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叡帝興国紀  作者: badman
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夏候鳳伝

 皇太子の陸項巴(りくこうは)が、皇帝であり父である陸寵(りくちょう)を襲撃したあの夜。皇帝の警護に当たっていた虎賁(しんえいたい)の夏候鳳(かこうほう)は、帝宮(ていぐう)に襲い来る同僚を愕然とした面持ちで迎え撃った。

「貴様ら、何のつもりだ!」

「知れたこと! 皇帝の命をもらいに来たのよ」

「大逆を犯すつもりか! 誰の命だ!」

「貴様が知る必要はない、夏候鳳!」

「うぬら、正気か!」

 虎賁を率いる虎賁中郎将の魯洋展(ろようてん)は、この日当直にあたっている虎賁には、反乱のことを伝えていなかった。それだけではなく、当直の人選をあえて皇帝への忠誠心が高いもの、つまり反乱に加担しないであろう者で固めていたのだった。

「夏候鳳! ここは俺が時間を稼ぐ! お前は皇帝陛下の元へ行け!」

「し、しかし」

「この中ではお前が一番腕がたつ! 陛下を頼む!」

「くっ、分かった。すまぬ!」

 非常事態であるからと、無礼を承知で臆せず皇帝の寝室に踏み込んで皇帝を叩き起こした夏候鳳。そこに、帝宮に残って仕事を行っていた秘書官の宇文経(うぶんけい)と宦官(かんがん)の賀己(がき)がやってきた。二人とも他の者が襲われている隙に逃げ出し、ここまでたどり着いたのだ。

「陛下、陛下、このままここにいては危険でございます。敵兵の薄いところから脱出をいたしましょう!」

 そう賀己が進言し、それを容れた皇帝は自身のみが知る隠し通路から逃げ出したのだ。隠し通路が見つからぬように、火を放ち。

 その後の逃避行は惨めなものであった。いつ追撃の兵が来るか分からない恐怖心から、皇帝は遠くへ逃げろと指示を飛ばす。駅舎にて、宇文岱が懐に僅かに持っていた銭で馬車を手に入れると、御者となった夏候鳳は皇帝の意に諾々と従い、一路南へ向かって馬を飛ばした。

 一晩たって少し落ち着きを取り戻した皇帝は、南東にある州、江北州へ向かうように指示した。江北州は帝国第二の大河、緑江(りょくこう)沿いにある大きな州であり、商業と漁業で栄えている。州都は絢爛豪華、人口も多く人々は着飾る豊かな土地である。皇帝は何度も江北州へ巡遊するほどに気に入っている州であった。

「江北州知事の馬月陽(ばげつよう)は皇太后の一族、きっと朕の力になってくれるはずじゃ」

 その言葉を信じ、江北州へと馬を向ける夏候鳳。はたして、皇帝を迎え入れた馬月陽は、温かく皇帝を迎え入れ、全土へ向けて皇帝の無事を知らせる早馬を出したのだった。

 

 

 巡遊の際に使うために建てさせていた館を根拠地とした皇帝だが、実の子に命を狙われたと言う衝撃と、乗り心地の悪い馬車旅の疲れで、すっかり老け込んでしまった。少し調子が悪いと、一日中寝台から降りないこともあるような状態だ。

「陛下はすっかり気力をなくされておるなあ、夏候鳳」

「はい、宇文経様。皇帝陛下の心中、お察し申し上げます」

 寝室に繋がる通路の前で不動の番をする夏候鳳に、疲れた顔の宇文経が話しかけた。もともと細い宇文経だが、この数日でさらに痩せたように見える。

 皇帝が実際には病床にあるとしても皇帝健在を喧伝せねば、この江北州がいくら豊かで兵の数も多いとはいえ、皇太子についた他の州から攻め込まれてしまうだろう。幸いにして江北州と隣接する江南州、曽州などは早々と皇帝側につくと表明していた。これらの州は、江北州知事の馬月陽が政務に秀でていること、江北州軍馬(州の軍事司令官)の陶引(とういん)が勇猛であることを知っているためであった。

「だが、それではいかんのだ。皇太子殿下が皇帝を名乗った以上、もはや皇帝陛下とは不倶戴天の敵同士。皇帝陛下が臥せっていようとも、お命あるかぎり皇太子殿下に命を狙われるは必定」

「反逆者に殿下などとつける必要はありませんぞ、宇文岱様。陸項巴と呼び捨てにすればよろしい」

「そうよな、つい癖でな」

「それと、休養をしっかり取ってください。お顔の様子が見るに耐えません。あなたが今倒れたら、いったい誰が諸事の差配をとるというのですか、丞相」

 そう、もともとは一秘書官に過ぎなかった宇文経だが、皇帝の周囲に宰相がいないのは問題であると馬月陽の進言があり、今の皇帝陣営で最も政務に詳しい宇文経が筆頭大臣である丞相に任命されていた。ちなみに夏候鳳も親衛隊隊長である虎賁中郎将に任じられたが、本人はまだただの虎賁の一人という意識が抜けていない。そういう意味では五十歩百歩の二人である。

「それよ、その丞相というのがな。私には荷が勝ちすぎているのだ、そもそも。馬月陽殿が丞相になればよかったのだ」

「知事としての方が動きやすいからとおっしゃっていましたな」

「今は、地元の名士などから使える人材を探してくれているようだな。とにかく人手が足りない今は、それは助かるが……」

「私には人事のあたりは分かりかねますが、宇文経様のご様子から人手不足は推測できます」

 逃避行を共にした二人には、文官武官としての違いはあれど、共通の友情のような感情が芽生えていた。少なくとも、宇文経は夏候鳳以外のものに愚痴など言えないであろう。

「軍人は気楽だな。まあ、話せてよかった。私は政務に戻る」

「気楽といわれると反論したくなりますが。それはともかく、お疲れ様です宇文丞相。馬月陽殿には、虎賁にいれられる軍人も欲しいとお伝え下さい」

 ああ、と応えて執務室に戻ってゆく宇文岱を、敬礼で見送る夏候鳳であった。

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