第四十五話:世はこともなく月日は巡る(そして乙女は恋をする)
わたしはディルフィナ嬢を引っ張ってシモーヌ嬢のもとを訪ねた。
ゲオルグさまはこの時間、たしか格技に参加しているはず。貴族には武術や護身術のたしなみも必要というわけで、けっこういろんな競技があるのだ。単位になるのは剣技と格技のみだけど、課外活動としては馬術や弓術もあるし、狐狩りや鷹狩りに繰り出す狩猟部もある。当然ながら、ディルフィナ嬢も剣技は選択していた。
従者であるゲオルグさまの不在を狙ってやってきたと、正直に非礼をおわびして、お部屋にあがり込ませてもらう。お茶は手ぎわよくディルフィナ嬢が淹れてくれた。
「――ヴィカ、わたくしのこと、誤解しはじめていないかしら? わたくしはあなたが思っているほど、寛容で開明的な人間ではないわよ」
お茶のカップを手に、シモーヌ嬢はわたしを涼やかな眼で見すえる。たしかにわたしは図々しくてしつけがなってませんけど、シモーヌ嬢が怒ってないのはわかります。
ちょうどお茶が飲みたいところだったんでしょう? ゲオルグさまが戻ってくるのを待つか、あきらめて自分で淹れるか迷ってましたよね、ノックしたらすぐに出てきたってことは。ディルフィナ嬢のお茶美味しいでしょ? ゲオルグさまが淹れたのと変わらない。
「すみません、ゲオルグさまがいらっしゃらないところで、シモーヌさまだけに聞いていただかなければならないことがあって」
「わたくしにだけ? ゲオルグが聞いてはいけない話だというの?」
シモーヌ嬢は優雅に小首をかしげた。わたしがつついても、ディルフィナ嬢はもじもじとしている。そんな、らしくないディルフィナ嬢の様子にも関わらず、シモーヌ嬢は要領を得ない顔のままだ。わざとなのか、意外とわたし並ににぶいのか。
「ディルフィナさま……わたしの友だちのディーナは、ゲオルグさまのことが好きなんです。いきなり認めてもらおうっていうつもりじゃないですけど、とにかく、シモーヌさまにお話しはするべきだと思って」
「……ゲオルグを? ディルフィナ嬢、あなたが?」
「はい……」
「存外惚れっぽいわね、あなた」
「……すみません」
シモーヌ嬢ばっさりいうなあ。ディルフィナ嬢は下を向いてしまう。仕方ないのでわたしが代わりに発言。
「だめですか?」
「わたくしは問題ないわよ。騎士階級どうし、釣り合いも取れているし。お互い、務めはあるし身分としては学生だし、あまり先走ったことをしてもらうと困ることになるでしょうけれど。ゲオルグに異存がなければ、卒業後に結婚するということで、婚約してもらってもかまわない」
「……それはそれで気が早すぎませんか?」
「わたくしの都合だけではないわ。マルガレーテ嬢からしても、侍従が結婚してしまうなら早めにわかったほうがいいのよ。この学院を卒業すれば、たしかにあらゆることをこなす有能な従者ひとりに頼る必要はなくなります。それでも、ディルフィナ嬢にせよ、ゲオルグにせよ、代わりが務まるような人間はそう簡単には見つからないわ。可能な限り早く、後任を選定して、教育をはじめておかなければ」
これが大貴族の発想なんですね……。ディルフィナ嬢もゲオルグさまも、女主人が王立高等学院に入ったときにそなえて、警護から身の回りのお世話までこなせるよう、幼いころから十年くらいかけてみっちり仕込まれたとは聞いてるけど。
