いていた。

 辺りを見渡し、リリアーテは唸った。

 どよめきに目をやると黒塵が爆ぜ、獅子が消えた。

 甲高い大神官の叱咤の声。

 一拍の後に破裂音が響く。

 掠めた弾が柱を削った。

 実弾だ。

 神罰器(バニッシャー)の詔弾に制約があるとはいえ、神官兵には血なまぐさい兵装だ。

 逡巡を断ち切り、リリアーテは踵を返した。

 外への逃げ場がなく、祭壇に走り込む。

 クロエが気づいてハルタを誘導した。

 ロゼールを抱えたハルタを庇い、クロエがその背後を走る。

 クロエは手招くリリアーテに、ロゼールごとハルタを投げ渡した。

 石碑の裏に二人を押し込む。

「重いわよ、アナタ」

 ハルタがロゼールを床の上に放り出した。

 言いつつ、息を切らせてもいない。

「重くなんかない」

 ロゼールが起き上がってハルタを睨んだ。

「気がついてるぞ、そいつ」

「ふてえ野郎だ」

 クロエとリリアーテがロゼールを責めた。


 頭の上で石碑が散った。

 ぱらぱらと破片が降ってくる。

「祭壇を撃つか、不敬者」

 リリアーテが唸った。

 実弾の銃声が断続的に続く。

 神罰器(バニッシャー)は盾をも貫くが、神の護りでその威力は軽減する。

 祭壇はその最たるものだ。

 だが、大神官が発砲を命じた方が驚きだ。

 弁明の隙を与えないつもりにしても、石碑ごと砕けと捨て鉢になっている。

 当然だ。

 こちらに本物のリリアーテがいる。

 表舞台に出た時点で、大神官は破滅だ。

「ヤバイなこれ」

 リリアーテが石碑の陰に蹲って呟いた。

 降り散る破砕片で真っ白になっている。

 いっそ真っ向勝負を挑もうにも、ロゼールはまだ足腰が立たない。

「ハルタ、何とかしろ」

 ロゼールが袖を引いた。

 クロエとリリアーテが顔を見合わせた。

 ハルタの聖杖は折れている。

 それよりも、こんなロゼールの甘えた声を聞くのが初めてだった。

 吹き出すか赤面するかで表情に迷った。

「あら、何とかしてもいいの?」

 ハルタが飄々と訊ねる。

「――まて、皆殺しは駄目だ」

 逆にロゼールが慌てた。

「それとこっちを巻き込むのも」

「面倒なことばっかり。まあいいわ、死ななければいいのよね」

 そんな簡単に。

 自分で言っておきながらロゼールは困惑する。

「でも、杖が」

「そんなの、おまけよ」

 ハルタは無造作に指を弾いた。

 音が止んだ。

 突然の静寂が耳を打つ。

 混乱して銃を覗き込んだ神官兵が、自分の頭を撃ってひっくり返った。

 大神殿の灯が落ちた。

 いや、抜けた天蓋の向こうは暗闇だ。

 陽が陰るよりも黒々としている。

 唐突に、光芒が石碑を射た。

 誰もいるはずのない聖歌隊席から、大神殿一杯に旋律が響く。

 ――ハルタの幻術だ。

 ハルタが光芒に立ち上がり、両手を掲げる。

 ぽかんと見つめる大神官と神官兵たちに、謡うように声を放った。


     はぁい、どう? 元気かしら?

     しっかり目と目を合わせてちょうだい


 喉を擽るよく通る声だ。

 ロゼールがハルタの服を引いて、石碑の影に引っ張り込んだ。

「長いのはいいから、さっさとやって」

 ハルタが口を尖らせる。

 聖歌隊席に指先を向けてくるくると回し、吐息のように鼻を鳴らした。


     そう、困ったわね

     死んだら困るなんて、じゃあ

     あっちをしばらく使えないほど

     ――そうね、ぺしゃんこ


 神官兵が手にした銃器を取り落とした。

 男女の別なく目を見開き、股間を押さえてのたうち回る。

 精気が転じて物質化し、皆の服の裾から紅白の玉が転がり出た。

 留めようと悶えるも、尽きることなく溢れ出る。

 ハルタの声が大神殿を打った。


     馬鹿は目の前が見えないの

     いつだって先が見えないの

     そう、アソコがちょっと憤る?

