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叡帝興国紀  作者: badman
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本紀38回

 野戦で沙州軍を撃破した白涼軍三万。勢いを得て沙州の州都へ向けてさらに進軍していた。沙州の主要な街道は、州の名前の由来となっている沙水という川に沿って伸びている。また、街道沿いにある城も沙水域に点在していて、州都の沙州城へ進軍する外敵を押しとどめるような配置になっている。

 しかし、沙州の軍は紫州を落とさんとするために州の戦力ほとんどを野戦につぎ込み、敗退してしまった。そのため、州都を守るための沙水沿いの城々にほとんど兵力を残していなかった。この城々を、白涼軍は沙州軍から鹵獲した攻城用の長梯子や破城槌などを利用して次々と落としていった。この度の白涼軍の大半は城攻めの経験の少ない赤倫教徒によって編成されているが、街道沿いの城を落としていく中で、その経験を蓄積させていく。皮肉にも落としやすい状態の城が並んでいることで、白涼軍を「城攻め慣れ」させることになってしまったのだった。

 そしてとうとう、白涼軍は沙州城まで辿り着いた。沙州城は西門の外を沙水が流れているために、そちらからは攻めづらい。北から進軍してきた白涼軍は、沙州城の北と東に兵を配置することになった。そしてまずはと降伏を勧告する手紙を送った白涼だが、返事は拒否、であった。確かに城を囲む兵は三万、城にこもる兵も三万と、互角の兵力。城攻めは攻める方が不利のため、倍は必要というのが定石である。沙州側が降伏をしないことは、理にかなっていた。それでも。

「破城槌(はじょうづち)を突進させなさい!」

 桃花の号令に従い。東側の城壁から激しく降り注ぐ矢の雨の間を縫って、破城槌――先端を尖らせた巨大な杭――を、左右三騎づつ計六騎が、破城槌に結ばれた縄を引き勢いをつけて城門に叩きつける。ごぉん、と鈍い音を立てて揺らぐ城門。城壁の下からは、破城槌隊を狙っている弓兵に向けて矢が放たれている。

「弓兵! 間断なく矢を打ち込め!」

 北側の総指揮をとる白涼は、徹底して弓兵による援護を重視する指揮を執っていた。北側には城壁に沿って堀があり、沙水から引いた水が貯められている。城門前の、堀に架けられていた跳ね橋は引き上げられている。城壁の上から降り注ぐ矢の雨を凌ぎ堀を渡るためには、弓兵による援護射撃が必須なのであった。

 堀を渡った兵たちによって城壁に長梯子(ながばしご)がかけられ、次々と兵が城壁の上を目指して登ってゆく。さらに城門に取り付いた部隊が大きな木槌で城門を殴りつけ、城門を破ろうと試みる。城門に取り付いてしまえば、城壁からは死角となっているのだ。破城槌が堀を越えるのは難しいため、こちらはこのような大木槌による城門破壊を狙っていた。

 こうして攻城戦が始まって七日。白涼軍の損耗が徐々に拡大していたが、沙州城も兵の士気が大きく低下していた。それは、先だって野戦で撃破されていたこともあるが、五日目に白涼軍が攻め寄せていなかった南門から出て夜襲を試みたところ、白涼に看破されており、逆に多大な被害を出していたことが大きかった。

 そしてついに。

「中郎将李無忌(りむき)、ただ今二万の兵とともに到着しました」

 弓の名手である美男の中郎将、李無忌が紫州から後詰を連れてきたのだ。

「李無忌、ご苦労だった。一万五千を東に、五千を北に配属させる。李無忌は桃花と交代で指揮に当たってくれ」

「それなんだがね、将軍。俺は弓隊の指揮に専念させてもらって、総指揮はこれまで通り姫校尉に任せる形ではいけませんか」

 李無忌の思わぬ申し出に、白涼は桃花と郭操に視線をやる。

「わたしは構わないけど……いいんですか李中郎将、格下のわたしの指揮下で」

「俺はその辺拘らないからいいよ、別に」

 そんな李無忌に対して白涼はため息をつく。

「やめてくれ、そういう逆転した配置をしては軍規が乱れる」

「そうですよ、李中郎将」

 そして慕容循(ぼようじゅん)も肩を落として李無忌をたしなめた。しかし郭操は。

「いや、面白いかもしれません。こうしてはどうです。名目上総指揮官は李無忌中郎将。副将に姫桃花校尉。実際は李中郎将は弓兵の指揮に集中してもらい、総合的な指揮を姫校尉が担当するということで」

