第四十四話:お話は終わっても(人生がつづけばお腹は減ります)
あたらしいぬいぐるみが完成して、サラを白磁の置物から移す日がやってきた。割れ物だからちょっと心配っていうのはあるけど、見た目はぜったい磁器のままのほうがかっこいいんだけどね。フェリクヴァーヘン家のお屋敷にあった高級品だし。
でも、サラはぬいぐるみに戻りたがった。わたしも、つるつるすべすべないまのサラの手触りが嫌いなわけじゃないけど、やっぱりもこもこで抱きしめられるほうがいいかな。
とくに長々とした呪文やら、魔法陣を描いたりする必要はなく、磁器のサラマンダーから青い霊質が飛び出し、ぬいぐるみにすっと吸い込まれて、おしまい。サラ二号は、一号よりはいくらかマシなできばえになっています。
一番変わったのは、目のガラス玉を青いものにして、ひたいにも青い石をつけたこと。マルガレーテ嬢がせっかく蒼玉をくれたのに、サラときたら「もらったなら食う」って……。悪食コンビは変わりませんでした。
でもね、やっぱり相棒がいつもの姿に戻ったら、うれしい。
「あー、ひさしぶりだなあ」
サラをぎゅっとしてベッドの上でころころ転がる。あたらしい生地のさわり心地は、前以上だった。
しっぽをふりふり、サラもご機嫌そうだ。もしかしたら、これがやりたいのかもしれない。陶器だと固くて動かないもんね。
「やはり、この身体だと落ち着くな。物質界の溶岩は重いし、瀬戸物は窮屈でいかん」
「……なにが違うのかわからないんだけど」
「気分」
気分かあ。サラの感覚はわからない。そもそも火界では物理的な身体がないんだもんね。
わからない、といえば。
「この世界は作られたものではない、ってサラはいったけど、じゃあ地球に『いとベル』があった理由ってなんなの?」
「平行世界論ってのは、決定論者とそれに反対する連中の議論を煙に巻くために作られたようなもんだ。分岐の可能性があるすべての世界が現実に存在するのだから、どんな結果が出たとしてもそれは決定論と矛盾しない、と」
「とんちな気がするけど、まあそこまではいいわ」
「こいつを極端に押し進めれば、一瞬後の電子や素粒子の位置のみならず、もっとマクロな事象の可能的分岐も許容するし、そもそも物理法則の異なる想像上の世界も実在しうる」
「……もうわかんない」
「そう解釈しなけりゃ、地球とこの世界は併存できないんだよ。地球側の優位を認めようが、マルガレーテや聖海が現れた理由の説明にはならない。だったらこっちは、お互いに無数に存在する可能世界のひとつであるにすぎないと主張するに限る」
「主張するだけなんだ」
「これも気分の問題」
「わりとてきとうね」
「自己が直面している事象のみが現実だ。可能性としてはつねにどんなことでも起こりえるが、あまりに確率が低い現象について傾向と対策を考えるのは無駄が多い。おいらたち精霊はわりあいにヒマだから、ありそうにないことについても今後は注意を怠らんさ」
「今後って……? またあるかもしれないの?」
「もうないはずだがな」
聖海さんが舞い戻ってきたり、地球の人がこの世界のどこかにまだいたり、そういうことはありえるのだろうか。「いとベル」の枠で考えれば王立高等学院の中なんだけど、ここは「いとベル」とは似ているだけの無関係の世界だ、という主張からすれば、どこにいてもおかしくないという意味でもある気がする。
地球にだって、べつの世界から流れ着いていた人がいたりするんだろうか。
「……とりあえず、わたしが直面しているのは空腹かな。ご飯食べてくる」
「おう、いってきな」
考えるのに飽きました。むずかしいことはサラにまかせて、わたしは悪食令嬢として生きましょう。
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ランチのメインはカモでした。カモが好きっていうと、味的な意味にはあんまり捉えてもらえませんよね。あー、カモ可愛いよねって返ってきちゃう。
