本紀25回
帝都奪還の根拠地とすべく、紫州を落とすことに決めた白涼たち。そこへ、いまだ攻略できていない紫天山地の賊から、使者がやってきたとの報が入った。
「また、停戦を希望する話でしょうか」
慕容循がつぶやく。以前にも停戦をもちかけてきた紫天賊であったが、その内容はとても受け入れることが出来るものではなかったため、破談になっていた。
「へっ、追い返してやればいいぜ」
長孫覇が吐き捨てる。しかし、年かさの校尉、樊日が控えめに発言する。樊日は白涼達が陣を離れていたとき、紫州の兵をまとめていた人物である。
「いや、前とは状況が違いますからな。話を聞くだけ聞いたほうがよいのでは?」
「私も、そう思います」
これに曹弁が同意した。
「よし、話を聞くだけは聞こう。使者をこれへ」
白涼が衛兵に命じると、衛兵ははっ、と応えて使者を呼びに幕舎から出て行った。
「内容次第ですが、あまり時間はかけたくないですね」
慕容循はぼそりとつぶやく。これに桃花が同意する。
「そうだよ、邪魔になるようだったらさっさと話を切り上げるべきだよ、叔父上」
「ああ、だがこの前よりはこちらが不利な状況にある。慎重に話を聞く必要がある」
白涼の言葉が終わる頃、幕舎の外から衛兵の声が聞こえる。
「使者殿をお連れしました」
「よし、入れ」
はたして、そこに姿を現したのは以前にも停戦を持ちかける使者としてやってきていた小柄な青年であった。名を、郭操と言う。
「しばらくぶりです、白涼前将軍。郭操にございます」
深々と頭を下げる郭操。白涼は鋭い視線を送りながら用件を促した。
「はい、この度私は、降伏の使者として参りました」
ざわ、と場がざわめく。それもそのはず、紫天賊はまだまだ余裕を残しているはずなのだ。
「何を考えている? 以前と比べてそちらの状況が急変したとでも言うのか?」
白涼が問いかける。それに郭操が答えて、
「いえ、状況が急変したのはむしろあなた方ではないですか?」
「将軍! こいつ、切り捨てようぜ!」
腰の剣に手をかけて立ち上がる長孫覇。韓維も無言で立ち上がり、殺気立った視線を郭操に送る。
「ま、待ってください長孫覇殿、韓維殿、気持ちは分かりますが落ち着いて!」
あわてた慕容循が静止する。二人は
白涼も不信感の篭った目つきで郭操を睨み、問いかける。
「その話、どこまで知っている」
「おそらく、あなた方が知っていることと同等以上には」
「どこから入手した」
「それはもう、密偵を帝都に送っていたからですが」
「何故だ」
「我々の目的が、救国だからです」
「救国だと? 十年前、その国を滅ぼそうとした教団が、救国?」
「あれは世直しの、民のための戦でした。必要な戦だったのです」
話にならんな、とかぶりをふる白涼。
「その話とも関係あるのですが、降伏に際して二つほど条件があります」
「条件か。無理難題を言ってくるつもりか?」
「さあ、どうでしょう。一つ目に関しては少なくとも悪い話ではないでしょう。条件の一つは。我々は国に降伏するのではなく、白涼将軍に降伏する。そのため、我々は白涼将軍の軍属としてもらうこと」
白涼の直属兵として扱え、ということだ。平時ではとても受け入れられる条件ではないのだが、少しでも兵が欲しい現状、白涼たちにとっても悪い条件ではない。
「こちらに都合が良すぎて気味が悪いですね……」
慕容循が警戒した声色でつぶやく。
「もうひとつ。白涼将軍に、我々の教主様と会っていただきたい」
「む」
白涼がうなる。会うだけで降伏してくれるなら、これほど楽なことは無い。しかし。
「その教主とやらに会わせる場所はどこになる?」
韓維が鋭い口調で質問する。
「教主様をあまり人目につかせたくはありませんので、われわれの本拠でお願いしたいのですが」
