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叡帝興国紀  作者: badman
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本紀23回

 紫州に撤退を余儀なくされた白涼軍。一刻も早く帝都へ帰りたかった白涼だが、そこに至るための関、氷麓関(ひれいかん)を越えることが出来なかった。ただでさえ10万の兵は必要と言われる関である。速度を重視して軽装で、攻城兵器を用意していなかった3万の手勢では、とても突破することはかなわない。

 打ちひしがれながら紫州に張ってある陣へと戻る途中、反乱軍として認定されてしまったことが兵の間に広まると、脱走するものが相次いだ。陣へ到着したとき、3万近くいた兵は、その数を1万も減らして約2万にまで落ち込んでしまった。まだ減るでしょう、とは慕容循(ぼようじゅん)の言であった。

 陣に到着して間も無く。帝都より偵察部隊の指揮官、校尉の曹弁が帰還してきた。途中の関所を通ることが出来なかったため、山の中を迂回しての行軍であった。

「報告します、将軍。今回の変事において、ひとつだけよい情報があります」

 陣中中央の幕舎にて、曹弁が白涼軍幹部の前で報告する。

「生死不明であった皇帝陛下は、帝宮の地下通路から帝都を脱出、一部の側近や宦官と共に逃げ延び、今は江北州(こうほくしゅう)に落ち延びられているとこのことです」

 おおっ、と場がざわめいた。それまで弱弱しかった白涼の目に幾分の生気が戻る。江北州は帝国南部を流れる大河、緑江の河口に近い豊かな州で、州知事の馬月陽(ばげつよう)は皇帝陸寵(りくちょう)の側室、馬美人(美人とは側室の階級)の兄である。忠誠心の高い人物として知られていた。

「そうか……よかった、本当によかった……」

 白涼は思わず涙する。人一倍忠誠心に篤い校尉の楽単(がくたん)などは号泣していた。

「ですが、姫皇后のお産みになった皇子、陸無病(りくむびょう)殿下は、皇帝陛下生存が判明するとすぐに、毒を飲まされて殺害されております……」

「まだ幼い無病殿下をか。どこまでも姫一族の血を絶やさねば気が済まぬようだな」

 白涼の悲しみが怒りに変わる。もちろん、陸無病皇子の従姉にあたる桃花も、悲しみを通り越した怒りの様子を見せていた。

「許さない、絶対に許さない!」

 桃花は手を強く握り締め、怒りにぶるぶると震えている。

「各地の動向ですが、はやくも陸項巴(りくこうは)に恭順を誓った州知事や節度使がいるようです。しかし、江北州は皇帝陛下を受け入れてこれに反発。また有力節度使の動きとしては、洪州節度使の拓跋望(たくばつぼう)、適州節度使の范児晴(はんじせい)らが態度を明らかにしておりませんが、おそらく反発するものと思われます。南方の帝弟殿下ですが、渡瑠地(ドルチ)国の攻勢が激しく、身動きが取れない様子です」

「この短期間によく調べてくれた、曹弁。礼を言う」

「いえ。白涼将軍のためなら、この程度苦労にもなりません」

 ありがとう、と白涼が言う。そして、慕容循が口を開いた。

「我々はあくまで偽帝陸項巴に逆賊とされただけであると、大きく触れを出しましょう。真の皇帝陛下は江北州にて無事であると。我々は皇帝陛下のために帝都奪還を目指すと、はっきりと知らせるのです」

「そうだな、その必要があるな」

「もうひとつ。この紫州を我々の本拠としましょう。そのために、紫州州都を落とします」

「ほう? 同士討ちじゃないか、いいのかよ?」

 長孫覇が口を挟む。慕容循はこれに応えて

「紫州知事が皇帝陛下と偽帝と、どちらにつくかまだわかりません。であれば、まず州都を囲み、降伏の勧告。従わないようであれば攻め落とす。それが良いでしょう」

「つまり偽帝に従うそぶりを見せたら斬ってしまえばいいのですな?」

 韓維(かんい)が物騒なことを口にする。彼は帝国への忠義心は薄かったが、白涼への忠義心がこの度の事変で目覚めていた。敵対するものは自分が斬って捨てるとその思いを新たにしていた。

「はい、状況しだいですが。敵対された場合できれば捕らえて獄に繋ぎ、知事の仕事の引継ぎに使いたいところではあります」

「それではまず文を書こう。皇帝陛下か。偽帝か。どちらにつくつもりであるのか」

「叔父上。その書を届ける使者、わたしにやらせてください」

 桃花が立候補した。なにかやっていないと内に怒りを溜め込み、暴走してしまいそうだと桃花は言う。すこしでも働いていたいのであった。

「わかった。くれぐれも短慮を起こさないようにな。楽単(がくたん)、確か徒手格闘の心得があると言ったな」

「はっ、そうであります」

「よし、護衛として桃花についていってやってくれ」

「わかりましたであります!」

 びしっと直立に構えて返答する楽単。頼む、と白涼が頷く。そして、慕容循が場をまとめる。

「まず紫州を抑え、それから兵力を整えて帝都へ向かう。これが大目標です。細かいことは都度軍議を開きますのでそのときに指示を出していくこととなります。よろしくお願いします」

