本紀20回
紫天賊相手に優勢であった官軍が、賊の援兵に押され撤退を行って陣地へ戻った直後。白涼はすぐさま軍議を召集した。
「ことは重大なものとなった」
重々しく口を開く白涼。
「紫天賊の背後には、赤倫教が控えている」
10年前、帝国を揺るがした大反乱、赤倫教徒の乱。その残党が、紫天賊の背後についていたことが判明したのだ。つまり紫天賊がただの野党ではないことを示している。
「それが重大な事態っていうのが、よく分からないよ叔父上」
10年前は8歳だった姫桃花が、その脅威をよく認識せずに尋ねた。
「お嬢、やつらはな、一般の野党どもと違って、死ぬことを恐れないんだ。訓練を受けた正規の兵ですら難しいことを、信仰の力ってやつで簡単にやってのける」
自慢のあごひげをしごきつつ、上半身にいくつもの包帯を痛々しく巻きつけた長孫覇が語る。長孫覇も異民族を集めた部隊、胡騎の一員として10年前の赤倫教徒の乱で戦っていた。
「しかも、だ。今回の敵にはとんでもない手練れがいるときたもんだ」
勇猛をもってならす長孫覇が、敵の剣士に傷だらけにされた。包帯まみれの長孫覇の姿を見れば、その剣士の強さも推測できようというものだ。
「うちだと韓維くらいだろうな、あれの相手をできるのは」
校尉の韓維はもともと中央軍で槍の教練を行っていた槍の名手だ。白涼の軍のなかでこと武術においては間違いなく一番である。
「ふむ、私が相手をするのは構いませんが将軍。そのために控えているとなると、部隊の指示にまでは手が回りませんなあ」
あごに手を当ててそう話す韓維に、慕容循が追従する。
「そこなんですよね。韓維殿が出てくるかどうかも分からない将一人のために、部隊指揮からはずれるということは正直、困ります・・・・・」
慕容循の心配には、白涼が答えた。
「いや、部隊指揮に関してはなんとかなるだろう、三日後に孫灸が戻ってくる予定だ」
中郎将の孫灸は、別働隊として賊に落とされていた多数の城の奪還に向かっていた。賊はあまり兵を置いていなかったため奪還自体は容易であったのだが、なにしろ数が多いこと、治安維持を地元紫州の役人の下に引き継ぐ作業などで時間を取られていた。
「率いていった一万にはほとんど損傷なく合流できるそうだ。兵の補充ができることでひとつ安心できるな」
これで白涼の軍は約五万。紫天賊の七万には劣るが、増援は兵の士気を挙げることになるだろう。
「それでも、兵力自体は賊の方が多いのは問題だな」
「いや、長孫覇殿。賊連中には一般の賊兵と、赤倫教の兵、二種類あるわけでしょー? このうち普通の賊は今までの戦いから見てうちの兵より弱いでしょー? だから、本隊といえる赤倫教兵との戦いを最初は避けて、賊兵だけを叩くようにすればいいと、思うよー」
桃花の言葉に慕容循もうなづく。
「どれくらいの割合で出してくるかは分かりませんが、今までの傾向から、はじめに出てくるのは賊兵です。そこで押して、もし救援に赤倫兵が出てくるようであればその戦線は引く、という形で行けば消耗を抑えつつ賊兵の力を削っていくことができるでしょう」
「そして、赤倫兵が前に布陣したところを突いて決着をつけたい。核となる敵は二万。しかし賊兵五万を、極力こちらの被害を抑えながら撃滅していかなくてはならない。皆、尽力を頼む」
各人が各々の言葉で返事をする。少なくとも指揮官達の意気は高いことに安心する白涼であった。
軍議が行われている中央の幕舎へ、門を守る衛兵があわてた様子で入ってきた。
「どうした、敵の襲撃か?」
問う白涼に、衛兵は首を振る。
「い、いえ。それが、話し合いがしたい、と賊軍から使者が参っております。いかがいたしましょうか」
「斬っちまえ、そんなの」
