本紀29回
紫州知事がはじめは後帝(皇太子であった陸項巴のこと)についたように、紫州の周辺地域の州も、ほとんどが後帝についてた。そのような状況の中で、白涼が紫州を奪取し先帝(皇帝である陸寵のこと)につくことを宣言しているのが現在の状況であった。
これに対して、紫州の南にある州、沙州の知事崔宗は、白涼討伐のために兵を向けた。その数、5万。
白涼軍はもともと都から連れてきていた兵と、紫州が統括していた兵、そして紫天賊の兵を合わせると総数は10万を超える。しかし各方面への警戒や、各都市の守りのために裂かなければいけない兵は多く、迎撃に動かせるのはやはりこちらも5万程度であった。
「ということで、この数を把握しているのだとすれば、沙州知事は相当のやり手ですね」
軍議の席で慕容循が言う。
「偶然じゃないのかい」
長い髭をしごきながら苦笑する長孫覇。横で韓維も首肯する。
「まあ、偶然というか、この辺りの州の規模で考えると5万は妥当ではないでしょうかねえ。それで張謙殿、なにか沙州知事について知っていることはありませんか?」
参考意見を聞くために臨席させていた元紫州知事の張謙に、郭操がたずねる。張謙は緊張からか額の汗をしきりにぬぐいつつ答えた。
「う、うむ、沙州知事の崔宗とは交流はないが、なかなか抜け目ない男だと聞いている。賄賂には甘いが有能であれば取り立てる度量も持っているらしい」
「なるほど。軍を率いているのは誰か分かるか、曹弁」
白涼の問いかけに、偵察兵を束ねる曹弁が返答する。
「はい、知らせによると軍馬(州の軍事長官)、趙丘という者のようです」
「ふむ。趙丘という人物をご存知か、張謙殿?」
「うむ、大男らしくてな、大斧を振るう怪力自慢だと聞いたことがある」
「へえ。それは面白そうじゃないか」
こちらも大きな斬馬刀を使う長孫覇が歯を見せて笑う。怪力には長孫覇も自信を持っている。直接の対決を望んでいるようであった。
「長孫覇殿の隊は突破が仕事なのですから、あまり指揮官同士で一騎打ちなどはやって欲しくないのですけどねえ」
ため息をつく慕容循。
「それに、将を討ち取ることだけなら周温がいる」
今では白涼の幕僚のひとりとなった赤倫教徒の指揮官王澄命が、末席に座る周温に目を向ける。周温の強さは、実際に手合わせをしたことがある白涼と長孫覇はよく知っていた。
「ちっ。まあ、状況によってはやらせてもらうぜ、いいだろ?」
「そうですね、そような状況であれば、そのときはお願いしますよ」
慕容循が苦笑で答える。郭操は隣の孫灸に、長孫殿はいつもああなのですかと尋ねていた。孫灸は頷いた。
「それで叔父上、ここにいる全員で行くの?」
桃花の問いに、場が引き締まる。5万が動けるということではあるが、しかし5万全部で出ると言うことではない。それに、ここにいる幹部全員が出撃するとも限らない。
「今回は赤倫教徒の力を使わせてもらいたい。出陣するのは私、郭操、桃花、長孫覇、王澄命、賈燐、周温、楽単、曹弁。留守は孫灸を司令官として残りの者で守ってもらう」
「分かりました、われらの力存分に発揮いたしましょう」
「ふむ、残念だが今回は留守番か」
気合を入れる王澄命とは対照的に、留守居が決まった韓維は残念そうに首を振る。
「他の州からの侵攻に備えたいからな、兵をいくらか残していく。出陣するのは3万にする、どうだろう慕容循」
「はい、妥当なところかと。副将は桃花殿ですか?」
「ああ。頼むぞ、桃花」
「はい」
一族の処刑という凶報を聞いて以降、元気のない桃花である。一応白涼の話は聞いているようではあるが、この時も元気なく返事をしただけだった。そんな桃花の様子を見て心配そうな表情をする白涼。だが、司令官として不景気な顔を皆に見せるわけには行かないと、表情を引き締めた。
「姫校尉」
軍議が終わり、各自が散っていく中。桃花に声をかけたのは郭操であった。
「郭操殿? なに?」
覇気のない声を出して振り向く桃花。郭操は頬を掻きながら、実はと切り出す。
「聞いたところによりますと、姫校尉は普段もっと闊達な方だとか。元気のないお姿に、皆さん心配しておられるようですよ」
「ん……」
そう言われて桃花の表情がますます暗くなる。
「ああ、すみません、責めているわけではないのです。ただ、少しお手伝いできればと思いましてねえ」
「お手伝い?」
「ええ。きっと、仇を討たれるまで姫校尉の気が晴れることはないのでしょう。ですが、今の状態ではお体のためにもよろしくない。そこでひとつ提案なのですが。一度教主様とお話されてみませんか?」
「教主さん……赤倫教の……あの女の人?」
「ええ」
「どうして、その教主さんとわたしが?」
首をかしげる桃花。
「教主様は悩んでいる方のお話を聞き届けることに長けておられますので、少しは校尉の不安を取り除けるのではないかと思いまして。それに……」
「それに?」
「私の勝手な願いなのですが、年齢の近い校尉と、教主様が、よき友人になれるのではないかと思いまして」
「へえ」
思っても見なかった言葉に、目を見開く桃花。
「……うん、分かった、会ってみる。ありがとう、郭操殿」
「いえ、お易いことです。では、案内します」
「よろしく」
こうして二人連れ立ち、教主の趙麗姫が滞在している政庁の裏手にある屋敷へと足を向けるのであった。




