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叡帝興国紀  作者: badman
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本紀43回

 孫灸(そんきゅう)の戦死を自らの不明であると努めて受け止めようとする白涼。だが、次は誰が呉才(ごさい)に当たるのか。やはり白涼が当たるべきなのか。そういった空気の中、姫桃花(きとうか)が自分に任せてほしいと決意の表情で告げる。確かに桃花はこれまでの戦いの中で目覚ましい成長を遂げている。その軍才は、自分をも上回るのかもしれないとすら白涼は思いはじめていた。それでも白涼にとってたった一人の身内となってしまった桃花をこの戦場で最も危険な呉才の相手として向かわせる決断をしかねていた。葛藤。桃花は、「確かに勅命(ちょくめい)による大義の戦である。しかし自分にとっては一族の敵討ち。ここで死力を出さずいつ出すのか、私情より大義を優先すると叔父上は言ったが、私は私情の力によって大義を遂げてみせる」と涙を流しながら蕩々(とうとう)と訴えた。参謀の郭操(かくそう)が、護衛部隊として赤倫教(せきりんきょう)で最も剣の腕が立つ周温(しゅうおん)を付ける、ここで左翼の兵を纏(まと)めるだけの求心力と説得力は桃花を置いて他にないと支持。慕容循(ぼようじゅん)も、白涼には桃花が左翼で耐えている間に、右翼と中央軍で決着を付けるべきであるとの考えを述べた。白涼はしばし黙りこむが、理屈ではそれが正しいと分かっていて、ただ感情がついてきてなかったのだと結論づけ、桃花の意見を汲み上げた。

 桃花が指揮する左翼は呉才相手によく耐えていた。呉才の軍略は、気がついたときには各個撃破を繰り返しているような形に戦場を支配することにある。局地戦で小さな勝利を積み重ね、最終勝利につなげる。そして最後の攻め時は見誤らず一気呵成(いっきかせい)に攻めることが出来る判断力も呉才の能力であった。しかし、この癖を数日の戦闘で把握した桃花は、なんとこの軍略を利用した。各個撃破されたように見せかけて隙を作るが、そこに呉才が嵩(かさ)にかかってきたところに逆撃(ぎゃくげき)を仕掛けたのだ。夜の陣中では兵に混ざって酒を酌み交わしながら騒ぐことで兵の心をつかみ、その若さと容姿を侮られる原因にはせずむしろ持ち上げられる偶像的な立場に自らを演出し、寝る間も惜しんで他の将と何度も議論して徹底的に作戦意識を共有することで、この難易度の高い逆撃を成功させた。耐えるどころか、最初に相手陣を崩してみせたのは、なんとこの左翼であったのだ。

 撤退が遅れた呉才を追撃し、弓の名手である中郎将の李無忌(りむき)が見事呉才の肩を射抜き、さらにその馬も貫いてみせる。呉才の右翼が崩れたのを見た金明の中央が動揺するところを、白涼は見逃さなかった。長孫覇(ちょうそんは)の部隊を戦闘に、自ら槍を振るって兵を鼓舞しつつ突進。動揺しているところに強烈な一撃を食らった金明(きんめい)軍の中央戦線は崩壊した。ここに、後の世に奉癸(ほうき)の戦いと呼ばれる決戦は収束に向かっていった。

 

 勝利の喧騒(けんそう)の中、白涼の本陣では捕らえた将の見分が行われていた。総大将の金明には逃げられたものの、幾人もの将が捕虜となっていた。そして、引き出された将の中には、白涼の親友である呉才が、引き出されていた。

「久しいな、呉才」床几(しょうぎ)に腰掛けた白涼が、縛られ、肩の矢傷や落馬の負傷により顔色を青くした呉才に声を掛ける。呉才は視線を下にしたまま、覚悟を決めた声色で「如何様な処分にも従う」とだけ答えた。「呉才。私は、君があの政変で無事であったことを嬉しく思っている。それが今回敵として対峙することになったとしても、だ。武人が命に従ったことに対して、恨みに思うようなことはしない。だから、顔を上げて欲しい」それでも、呉才は俯(うつむ)き押し黙ったままだった。「家族を守らねばならぬものな。だから、降るようなことは出来ない。そうなのだろう。だから私も、降伏しろとは言わない。ただ、ひと目会えて良かった」そして白涼はしばし唇を噛みしめると、再び口を開く。「呉才の首を━━」