「ちょ、長孫覇殿、落ち着いてください」
「冗談に決まってんだろ慕容循。で、どうするよ、将軍」
「そう、だな。話だけは聞いてみるか。降伏の申し入れならありがたいけれどね」
「だって。通していいよ」
桃花の言葉に、頭を下げて退出していく衛兵。それを見送って慕容循は口を開く。
「彼らが赤倫教徒と分かった以上、油断はできません。将軍、くれぐれもご注意を」
「ああ、分かっている。何が目的か、しっかり見極めなくては、な」
間も無く、兵士数人に囲まれて使者が姿を現す。どちらかといえば小柄で、飄々とした雰囲気をまとった若者であった。
白涼が中央で床机に腰掛け、その正面に使者が座る。その横に慕容循らが並んで控える形で面談は始まった。
「お目通り叶いまして恐縮です、白涼前将軍。私は紫天隊では参謀のようなことをさせていただいておりまして、名は郭操と申します」
「ふむ、君達は自分たちのことを紫天隊と呼んでいるのか」
「官軍からは紫天賊と呼ばれているようですね」
ピリピリとした雰囲気のなか、言葉を交し合う白涼と郭操。呼び名ひとつとっても争う種になり得ることだった。
「話を持ってきたのはそちらだったな。聞かせてもらおうか」
「休戦の、申し入れをいたしたく」
「休戦だあ? 降伏の間違いじゃねえのか」
「長孫覇、控えよ。失礼した、郭操殿。続きを」
「はい。我々は現状より多くの城は望まず、ただ紫天山地に篭らせていただければ、それでよいのです。よって、現状のままを約束していただけるなら、今後の官の蔵を襲ったり、城を落としたりはしません」
「どう思う、慕容循」
「受けかねる話ですね。なによりこの紫州の城、大半を取り返したとはいえ、山地周辺にいくつか紫天賊に占領されたままになっているものがあります。最低でもそれを返却することが休戦交渉の前段階でしょう」
細い目をますます細くして郭操を睨み付ける慕容循。だが、郭操はそれを気にした風ではなかった。
「我々が有利な段階で休戦交渉を持ちかけていることがお分かりではないようですね、そちらの文官の方は。条件を選ぶ権利は、こちらにあるとお分かりではないですか?」
「てめぇは交渉しに来たのか挑発しに来たのか、どっちだおい?」
郭操の言葉に、怒り心頭というようすで長孫覇が詰め寄る。
「生かして返す必要はないよな、将軍?」
「まあ待て、長孫覇。状況的にこちらが不利なのは、彼の言う通りだ」
「しかし」
「気持ちは分かる。それに、私としてもその条件は認めるわけにはいかない」
そうだそうだ、と列席する皆が口愚に言う。
「では、もっと状況が悪くなってからになさいますか?」
郭操は飄々とした様子でそう言う。だがこの挑発に白涼は乗らない。
「そうかもしれないな。ところで郭操殿と言ったな。ひとつ聞きたい」
「答えられることであれば」
「君達は、ただの野盗の集団ではないな? 赤倫教徒の軍なのだろう?」
「何故そう思われました?」
「十年前に赤倫教の軍と戦ったときに見た顔があった。忘れられない顔が、な」
ああ、と郭操が得心した様子で頷く。
「なにぶん目立ちますからねぇ、彼は」
「うちの兵がずいぶんとやられたよ。この借りは返させてもらう」
「ふむ。こちらの要求を呑むつもりはないと受け取っていいですか?」
「そりゃそうだよ」
ぼそり、と桃花がつぶやく。他の者と同じく不機嫌顔だ。
さて、と郭操は立ち上がる。
「では、次にお会いするときはそちらがもっと厳しい状況になったときにしましょう」
「降伏ならば今この場で受け入れる準備はあるぞ?」
「面白い冗談です。前任の将軍殿と同じような結果になる前に、こちらの要求が受け入れられることを願っていますよ」
軽く笑みを見せて郭操が去ると、幕舎の中は怒りの声で溢れた。