 応、とめいめいが応え、この日の軍議は終了した。



 帝国東部の州、洪州。ここは周辺三州を治める洪州節度使、拓跋望(たくばつぼう)の本拠である。拓跋望の家系はもともとは洪州の北隣にある商業都市、章栄州(しょうえいしゅう)に根を張る豪商であるが、その父が賄賂の力で官職を得ると、さらなる金をばら撒くことでこの広い土地を治める節度使の地位を手に入れた。そして、拓跋望がその後を継ぎ、洪州節度使となっていた。本来であれば世襲など行われない地位なのだが、それが金の力で成ってしまったところに、この昌帝国の腐敗が見て取れる。

「息子よ、わしはいったいどちらにつけばよいと思う?」

 その節度使である拓跋望は、息子拓跋帛(たくばつはく)に、今後の方針を尋ねていた。いや、性格には息子の客分として側近を勤める智謀の士、黄興(こうこう)に尋ねているというのが本当のところだ。

「父上。父上はどちらの皇帝陛下への忠義を尽くされたいのです?」

 あきれたように拓跋望が問う。拓跋望がどこへ向かいたいのか、それも分からない状態では助言のしようも無い。

「わしはわが身が守れればそれでよい。だが、どちらについたほうが得になるかも気になるんじゃ」

「だ、そうですけど先生」

「お父上は素直で大変よろしいですの。わっしの見るところ、積極的に手柄を求めるものほど新帝につく様子ですな。先帝の評判の悪さと、姫一族の要職独占に近い状況を苦々しく思っていたものは多いですからの」

 先生こと黄興が、拓跋望の問いかけに応えて言う。さらに続ける。

「正直わっしはどちらかにつかなければならぬということもないと思いますがの。御身を守りたいのであれば、まず兵を増やし、偵察を増やし、どちらかが有利になったところで有利な側につけば、それで節度使様の身を守るには十分かと思いますがの」

「な、なるほど。ただ、やはり兵は必要か」

「中立を保つために必要ですの。いや、どちらかにつくとしても、兵をあげて参加すべきですから、どちらにしても必要と成りますな」

 そう言うと腰に下げたひょうたんから酒を呷る黄興。身なりは正しくしていても、酒癖はなかなか直らないようだ。

「よ、よし、しばらく様子を見よう。なるべく高く買ってくれるところにつくとしようか」

「一案ですが。父上が一旗あげることもできますが、いかがしますか?」

 さらり、と拓跋帛が言う。混乱に乗じて自分が皇帝を狙う、ということだが。

「いやいや、わしはそこまでの器でもないし、度胸も無い。とにかくわしが父から受け継いだこの三州を守れれば、それでよい」

「かしこまりました、父上」




 帝国西部、高原地帯の遊牧民から国土を守ってきていた適州(てきしゅう)節度使。今の敵襲節度使は范児晴(はんじせい)と言う。でっぷりと太った体ながら怪力無双、騎射も得意とする生粋の武人にして、胸に大きな野望を抱く者であった。

 都の密偵からの、皇太子が皇帝として即位し、しかし前皇帝は生き延びたと言う報を受けてにんまりと笑う。

「くはは、これは我が世の春が来たかも知れんぞ、息子たちよ」

 息子たち。それは5人の実子だけではなく、200人を超える仮子(かし)(親子関係を結んだ子達)も含む。実子と仮子を、仮子と仮子を競わせることで、彼らを鍛え、また、勢力拡大の一助としてきていた。

「これは絶好の機会ですね、父上」

 長子の范億(はんおく)もつられて笑う。父にように太ってはおらず、むしろ細身であったが、ひときわ長身であり、息子たちのなかでもいっそう目立つのが范億であった。

「その通りです父上様。今こそ兵を挙げ、帝国全土を飲み込むとき。なあ、みんな!」

 仮子の中でもひときわ軍才があり、またその美貌もあって范児晴お気に入りの仮子、安乾(あんかん)が煽る。そこら中から、そうだそうだ、と声が上がった。それを見て満足そうに頷く范児晴。范億はちっ、と忌々しそうに安乾をにらみつけた。

「わしはもはや誰の下にもつかぬ! わしこそが天下人となって、この中原を手に入れる!」

「父上こそが覇者となられるのだ! 皆、いまこそその力を示せ!」

 范児晴の次子、范滴(はんてき)がよく通る声で父に続いて声を上げる。高揚感に包まれ大歓声が上がる中、安乾は冷たい目で范児晴を見つめていた。




 天下動乱。こうして長らく平和であった昌帝国が分裂し、様々な思いが交錯する戦国時代に突入したのであった。

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