 だが、その時呉才の前に飛び込んできたものが居た。彼女は白涼に向かって両手を付き、絶叫した。「将軍!将軍は此度の戦功第一は私だと言われました!その功に報いていだだけるなら、どうか、呉才将軍の命をお助けください!」滂沱の涙を流しながら、桃花が、叫んだ。「将軍、こんなのおかしいです!なんで、なんで今ここで処刑なんていうの!大事な人なんでしょう!なんで、助けられないの!お願い叔父上!この期に及んで、大事な人を、自分で殺さないで!」ぼろぼろと涙を流す桃花を見て、白涼も涙を流し始める。「だが、私は、私は…」そこに慕容循も進み出て、白涼と呉才の間に立つと、頭を下げる。「私も姫(き)中郎将に賛成です。降るか処刑するかの二択ではありますまい。ひとまず捕らえておいて、全てが終わってから処遇を検討すればよろしいかと存じます」穏やかだが、強い意志を秘めた目で白涼を見る慕容循。「だが、敗軍の将としての責任を取らせねば、兵を纏めることなど」と、白涼が言い募る。「ですが閣下」と、もう一人が声を上げる。幕僚として随行している元は州の役人をしていた荀達(じゅんたつ)である。「この戦、たしかに大義は勅命により逆賊を討つ、というものであります。ですが兵は皆、半分は、いえ半分以上閣下と、姫中郎将の敵討ちのための戦であると理解し、まただからこそあなた方のために力を奮っているのです。ここで閣下が私情を優先したところで、責めるものは誰もおりません。犁(らい)国の故事にも、『律正むる、心正むるに如かず』と申します。我々は、閣下のお心が正しいことを知っております。軍律を守ってお心を損なうことは、この軍の意義の半分以上を失うことになります。どうか、ご再考を」

 静まり返った場を動かしたのは、白涼の大きな深呼吸であった。「尤もである。呉才将軍の処分は追って沙汰する。それまで、失礼の無いように取り扱うように」言い終わった白涼の顔には、生気が戻っていた。呉才は無言で兵に連れられてゆく。それを見送った白涼は「ありがとう、荀達。私は人の道を踏み外さなくて済んだようだ」と言い、今度は安心による涙に顔を濡らす桃花に手を貸して立たせ微笑む。「桃花、桃花のおかげで自分の心を殺さずに済んだ。私を救ってくれて、ありがとう」顔を覆って泣きじゃくる桃花の肩を抱き寄せ、白涼は家族の温かさを久しぶりに思い出していた。




 奉癸の戦を経て、白涼軍の進軍を阻むものはほとんどいなかった。むしろ道中の城のほとんどが恭順の意を示し、支援を申し出たほどであった。白涼は兵の支援は最低限にし、糧秣や馬その他物資の支援を受け入れて進軍を続ける。都である威略(いりゃく)が近づいたほどで一度都の軍との会戦があったが、今の白涼軍の前には敵ではなく一蹴。都の陸項巴はこれ以上の野戦は不利と、威略での籠城を選択する。その規模、その堅牢さに置いて中元屈指である威略。ここには数ヶ月を戦える兵糧が十分に貯蓄されている。白涼軍の兵糧が切れたところを打って出る策であった。

 しかし猜疑心に凝り固まってしまった陸項巴の元で、将兵そして官僚たちは不安な日々を過ごしている。そこに白涼はあくまでも皇帝追放を行った逆賊として陸項巴と首謀者のみが標的であること、喧伝することで、城内の士気を低下させる。そして十日ほどで西門の守備兵達がその指揮官を討ち、門を開けてしまう。白涼軍は開いたその門から都へとなだれ込むのだった。

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