本紀26回
白涼の陣に、一台の白い幌をまとった馬車がやってきていた。赤倫教の教主が乗るその馬車は陣の兵に案内されながら、しずしずと陣中を進んでゆく。
馬車を守るように、3名の男女の騎兵が周囲を警戒しながら同行していた。
一人は赤倫教兵の指揮官。青い鎧兜に身を包み、長刀を構える王澄命。
一人は、王澄命の副官である女騎兵。白い鎧兜を身にまとった方天戟の使い手、賈燐。
そして最後の一人は、黒い軽装の鎧を身に着けた、目付きの鋭い剣士、周温。周温こそ、長孫覇をして殺し屋と言わしめた剣の達人である。
このときまだ白涼は知らないが、この3名は赤倫教団の軍にあって主要な人物というだけでなく、宗教団体赤倫教の幹部でもあった。今回の会談において、大人数の護衛をつけて白涼側を刺激するようなことはしたくないと考えていた教団は、教主の護衛に最も信頼できる、そして最も腕の立つ3人を選んだのだった。
中央の幕舎まで案内され足を止めた馬車から、まず参謀である郭操が降りてくる。それを白涼が出迎える。
「白前将軍、約束通りに教主をお連れしました」
「承知した。では、中に入っていただこう」
「はい、では少々お待ちを」
一度馬車に戻る郭操。やがて、袖頭巾を深々と被り杖を突いた、小柄な人影を伴って降りてきた。その人物は白色で長い袖の長衣を身にまとい、狭い歩幅で幕舎へ入ってくる。
幕舎に集った白涼の幕僚は、姫桃花、慕容循、長孫覇、韓維、孫灸、楽単。
一方の赤倫教は教主のほか郭操、王澄命、賈燐、周温であった。
一同が揃ったことを確認すると、郭操が教主にささやきかける。
「よろしゅうございます、教主様」
「はい」
袖頭巾の奥から聞こえてきた声に、白涼たちは驚きの表情をあらわにする。それは、若い女、いや、少女のものであったからだ。そして、教主が袖頭巾をめくり、その姿をあらわした。
白涼たちが最初に感じたのは、白い、ということであった。
服装が白いだけではない。
髪も。肌も。
透き通るような白さが、そこにあった。
伏していた目を開くと、その瞳だけが雪原に紅を垂らしたかのように紅かった。
白涼とその幕僚達は皆、その少女の透明感に、また神秘的な空気に圧倒され、息を呑んだ。
「お初にお目にかかります、白涼将軍。赤倫教教主、趙麗姫と申します」
清涼な鈴の音のような声。白涼は知らず、その鼓動を早めていた。確かにこの少女は、人を魅了するなにかを持っている。だが、怖れてはならぬと自分に言い聞かせる白涼。
「昌帝國前将軍、白涼です。私との会談をご希望と伺い、この席を用意させていただきました」
聞きたいことは他にもあった白涼だが、それだけを言うのが精一杯というように大きく息をつく。
「はい、白涼将軍。いえ、天白の星に導かれし救世の英雄よ。我々は、あなた様をお待ち申し上げておりました」
目を潤ませた趙麗姫が、両膝を地について頭を垂れる。
「待ってください、教主殿。私はそのように言われる人物ではありません」
あわてて床机から腰を上げかけた白涼だが、横に控える慕容循に制された。教主の傍で周温が殺気を放ち、教主に近寄れば斬るというような視線を周囲に送っている。
「いいえ。いいえ、白涼様。あなた様こそが、世を混乱と破壊で覆いつくさんとする黒冥の徒と戦うべく選ばれたお方なのです」
「世に混乱と破壊をまきちらした赤倫教の教主が、何を言ってるのよ」
そう、桃花が指摘するとおり。十年前に帝國の大半で蜂起したのは、この赤倫教なのだ。
「釈明のしようもございません。当時の教団が全土で流民や賊を統合して、兵を集めていたことは事実です。しかし、蜂起までは計画されていなかったのです」