「それは、叔父……将軍を闇討ちするためじゃないの!?」
怒りをあらわに桃花が怒鳴った。白涼を自陣に呼び込んで闇討ちできれば、こんなに楽なことは無いだろう。
「そうです、降伏したいというのであれば、そちらから出向くのが筋と言うもの」
慕容循の指摘はもっともである。郭操はぽりぽりと頬をかく。
「教主様はお体が弱いので、あまり動かしたくないのですが……こちらの陣にお連れすれば、会って頂けると言うことでしょうか?」
簡単に前言を翻した郭操を怪しみながらも、白涼はそれならばと頷く。
「……私の首に誓って将軍に手出しはさせませんが、それでもこちらへ来ていただくわけには参りませんか?」
「教主はそこまで具合が悪いのか?」
「そのように理解していただければと」
「そういうことであれば」
「駄目です、将軍」
思わず郭操の提案に乗りかけた白涼だが、慕容循がそれを制止する。
「さすがに将軍を敵の本拠へ送ることはできません。譲ってもこちらの陣にきてもらうところまで、です」
困ったようにぽりぽりと後頭部をかく郭操。
「仕方ありませんねえ」
その言葉を聞いて頷く白涼。
「紫天賊を私の配下にする。そちらの教主と、この陣で会う。その二つの条件を飲めば、降伏する。それで本当にいいのか?」
「はい。ただし、降伏するのは教主様に会っていただいた後ということでお願いします」
これに白涼が訝しげな顔をする。
「そこで交渉が決裂するかもしれないと?」
普通、こういう使者がくるということは全権を委任されているはずである。それが、会ってから話が覆るかもしれないとは、常識はずれだと白涼は思ったのだ。
「ええ、まあ……。そこは将軍と教主様次第ですので……。ですが、おそらく大丈夫ではないかと、私は思っていますよ」
最初は歯切れが悪かったが、最後は笑みを見せる郭操。
「では、よろしくお願いします。すぐに教主様をこちらに連れてこられるように、手配いたします」
「なるべく急いでいただけると助かります、郭操殿」
慕容循の言葉に、はい、と頷いて郭操は座を辞した。
「うーん」
郭操が去った後、眉間にしわを寄せて慕容循がうなる。
「どうしたの、慕容循殿?」
それに気付いた桃花が話しかけた。
「いえ、あまりにこちらに都合が良すぎるのがひとつ。それと、彼らの情報収集力が高すぎると感じたのがひとつ、ですね……」
「確かに、私たちと同等の情報があるとまで言ってたな」
慕容循の言葉に韓維が頷く。
「かつて広範囲に勢力を持った赤倫教団とはいえ、今は一地方の山賊程度の集団だろう? それがなんだって帝都の動きをそんなに迅速に集めているんだか」
「すごい、韓維殿が頭を使ってる……」
「どういう意味だ姫桃花」
「いや、あはは」
ごまかし笑いをした桃花は、気持ちを切り替えるように両手で頬を軽く張る。
「でも、うん、韓維殿の言うことはもっともだよね。何をたくらんでるのか知らないけど、叔父上が暗殺とかされないように気をつけなきゃ」
「まあ、そこは俺と韓維に任せとけ。守りきって見せるからよ」
長孫覇が胸を叩く。そして楽単の方を向く。
「それと楽単、お前さん素手格闘が得意って言ってたな。将軍の一番近くに控えるのは、お前さんがいいかもしれんな」
それに白涼も頷く。
「私も素手での格闘戦はあまり得意ではないな。楽単、警護を頼んでよいか?」
「はい! 任せて欲しいであります!」
生真面目に背筋を伸ばして応える楽単。そして白涼は。
「もし賊の降伏が真であれば、背後の心配をしなくて済むだけでなく、戦力も手に入る。まだ信用することは出来ないが、私はこの話に乗ってみたい」
その面持ちは、静かに、しかし決意の色があった。




