本紀31回
留守の責任者を命じられた中郎将の孫灸は、白涼が中郎将となったときからの付き合いである。齢は四十を超えたほど、太い眉に棗のようなまなこ、立派な口ひげを蓄えた風貌で威圧感がある、歴戦の勇士であった。目立った戦功はあまりないものの、堅実な指揮は白涼も手本とすべしと常々語っていた。愚直に命令を守るところが他の将軍からも評価されてはいたが、直接の配下として使うには軍規に厳しすぎて融通が利かないと敬遠されていた。
守りに残されている兵のほとんどは、白涼に従って都からやってきた正規軍である。それだけに孫灸も多くを把握していたが、見落としなどがあってはならないと各部曲(部隊)の長を呼んで様子を聞いているところであった。
「おやっさん、邪魔するぜ」
そこへやってきたのは、孫灸と同じ中郎将で、弓の名手として軍内で名を知られた李無忌であった。李無忌はまだ二十八、中郎将としては若手である。彫りの深い顔立ちをした色男で、夜の繁華街では浮名を流している。物怖じしない性格もあり、白涼の直属になった中郎将同士ということで孫灸とは積極的に交流をはかっている。
「何だ?」
短く問いかける孫灸。孫灸との会話に慣れてない者は、口数の多くない孫灸の言葉に威圧されてしまうことがある。事実、李無忌が入ってくる直前まで話していた兵長はその圧力でしどろもどろの応答しか出来ていなかった。しかし李無忌は慣れたもの、気楽な様子で話しかける。
「いやね、おやっさん今回も出番がないだろ? 拗ねてやしないかと思ってさ」
そう言って肩をすくめる李無忌。
「命令に従うだけだ」
「言うと思った。まあ、おやっさんはその愚直さで出世したようなもんだからな」 だけど愚直さゆえに将軍にはなれないんだよな、と李無忌は心の声でつぶやく。
「うちの大将、今回は直属兵をほとんど温存するって言ってるからなあ。指揮を執ったことのない兵を使って、相手より数も少ない。俺は無茶が過ぎると思うんだけど、どう思うよ?」
「白将軍には将軍の考えがあるのだろう」
むすっとした様子を見せる孫灸。だが怒っているわけではない。なので李無忌はもう少し突っ込みを入れた。
「言うと思った。でもよ、俺はおやっさんの意見が聞きたいな」
孫灸は腕組みをすると、眉間にしわを寄せて考える様子を見せる。
「直接戦った兵長らの話を聞く限り、赤倫教団の兵の練度は十分だ。指揮官らが若いのは少し気になるが、白将軍の攻めを耐えた手腕、評価せんわけにはいかんだろうな」
「へえ、じゃあおやっさんは結構赤倫兵を買ってるのかい?」
「かもしれん」
腕組みをしたままひとつ頷く孫灸。
「そうかい、まあおやっさんが心配してないなら俺も気にしないことにするよ。んじゃ、俺は兵の調練にいってくら」
そう言うと李無忌は手をひらひらと振って部屋を辞した。
白涼が根拠地としている紫州の南に隣接する沙州。この州の軍馬(軍事長官)は趙丘という、大柄な男であった。子供のころから長身で力が強かったが、のんびりとした性格の彼は周りの少年たちから独活の大木扱いされていた。しかしある日、火事に遭遇した彼は、家の中に子供が取り残されていると聞くと周囲の制止を振り切って燃える屋敷に飛び込み、子供を救って見せた。この屋敷が実は州の高官のものであり、助けた子供がその高官の一人息子であったことから趙丘の人生が大きく変わった。その高官の引き立てで警備隊の小隊長に任命され、さらにその高官の伝手で武術も習うことになった。すると彼には武術に適正があったようでめきめきと上達していく。腕力と技術を兼ね備えた趙丘は、警備の場面で何度も手柄を立てて出世していき、ついには軍馬まで上り詰めた。軍馬は地域で任命される武官としては最高位であり、中央の官でいえば中郎将に匹敵する位である。
四十になった趙丘は、平常時は相変わらずのんびりとした性格のままであったが、緊急の際の判断まで遅いということはなく、決断力は十分にあった。そのため兵達の信頼も十分得ている。
帝都で発生した変事の後、各地の有力者は先帝につくか後帝につくのか、立場を決める必要に迫られたことは先に述べた。沙州の知事崔宗は、早々と態度を後帝につくと決めたが、そのとき次のような会話があった。
「趙丘、私は皇太子殿下・・・・・・おっと、今は皇帝陛下となられたのだが、陛下につくことにする。君はどう思うかね」
「知事の、思うように。軍人は従うのみであります」
「うむ、君ならそう言ってくれると信じていた。だが、これからが本題だ」
「と、言われますと」
「皇帝陛下に従わぬものを我らの手で討伐すれば、陛下の覚えがめでたくなると思わんか?」
「はあ」
「気の抜けたような返事をするな。率いるのはもちろん君なのだぞ」
「そうでありましょうなあ」
「・・・・・・君は実直なのはいいが話していて面白みがないな。いつも言っていることだが」
「すみません」
「まあいい。何故乱を起こした陛下につく事にしたか、分かるかね」
「はあ・・・・・・知事殿は姫一族を嫌っておいでだったから、でしょうか?」
「それよ。都では姫一族ことごとく処刑されたというではないか。これから姫一族に取り入って出世していた連中が次々と失脚するはず。そこに私が入り込む好機と見た」
「なるほど、そういうことでしたか」
「早速誰が陛下にまつろわぬ不届き者か、調べさせているところだ」
「おお、既に」
「私は知事で終わるつもりはない。だがその先は君の活躍にかかっている。よろしく頼むぞ、趙丘」
「はい」