 と、折衷案を口にした。

 なるほど、と手を鳴らす桃花、それでいいと頷く李無忌。

「どうしますか将軍」

 慕容循が苦笑いしながら白涼に問う。屁理屈で軍規をごまかす郭操のやり方に困りながらも、実質的には慕容循もその配置がよいと感じてしまったのだ。

「そうだな、ここは郭操の言を容(い)れるか」

 白涼はそう言うと、新しく加わった部隊の配置の指示にかかるのであった。




 翌日、東側では。弓兵隊の指示を飛ばしていた李無忌が、自らの剛弓を構えて兵を叱咤する。

「いつも言ってるだろ! 闇雲に撃っても、そんな撃ち方じゃ当たらねえし、もし当たってもまともな損害は出せないんだよ! ちゃんと狙いをつけて撃て! 見てろ!」

 そう言って李無忌は弓を引き絞ると、

「ほら、城壁の右、二間(にけん)ほどのところにいるあいつ、あれがきっと弓兵の現場指揮官だろ! あれを狙ってだな!」

 ふっ、と気合い一閃、つがえた矢が放たれる。浅めの放物線を描いて飛ぶその矢は、狙い過たずその指揮官の頭を貫いた。両軍からどよめきが上がる。

「こうやるんだよ! 命中するところまで真似できなくていいがな、当てる信念の無い矢なんぞ怖くないと知れ!」

 おおおお、と白涼軍の兵がいきり立つ。一射一殺、次々と城壁の上の兵を射抜いていく李無忌の姿に発奮した弓兵達は渾身の力で弓を引き絞り、矢を放っていく。さらに無傷の一万五千が攻城に加わっていくとなると、もはや沙州城は風前の灯であった。

 そして昼をすこし過ぎた頃。ついに東の城壁の上に梯子から登った部隊が橋頭堡を築くことに成功した。桃花の指揮により一気に戦力を集中させると、みるみる間に城壁の勢力図が書き変わっていく。

 そしてついに。城壁を征圧した白涼軍は、その勢いのまま城門を内側から開ける。破城槌の影響でゆがんだ鉄門扉がぎぎぎときしんだ音を立てて開いてゆくと、城外に待機していた兵が突入を開始した。

 沙州城、落城の時であった。




 沙州城の政庁、その謁見の間では上座に白涼が座り、左右をその幕僚が固める中で沙州知事の崔宗(さいそう)が平伏していた。

「崔知事。私は江北州に逃れられた皇帝陛下への忠節を貫くつもりだ。それに対してあなたは皇太子殿下につき、我等を討とうとした」

「は、はい」

 体を硬くする崔宗。

「だが、今後皇帝陛下への忠義を誓うのであれば、私の監視の元にはなるが、そのまま知事職を務めてもらいたいと考えている」

「そ、それは」

「嫌ということであれば、首を刎ねざるを得ん」

 これを聞いた崔宗は顔を上げると、あわてて言い募る。

「いえ、誓います、誓いますとも! それに白涼将軍がついていて下さるのであれば、心強いことこの上ありません! この崔宗、白涼将軍のために粉骨砕身」

「私のためではない。皇帝陛下のためと心得よ」

「ははーっ!」

 これを冷ややかな目で見下ろしていた桃花が口を開く。

「将軍、これ、信用できません。別の人を知事にするべきです」

「私も同意です、将軍」

「桃花と韓維(かんい)は反対か。他に反対のものはいるかな?」

 すると、楽単と王澄命(おうちょうめい)が手を上げた。白涼は苦笑して肘を肘掛につく。

「分かった、みなの危惧は尤もだと思う。だが、今我々には文官をすぐに登用できるほどの情報は無く、また権限も無い。聞くところによると崔宗殿は利害に聡いらしい。それであれば、こちらが優勢であればその間は信用が出来る。よって、崔宗殿には引き続いて知事をやってもらうこととする」

 崔宗は生きた心地がせず、搾り出すように「決して裏切りません」と口にするのが精一杯であった。

「それから崔知事。ひとつ頼みがあるのだが」

「な、なんでしょうか」

「軍馬の趙丘殿、彼の武勇を我が軍に頂きたい」

「かしこまりました! いかようにもお使い下さい」

「では趙丘殿は中郎将としてわが軍に加わってもらう。慕容循、江北州の皇帝陛下に、このことを上奏しておいてくれ」

「はい、将軍」

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