「ゲオルグさまには、将来を誓い合っているかたとか、想いを寄せているかたとか、いらっしゃらないんですか?」
とわたしが訊くと、シモーヌ嬢は肩をすくめた。
「それは、ディルフィナ嬢のほうがわかっているのではないかしら。そんなひまはありえない。……でしょ?」
「私は、睡眠以外すべて、いえ、寝ているあいだも、マルガレーテさまの侍従、護衛として訓練する時間でした。ゲオルグさまも、おそらく、そのような日々を送られていたのではないかと」
うへえ。わたしなんか自分の身だしなみ整えるのすらあやしいのに、主家のお嬢さまのお世話して、寝ていようが異変を感じたらすぐに飛び起きて……たいへんだ。
シモーヌ嬢は薄くほほえんでカップをかたむける。
「そうでしょう? だいじょうぶよ、先約はないから」
「あの、シモーヌさまご自身は、どうなんですか?」
わたしがそういうと、シモーヌ嬢は心底不思議そうな顔をした。
「わたくしが? なぜ? ゲオルグはたしかに貴重な人材よ。でもそれ以外になにがあるかしら」
「シモーヌさまにとってはなんでもなくても、ゲオルグさまからすればどうなのか、って。そういう意味です」
「あなたの発想は良心的で、人間的ね、ヴィカ。けれど、わたくしは個人の感情に動かされたりしないわ。定められた相手がやってきたとき、嫌わないようにしようと心がけている程度よ。仮にゲオルグの胸中になんらかの気持ちがあったとしても、それはしまったままでおいたほうが、だれにとっても傷つかない結果になる。少なくともディルフィナ嬢は、ゲオルグにとっても願ってもない女性だわ」
シモーヌ嬢は、自分の結婚はゾーゲンヴェクト家の継承と発展にプラスでなければ意味がない、個人的好き嫌いや恋愛感情の入り込む余地などゼロである、と揺るぎのない態度だった。もしゲオルグさまにシモーヌ嬢への道ならぬ恋心があろうと、絶対叶わないんだから関係ない、というわけだ。
大貴族さまとしては模範解答なんでしょうけど。
「お話変わりますけど、以前にシモーヌさまとご相談した、ユフード殿下やダグラス王子がわたしに好意を持っているかどうか調べる方法って、なにか見つかりました?」
「……ええ、精霊の力を借りれば検知できそうな方法なら目星がついたけれど。でも、あなたはもう使う必要がないのではなくて?」
ほんとうにまるっきり話が変わったので、シモーヌ嬢は怪訝げな顔になった。ダグラス王子とマルガレーテ嬢の結婚はもう決定的だし、わたしがユフード皇子の求婚に応じるかどうかは、いまのシモーヌ嬢の立場からは、賛成とも反対とも断じがたいところだろう。
もちろん、わたしが知りたいのは、殿がたからわたしへの好意の有無ではありません。
「必要なものがなにか、教えていただけますか――」
+++++
その週の休講日、マルガレーテ嬢の主催でお茶会が開かれた。会場はもちろん「君といと瞥えし泡沫の夢殿」
マルガレーテ嬢と従者であるディルフィナ嬢、そしてダグラス王子がホストがわ。シモーヌ嬢とゲオルグさま、クラウディア嬢とカザリーン嬢とセティ嬢、ユフード殿下とケマルさま、それとダグラス王子のご学友のうち、本日の都合がついたおふたりが招待された。あとわたし。
今回はごくごくスタンダードで、ベーシックなお茶会だった。もちろんいつもの定番が悪かろうはずはないのです。サンドイッチも、プチケーキも、マカロンも、美味しい!