「計画してなかったから許せと? それはあまりに身勝手な言い分でしょう」
「はい、白涼様。当時、黒冥の徒と戦うための兵を、逆に教団内部に入り込んでいた黒冥の徒に利用され、先代教祖の心ならずも反乱と言う形になってしまったこと、赤倫教の現教主としてお詫び申し上げます」
深々と頭を下げる教主。王澄命、賈燐も、それに続いて深く頭を下げた。
「その、先ほどから出てきている、黒冥の徒というのは何者ですか?」
そこへ、単純な好奇心と言う様子で慕容循が尋ねた。聞いたことが無い、と首をひねる。この疑問には郭操が答えた。
「はい。黒冥の徒とは、世に混乱と怨嗟の声が満ちたときにこそ救いがもたらされるという教えにとりこまれたものたちです。狂信者が多く、またどこに潜んでいるのか分からない恐ろしさがあります」
これに腕を組んでうーん、とうなる慕容循。
「あなた方だけの妄想ではないのですか?」
これに教主が首を振る。
「知らない方々には、そう受け止められるかもしれません。しかし、この度の都の皇太子の反乱、これの裏で糸を引いていたのが黒冥の徒なのです」
がたっ、と床机を蹴倒して桃花が立ち上がる。
「嘘じゃないよね? そんな……本当にそんなやつらがいるのね?!」
目に怒りの炎をともし殺気立つ桃花。その様子を見た教主は、悲しそうに目を伏せる。
「はい、姫桃花様。皇太子の付近に黒冥の徒がいるところまでは私たちも察知したのですが、残念ながら突き止める前に、このようなことになってしまいました……」
「父上達の仇は、皇太子だけじゃない、そいつらも……」
「はい。近いところで言えば、この紫州知事も、黒冥の徒に操られている一人です」「それで、ここで決起したってわけかい」
顎鬚をなでながら長孫覇が口を挟む。
「はい。民衆をその手から救おうと、城を解放しておりました」
「そこに俺たちが来たってことか。ふうん? じゃあ、うちに抵抗したのはなんでだ? 白将軍があんたらのいう救世の英雄っていうなら、何故すぐに降伏してこなかった?」
赤倫教の若き軍指導者、王澄命が一歩前に出てこれに答えた。
「確かに、教主様の見立てでは白将軍は天白に選ばれているのかもしれない。しかし、無条件に従うことは出来ないと我々兵を預かる者が教主様に進言したのだ。我々に打ち破られるような将など、英雄の資格なしとな」
自身に相当の用兵能力があると自負していた王澄命。実際左将軍の金明を打ち破っていた彼は、白涼も打ち破る自身があった。
「それで、私は合格なのかな?」
苦笑して問う白涼に、王澄命は包拳礼で応える。
「はい、私もあなたを英雄と認めます、白将軍」
「叔父上!」
「聞け、桃花。それから皆。私を英雄とする彼らの言い分、すべてを受け入れたわけではない。だが、事実として彼らが降伏してきていること、その戦力を私に預けてくれることはまたとない好機なのだ。英雄となりたいわけではない。しかし国を救うために彼らの力を借りたいと思う。教主殿、それでもよいですか?」
「はい。白涼様のお心のままに」
静かに応じる教主。これにしぶしぶといった様子で桃花と慕容循が応じる。
「父上の仇をとるまでだったら、許してあげる」
「同感です、桃花殿。反乱を起こした過去、そう簡単には認められませんからね」
それに対して、王澄命が悪びれずこたえた。
「あれは我々の前の世代のやったこと。我々はこれより白将軍の配下だ。その言に二言はない。なあ、賈燐」
「ええ。官軍に劣らぬ働きをして見せますわ」
その様子を見た白涼が号令をかける。
「ではまず予定通り紫州を手に入れる。総員、用意にかかれ!」