     ふふふ

     馬鹿ね、もう手遅れ


 大神官が甲高い嬌声を上げて跪いた。

 辺り一面の誰彼が、大神殿を取り囲む神官兵さえもが、止めどなく転がり出す紅白の玉の上に突っ伏して悶絶した。

 ハルタを照らす一筋が拡がる。

 陽が射した。

 大神殿に音が戻った。

 後に残ったのは、呻きと死屍累々。

 みな虚ろに目を見開き、体中から汁という汁を垂れ流して転がっている。

 そこに人の尊厳はなかった。


「――はい、何とか」

 ハルタが笑って振り返った。

 ロゼールもクロエもリリアーテも、顔を真っ赤にして蹲り、ハルタを睨んだ。

 影響なしとはいかなかったようだ。

 無言で石碑を追い出され、もう、とハルタは口を尖らせた。

「手伝ってあげましょうか?」

 石碑を振り返ると、黄金の翼(エルドール)ががつんと石碑を叩き割って応えた。

 ハルタは所在なくぶらぶらと歩き出した。

 散々に撃たれ石碑は、第三詩篇の痕どころか、全てが削れて真っ白だった。

 ハルタが目を細くする。

 アナタたちの信徒は容赦ないのねと、呆れたように微笑んだ。

 白目を剥いて転がる神官兵の間を、ハルタはふわふわと歩いて回る。

 豪奢な丸い祭服を見つけて歩み寄った。

 大神官が泡を吹いている。

 ハルタは傍にしゃがみ込み、冠を拾って頭に被せた。

「――あら?」

 三人がハルタのところに駆けて来る。

 見目は変わらないが、下は替えている。

 ハルタは大神官に目をやると、皆に向かって小首を傾げた。

「この人、破門されてるわよ?」


 三人は呆然と大神官を見おろした。

「よく見たら神さまがいないんだもの。たぶんロゼールと一緒ね。神器のせいよ」

 ハルタが告げる。

 破門砲(エクスコミュニケータ)だ。

「でも――」

 ロゼールが言葉に詰まる。

 それを使ってロゼールの信仰を奪ったのは、その大神官ではなかったのか。 

「でも、この子を誘うのは気が引けるわね」

 ハルタが大神官を覗き込む。

 身を屈めた向こうにロゼールが目をやる。

 柱の影に誰かいる。

 殺意の焦点がハルタを向いている。

「ハルタ」

 思わず叫んでロゼールはハルタを庇った。

 雷の如き衝撃があった。

 ――これは前にあの暗闇で。

 頽れたロゼールをハルタが抱き留める。

 ロゼールの手にした黄金の翼(エルドール)から、黒色が抜け落ちていく。

 ロゼールの全身に激痛が走った。

 悲鳴を上げてハルタに縋る。

 酷使した身体の反動だ。

 邪神の加護が消えていく。

 ロゼールの声と同時にクロエは走っていた。

 柱の陰に突き出したそれを毟り取る。

 奥にいる男の襟首を掴んで、床に叩きつける。

 その二つを見て目を剥いた。

 片方の手にあるのは箒だ。

 クロエが掴んでいるのは膨らんだ穂先だった。

 もう片方を見おろすと、痩せた老人が床に潰れていた。

 身形からして、大神殿の小間使いだろうか。

 なぜか足元に鵞鳥がいた。

 クロエを見上げ、ぐわーと濁った声で鳴いた。

 クロエは慌てた。

 ハルタを狙った相手を押さえたつもりが、まるで予想外だ。

「放すな、クロエ」

 だが、リリアーテが叫んだ。

 クロエから箒を取り、膨らむ穂先を毟り取る。

 真鍮色の杖頭が現れた。

 破門砲(エクスコミュニケータ)だ。

「おまえ何者だ」

 這いつくばる小間使いにリリアーテが問う。

 老人は鼻を鳴らした。

「見ての通り、神殿の下働きだわ」

 鵞鳥が間の抜けた合の手を入れる。

「だがの、これでも六代転生よ。ずっと、ずーっと、大神殿に勤めておる」

 威厳を出そうと押し潰した声でそう言うも、不意に甲高い声で早口に続けた。

「そこの大神官さまと違って、一度も出世できなかったがのー」

 その目は誰も向いていない。

 人の目を見ない。

 まるで独り言のようだった。

「おまえが大神官を破門したのか」

 リリアーテが呆れて詰った。

「あやつだけではない。国王からも奪った。御歴々も根刮ぎ、神器で破門したわ」

「こいつ――」

 実験室の魔神に大神殿の主と名乗ったのは、大神官ではなかった。

 この小間使いだ。

「再洗礼をすれば済む話だ」

 ハルタに縋りながらロゼールが歩み寄る。

「するものか。今さら洗礼などしたら、地位を追われてしまうじゃろが」

 小間使いの老人は、小馬鹿にしたように吐き捨てた。

 そうするつもりでいたロゼールが口籠る。

「そう脅したら、みな儂に従いおった」

 老人が笑う。

「だから、大神殿の主と――」

「主だとも。伊達に五回も生まれ変わって下働きをしていたわけではない」

 大声を上げる。

「おかげで世界の悪事も知った。地下に飼われた魔神もじゃ。儂だけがその真実を知っておる」

 見ればその手に指輪がある。

 ハルタの聖杖の柄頭に似ている。

「しまった。そいつ、魔神を――」

「さあさ、家鴨ちゃーん」

「それは鵞鳥だ」