定番メニューを堪能したところで、「余興」であるとクッキーの生地をこねて棒状にしたものが出てきた。あとはナイフで輪切りにして焼けばできあがりの状態ですね。
「みなさま、こちらは切りわけると食べる人によって味が変わる、不思議なクッキーの素ですわ。ぜひお試しください」
そういって、マルガレーテ嬢はまず自らナイフで生地を切りわけてみせる。参加者の人数ぶん、十二個。ダグラス殿下と、ディルフィナ嬢もそれぞれ十二個ずつ。
回ってくる生地を、ひとりずつ切っていき、つごう百四十四個ものクッキーが並ぶ。あとは焼けばいいわけで、ここでサラの出番だ。
ネタばらしをすれば、これはシモーヌ嬢から聞いた情報をマルガレーテ嬢に伝えて、アレンジしてもらった「好感度チェッククッキー」である。人の機微に反応する希少な香草が使われている……そうです。
マルガレーテ嬢によれば「いとベル」には〈課金〉することで好感度を確認する機能があったそうで、
「ゲームではどうやって調べていたのかわからなかったけれど、なるほど、こんな感じでしたのね」
と、しきりに感心していた。
今回は、あくまで余興であり、どなたがどなたへ、どれほど好感を抱いているかを網羅的にチェックするつもりはない。プライバシーですからね。
鉄板にクッキーを並べるのはマルガレーテ嬢が担当、焼きあがったクッキーをひとりぶんずつお皿に入れるのはディルフィナ嬢が担当。これで、だれが切ったクッキーがどれなのかはもうわからない。
……じつは、ゲオルグさまが切ったぶんだけ、サラがちょっと焼き目を入れてくれてるんだけど。
それぞれ十二個のクッキーが乗ったお皿が配られた。参加者のみなさまが切ったクッキーがひとつずつ入ってます。
「さあ、どんなお味がするか、いただいてみましょう」
そういって、マルガレーテ嬢はさっそく一個目を口にする。みなさまも、興味津々、あるいはおずおずと、人によっては、しげしげとなんの変哲もないクッキーの表裏をながめてから、ぱくり。
半分くらいのかたは、怪訝そうな顔になってすぐにふたつ目に手を伸ばした。わたしも、ひとつ目はごくごく優しい甘さのクッキーだったので、もう一個。
……あ、こっちはさっぱり、なんとなく柑橘の風味だ。
「味がしない……粉っぽいんですけど」
「苦っ!? 焦げてないこれ……?」
「甘さが違うな」
「石けんみたいな味がするんだけど……どういうこと」
みなさまは、食べるたびに味が違うクッキーにおどろいて、さまざまな声をあげている。
わたしのクッキーは、甘さに差があるけどおおむね美味しいものだった。中にふたつ、さわやかな清涼感のものがあった。たぶんこれは、マルガレーテ嬢とダグラス王子のクッキーだろう。わたしに対して、馴れ馴れしくはなく、べたべたともしていない気持ちを向けてくれているのではないかな。
さてわたしのほうは、みなさまに美味しいお味を届けられているかしら?
マルガレーテ嬢のほうをちらと見てみたところ、考え深げな顔をしていた。甘さや苦さではない、単純に好悪の感覚を反映しているわけではなさそうなクッキーの味から、なにを読み取るべきか思慮しているようだ。
やっぱり、すべてが数値に還元されているという「ゲーム」は、現実とは違う、ということなのだろう。
そしてディルフィナ嬢は、ゲオルグさまのクッキーからどんな味を受け取ったのか。少しだけ焼き目がついてる、とは伝えてあるけど。ゲオルグさまのほうは、切実な甘さのものがあったことに気がついただろうか?
いろいろあって長く感じたけど、わたしが王立高等学院にやってきてから、まだ一ヶ月たっていない。やっと、本来の学園生活を送れるようになったともいえるだろう。
これからが、わたしのほんとうの青春のはじまりだ。
おしまい
最後までおつき合いいただきありがとうございました。
だいたい文庫分一冊ぶん、分量としては予定どおりです。
異世界転生者を迎撃するサイドが日常を奪還しておしまい、という構想も初期プロットどおりではあるのですが、主にサラマンダーのせいで予定よりメッタメタな部分に足を突っ込んでしまいました。
ゲーム転生ものを読むたびに頭の中をぐるぐるしていたモノではあるのですが。
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