58/260
五十八告目 天人講 12
数年後、多賀野ゆづは自分の言葉通り高卒認定を取り大学にも合格した。
多賀野宗平はそれを見届けて穏やかに旅立っていった。多賀野ゆづはこれまでの人生を書いた本を出し、それが宣伝となって天人講には希望者が殺到した。そのため新たに寺を借りて人も増やしていった。
天人講の代表者は校長を勤めた経験がある谷口益美に変わっていた。そして大学生になった多賀野ゆづも塾で後輩に勉強を教えるようになる。特に彼女が作る学内テスト対策や模試の予想問題は的中率が高く、長期休暇には請われて合宿を行うほどの盛況振りを見せた。
一方で多賀野ゆづは占いも続けていた。こちらは塾を離れた雨尻英郷が窓口になっていた。
相談者は経営や取引のより具体的な助言を求めるようになり、それが他に漏れるのを嫌った。そのため多賀野ゆづは相談者を「天人講を支えてくださる特別会員」として扱うことにした。そして多賀野ゆづの占いは支援金を払ってでも彼らを満足させるものであった。それを取り次ぐ雨尻英郷の願望も十分満たされていた。
また天人講に入会を希望する子については会員2名の推薦があれば優先的に対応すると多賀野ゆづが約束したこともあって、会員はさらに増えていった。