わたしはウサギも、ウズラも(味が)好きです。
今日はふだんより遅くて、食堂はもうガラガラだ。午後のひとコマ目の講義がはじまってるけど、単位を取る予定の科目はなかったので、わたしはのんびりしていた。
ぽけーっとしていたら、食事をすませて人が出て行くいっぽうの扉から、ひとり入ってきた。ディルフィナ嬢だ。マルガレーテ嬢のおつきとしての仕事がひと段落して、これから遅いランチにするのかなと思ったら、入り口から食堂全体を見渡す。わたしがいるのに気がつくなり、まっすぐこちらへ歩いてきた。なにかご用かな。
「エルゼヴィカさま、よろしいでしょうか?」
「なあに、ディーナ?」
性格的なものか、お務めがらか、いまだに堅苦しい第一声のディルフィナ嬢へ、わたしは茶目っ気たっぷりで応じる。わたしたちはお友だちでしょ? もっとラフにいきましょうよ。
「あなたに……個人的にご相談したいことがあって、エル」
「わたしでよければなんでも話して。ディーナのご予定は? わたしは木質工学の講義まで、一時間はあるけど」
「歴史の講義を受けるつもりですので、私も一時間はあります」
「マルガレーテさまのおともは?」
「ただいま主上は、ダグラス殿下と王宮へ参内しております」
「じゃあ、ディーナのお部屋におじゃましても、いいかな?」
「もちろん」
そうそう、わたしはこういう学園生活を送るためにここへやってきたんです。悪役令嬢ににらまれそうになったり、異国の皇子さまから求婚されたり、まして世界そのものを揺るがす異界からの侵入者に対処するためにいるわけじゃないんですって。
まだ問題は一件現在進行中だって? そうなんだけど、やっぱりピンとこないなあ。いっそ、ディルフィナ嬢のこの「相談」が、わたしへの愛の告白だったりしないかしら。
なーんて、不真面目なことを思いながらディルフィナ嬢についていったら、お茶と一緒にブランマンジェが出てきた。お、ゲオルグさまから作りかたを教わった例のブツですね?
悪食令嬢の辞書に遠慮の文字はありません。いただきまーす。
「――んー、美味しい! ゲオルグさまが作ったのと遜色ない。まるっきり同じじゃないところが、すごくいいよ。今度、ディーナが作ったのとゲオルグさまが作ったの、黙って並べてみて。わたし当てられるから」
単にブランマンジェを二倍食べたいだけだろうといわれると、あながち間違ってないけど、わたしは食べ物に関しては率直なことしかいいません。
……なんだけど、ディルフィナ嬢はちょっといつもと様子が違った。マルガレーテ嬢にお召しになってもらう前に、わたしにブランマンジェの試食をしてほしかったとか、そういうことじゃなかったみたい。
「どうしたの、ディーナ?」
「じつは……私……」
「どうぞどうぞ、ちゃんと聞いてるよ」
おや、これはひょっとして、ほんとうに愛の告白でしょうか? わたしは一向問題ないですけどね。
ディルフィナ嬢は、顔を伏せながら、上目遣いでわたしを見る。
「私……お慕いするかたが、できたのです、最近」
「おー。わたし、そういう女の子どうしのお話しをするっていうの、ずっとあこがれあったから、うれしいな。ディーナがわたしを相談相手に選んでくれて」
なーんだ、この口ぶりだと対象はわたしじゃないですねえ。ちょっと残念だと思ってしまうのは業が深いでしょうか?
もじもじとするディルフィナ嬢へ、水を向ける。
「それで、お相手は、どなた? わたしも知ってるかたかな?」
「……ゲオルグさま……です」
――あ。わたしにっぶ。
そりゃそうだ、ディルフィナ嬢いそがしいから、殿がたとの接触ほぼなかったもんね。ゲオルグさまとは、大貴族のご令嬢の従者ってお務めの内容も同じで、なによりここしばらくずっと一緒に行動してたし、主にわたしのせいで。
妥当といえば妥当、安直といえば安直。
でもいいんです、わたしはこういうガールズトークをするためにここにいるんだから!
次回で最終話となります。




