47/260
四十七告目 天人講 1
かつて学校教育の衰退した現状を憂いた宇野川照信が作った私塾に才人舎があった。
自身も教育者であった彼に賛同した教職者とその孫子らが中心となり、田舎の廃校を借り受け集団生活を営む中で五常を身につけ心身を鍛えることを目標にした。当初は昭和の詰め込み教育の復活、懐古主義の押し売りと揶揄されたが、子供達が勉強やスポーツ、文芸など成績を上げ才能を開花させていくにつれ批判はなりを潜め評価は高まっていった。
宇野川照信の死後才人舎は解散した。「種を蒔いて役目は終えた」との言葉どおり成人して塾生だった子供らが地方で同様の活動を育てていった。
しかし日之原金剛こと雨尻英郷の作った天人講は名を借りただけの全く別物だった。