「ふざけやがってあの若造! 将軍はよくあれを生かして帰たな!」
特に血の気の多い長孫覇の怒鳴り声が響く。
「最初から彼には交渉する気がなかったからだよ。目的を伝えて、挑発する。そのために来ていただけだ。乗せられたら負けだ」
「だからって、ただで帰さなくてもいいのに・・・・・・」
桃花も不満顔だ。
ただ、慕容循だけが思案顔だ。
「将軍、将軍は彼が紫天賊でどのような立ち位置にいると思いましたか?」
「そう、だな。若いのにこんな使者に抜擢されたくらいだ、かなり中枢にいると見て間違いないだろう」
「それくらいの事は私でも分かるぞ、将軍」
腕組みをした韓維が言う。
「それ以上ではないか、といいたいのかな? 慕容循殿は」
「ええ、韓維殿。私は、あの郭操という青年、赤倫教団の幹部ではないかと思うのです」
「どういうことですか、慕容循殿」
中郎将の孫灸が聞く。
「そもそも、紫天賊が拡大したのが赤倫教があの山に入り込み、協力をしたからだと私は考えます。そこに参謀として知恵を貸していたのが、あの郭操という青年であると、そう思えたのです」
「はは、なるほど」
「おそらく親の世代が赤倫教徒で、まだ少年だった彼は戦には出ず本拠にいたはず。もし親が教団内で高い立場にあれば、その後を継ぐ形で教団幹部になったとしても、違和感はありません」
「慕容循殿はそこまで考えるのか~」
目を丸くして聞く桃花に。考えるのが仕事ですからと返す慕容循。そして。
「赤倫教徒の幹部ならば、2万という軍を作る為、各地で潜んでいた教徒を引き入れて編成することもできるでしょう。ずっと固まって移動していたとは考えにくい。となれば、もともとこの紫州で合流することにした・・・・・・」
そして紫天賊を援助し、一大反乱軍となさしめた。
「この状況自体が、あの若造の思うとおりっていうのかい、慕容循殿」
韓維の言葉に頷く慕容循。
「可能性のひとつです、あくまでも。ただ、彼を見ていて、そう思わせるだけの雰囲気はありました」
「雰囲気、ねえ。まあ、敵に囲まれてる状況で挑発してきたのはそうかもしれんが」
「慕容循殿の推測が当たりだとした場合、どうされますか将軍」
孫灸の問いに、白涼は難しい顔をしていたが。
「ここで確実に赤倫教団は叩いておかなければ、危険な気がする。だが、殲滅戦となると兵力が不足しているな。一度太尉府に使者を出して、現状の報告と援軍の要請を行おう。曹弁、太尉宛に書状を書くので、一隊を率いて都に走ってくれ」
「はっ!」
「増援が来るまではしばらく持久戦だな。紫州知事の張謙殿にも伝えておいてくれ。できればあと一万、兵を借りたいとも」
と、そこで言葉を切ってしばし考え込む白涼。そして。
「桃花。知事のところには君にいってもらおう」
「は、え? わたし? いいですけど、期待しないでよ叔父上」
「大丈夫ですよ、姫校尉。もともと紫州の規模と税収がまともなら、出せる全軍が四万というのがおそらく嘘。あと四万は確実に確保できるはずです。治安維持を考えても三万いれば十分ですから、今借りている二万に加えて、あと三万借りてきてください」
「慕容循殿~、分かってたなら最初から言ってよ~。なんでそのとき言わなかったのさ」
「それは、二万あれば十分だと思った私の落ち度だ。すまん桃花」
「あっ、いや、叔父上が謝ることではないというか、その・・・・・・い、いって来ます!」
幕舎から逃げ出すようにして出て行く桃花。白涼たちは苦笑で見送る。
そして気を引き締めた白涼が、皆に指示を出す。
「では、こちらもしばらくは守りを固めること、徹底させてくれ。兵の士気の維持も怠らぬように」
『はっ!』
そして持久戦がはじまった。