 クロエが冷静に突っ込むも、鵞鳥は唐突に小屋ほどの大きさに膨れ上がった。

 羽毛に潰される寸前、クロエとリリアーテが飛び退る。

「駱駝の次は家鴨か」

「鵞鳥だ」

 ロゼールとハルタは鵞鳥の向こうにいる。

「――あ」

 リリアーテの手から破門砲(エクスコミュニケータ)が消えていた。

 クロエに引かれ、危うく嘴を躱した。

 家鴨と異なり、鵞鳥の首は蛇のように長い。

 丸く膨れた羽毛の向こうに、破門砲(エクスコミュニケータ)を抱えて二人に迫る老人の姿が見えた。


「おまえが私から律令神(アラサーク)を奪ったのか」

 ロゼールが叫ぶ。

 全身が激痛に蝕まれ、黄金の翼(エルドール)を握るのがやっとだ。

 威勢はいいが、ハルタに縋っていなければ立つこともできない。

「純潔の聖騎士が落ちたと聞いてな、贄になると思うたのよ」

「贄だと」

「そうよ、無銘の神を降ろす贄よ」

「あー」

 ハルタが呑気に手を打った。

「そういうこと」

 射殺すほどの憎悪を込めて、老人はハルタを睨みつけた。

「儂が神官になるはずだったのに」

 朧気ながらロゼールにも理解が及んだ。

 ――ような気がする。

「まさか、すでに神官がいようとは」

「アタシ、代理神官なのよ?」

 ハルタは困ったように老人に返した。

「単にアナタに資格がなかっただけね」

 激高した老人がハルタの頬に破門砲(エクスコミュニケータ)突きつける。

 我を忘れて間合いに入った老人に、ロゼールは黄金の翼(エルドール)を撥ね上げた。

 今のロゼールには重い鋼の塊だ。

 力を振り絞るも手から抜け落ち、剣は宙を舞った。

 黄金の翼(エルドール)と――老人の指が。

 老人が破門砲(エクスコミュニケータ)を取り落とし、悲鳴を上げて蹲った。

 ハルタはロゼールを抱いたまま一歩踏み出し、指ごと指輪を踏み潰した。


 クロエとリリアーテは苦戦していた。

 剣が羽毛の奥に届かない。

 翼と嘴に翻弄され、躱すのがやっとだ。

 このままではロゼールとハルタに近づけない。

 ――だが、鵞鳥がきょとんと立ち止まった。

 蹲る老人を振り返る。

 不意に二人を無視して、鵞鳥はよたよたと蹲る老人に歩み寄った。

 躊躇なく齧りついた。

 老人は何が起きたかもわからず絶叫した。

 鵞鳥はそのまま空に放り上げるように天を向き、老人を嚥下した。

 くぐもった悲鳴が頸を滑り、途絶えた。

 鵞鳥はぐわーとひと鳴きするや、黒塵になって霧散した。

「――やれやれね」

 漂う黒塵を払いながらハルタが呟いた。

「それだけ転生させられたのなら、アナタの御役目は腐敗の粛清でしょうに」

 クロエとリリアーテが二人に駆け寄る。

「誰も教えてあげないから、拗らせちゃったのね」

「教えるって、誰が?」

 ロゼールが訊ねる。

「もちろん、神さまよ。だって、それが信仰ってものでしょ?」

 ハルタは微笑むと、抱き留めたロゼールの頬に顔を寄せた。

「でも、この子をくれたのは感謝してる。最高の愛し子よ、お礼を言うわね」

 惚けて竦んだロゼールに、クロエとリリアーテは呆れて笑った。

 もう敵はいないかと、辺りを見渡す。

 静まり返った大神殿にあるのは、穴だらけの祭壇と白く削れた原初の石碑だ。

 上は空まで抜けた枠だけの大円蓋。

 床には無数に散らばる硝子片と、無数に散らばる神官兵。

 そして、白目を剥いたサロモン・ジスカール大神官だけだった。

「とりあえず、これで――」

 ハルタに抱かれたロゼールに二人が手を差し出した刹那、大神殿が震えた。

 四方の扉に突入の号令が轟く。

 身廊、翼廊に兵士が雪崩れ込んだ。

 国軍の騎士団だ。

 一面の死屍累々に躊躇したものの、遠巻きに四人を取り囲む。

 さすがに皆も知った顔だった。

「皆一歩たりとも、その場を動くな」

 声がした。

 凛と響くそれに三人が竦み上がる。

 ――まだ温泉で湯治の最中では。

 顔を見合わせ蒼くなる。

 隊列が割れ、掲げた剣の間から女神官が進み出た。

 三十路を目の前にして肌は艶やかだ。

 湯治の効果だろうか。

 舞闘神官衣の女神官は、三人とハルタを睥睨した。

 ゼナイド・ブランシェール純潔騎士団前総長。

 ――ロゼールたちの師匠だ。

 ゼナイドは転がる大神官を平然と踏みつけ、四人に歩み寄った。

 無言でハルタを睨みつける。

「ええと、これは――」

 ロゼールが庇うように上擦った声を上げた。

 ゼナイドは無造作にロゼールを引き剥がし、床の上に放り出した。

 しばしハルタを見つめてから、背後に控えた騎士に命じる。

「断罪の間に連れて行け」

「師匠、ハルタは――」

 振り返ったゼナイドの目に、ロゼールのみならず皆が凍りついた。

「おまえ達に訊くことがある」

 ゼナイドが告げる。

「訊き尽くすまで、死ねると思うな」

 声にならない悲鳴が大神殿にこだました。

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