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叡帝興国紀  作者: badman
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本紀19回

 10年前のことだ。昌帝国の広い範囲で発生した赤倫教徒(せきりんきょうと)の乱の討伐軍に参加したことが、白涼の初陣であった。このときの階級は騎兵長。100人の騎兵を率いる小隊長にあたる。血気盛んな16歳の当時、ぜひ戦功をあげて見せると意気揚々の従軍だった。このときの上官が、当時の車騎将軍(しゃきしょうぐん)慕容玄(ぼようげん)の子、慕容岱(ぼようたい)東中郎将だ。


 当時から白涼が丞相の位にあった姫淵遺(きえんい)の猶子(ゆうし)ということは知られていたが、それが軍人になったということは驚きをもって迎えられていた。姫一門はほぼ文官であり、軍務につくものは数少なかったのだ。また、数少ない軍人も、後方任務などで直接の戦闘を行われない役割につくことが多かった。それだけに、あまり軍務方面に強い一族とはいえなかった。

 そこにきてこの16の青年、いやまだ少年とも言える白涼の初陣は、宮廷闘争に興味ある方々からも注目される、異例の存在としてはじまった。


 軍人を志したい、そう義父になった姫淵遺に伝えたのは、引き取られたその日のうちであった。賊の凶刃から人を守れる力は、文官ではなく軍人にある、単純にそう考えたからだ。そして姫淵遺は、この白涼が姫一族の弱い部分、つまり軍人に繋がりを強く持つものが少ない点を補う存在になれるかもしれない、と考え、少年白涼の希望を許した。その調練を遊びのように真似をしてしまう孫(姫桃花)の存在までは読めなかったけれども。


 白涼の隊は勇敢で、しかも引きどころを間違えないとして軍内でも早速評判になった。槍さばきも見事、討ち取った賊兵の数は多く、またそれに続く兵も勢いを得て勇敢になる。慕容岱は、徐々に白涼隊を騎兵の切り札的存在として見るようになっていた。そんなある日のことだ。


 その日は、赤倫教徒の陣を落とすことを目的とした作戦であった。赤倫教徒は歩兵が多い。馬を買う余裕がない。馬に乗れるものが少ない。それだけに騎兵の突撃を受けると大きな被害にあってしまうのだ。

 この日の戦闘も、白涼をはじめとする騎馬隊が突撃したところから、赤倫教徒は崩れ始めた。そして陣へ向けての撤退まで追い込むことに予想以上に簡単に成功してしまった。だからこそ、退却する赤倫教徒の間から出てきた騎兵部隊のことに、すぐには気づけなかった。

 勢いに乗った騎馬兵が、新たに出現した騎兵部隊へ、嵩にかかって猛突進する。が。交錯するその一瞬で、その騎兵の首が中を舞った。ざわめき。すかさず次の兵が向かうが、今度は右肩から袈裟斬りにされ、絶命する。

「どうした官軍。それで終わりか」

 その、一瞬で二人を屠った剣士が言う。その姿をあらためて、どよめきが起こる。まだ、少年だったのだ。白涼と同じ程度の年齢だとうかがい知れた。

 子供にあしらわれていることなど認められない、そう言うかのように騎兵部隊がその剣士に襲い掛かる。だが、一振り、二振り。剣士が剣を走らせる毎に、騎兵部隊の数が減っていく。白涼は恐怖を感じながらも、心の冷静な部分で、引くべきだ、と判断した。

「ひけ! 無駄死にを出すな!」

 大声で命じる。しかしこの声が、その剣士に白涼が指揮官であると気がつかせてしまった。

「そこか」

 疾風。無尽の野を行くごとく、邪魔な騎兵を紙切れを切るような勢いで片付け、白涼へ迫る剣士。命の危機を感じながらも、白涼は槍を構えた。

「死ね」

 人から向けられた、これが最初の殺気だったのかもしれない。兵から受けた殺気など、これと比べればここちよいくらいだったと、思い出す度に震えた。

「くそっ!」

 一合目は、突き出した槍を剣士に簡単にいなされた。二合目は、剣士の一閃をどうにか槍の柄で受け止めることができた。だが、これだけですでに汗が噴出してくる。三合目。槍を大きくはじかれた。四合目で振り下ろされる神速の剣を、柄で受け止めれたのはほとんど体が勝手に動いてくれたからだ。

 勢いに負け、白涼はどう、と音を立てて落馬してしまう。槍も、手元にない。あわてて剣を抜く白涼だったが、剣士は周囲を見ると。

「隊長を守れ!」

「みんなで取り囲むぞ!」

 部下の騎兵が、白涼を守ろうと剣士と白涼の間に割って入ったのだ。

「運がよかったな」

 そう言い残し、引き上げた。

 結局その日の戦闘は赤倫教徒を陣に追い払うことには成功したが、敵の騎兵部隊によって追い返された、という結果に終わっていた。だが、その結果よりも。

「まさか、落馬したおかげで助かるとはね……」

 白涼に刻み込まれたのは、恐怖と、その源である剣士の顔。

「二度と、戦いたくないな……」

 そう、思った。思っていたはずなのだが。





 白涼は10年前の恐怖を思い出す。あれと戦ってはいけない。あれは、死神だ……。それが、このようなところで再びまみえるとは。赤倫教徒の兵が、ここにいるとは……。

「引」

 退却命令を出そうとした白涼の肩を叩いた者がいた。それは、突入から戻ってきていた赤の将、長孫覇(ちょうそんは)だ。赤い鎧兜が、返り血でさらに赤く見えるようだ。

「あの物騒なのは俺が抑える。他の戦線を維持して、徐々に退却していってくれ」

「長孫覇」

 長孫覇が猛然と剣士に向かって突進していく。それに続いて赤備えも鬨の声をあげて前進を開始した。やがて剣士が連れてきていた兵との戦闘ガ始まった。

「行くぞオラァ!」

 長大な斬馬刀(ざんばとう)を振るい、勢いのままに叩きつけていく長孫覇。

 それを剣で受けた剣士だが、その重い一撃を受け流すことはできなかったようで、大きく体勢を崩す。さらに追撃する長孫覇の勢いに、剣士は防戦一方のようだ。

 しかし、数合も打ち合うと長孫覇の斬撃に慣れたのか。雷光のように鋭い反撃が剣士から行われるようになり始めた。

 長孫覇の攻撃は凌がれ、剣士の攻撃はさらに速度を上げていく。徐々に長孫覇の鎧が削られ、腕や胴に切り傷が増え始めていく。

 この様子を、長孫覇の強さをよく知る赤備えは信じられないという様子で見ていた。長孫覇がしとめられないだけでなく押されているなど、人間の所業とは思えない。まさに鬼神。

「ちきしょうっ! この俺が押されているだと!?」

 鋭い一撃を放って剣士との間合いを取り、息をつく長孫覇。一方の剣士も、無表情ながらさすがに汗を浮かべ、肩で息をしていた。

「……ふっ、楽しませてくれる」

「へっ、喋れるんじゃねえか。人形じゃなかったようだな」

 徐々に馬を下がらせて距離をとる長孫覇。

「だが時間切れだな、下がらせてもらうぜ」

 周囲を見ると、両軍とも距離をとって撤収をはじめているところだった。

「手前の役目はお味方を無事に下げさすことだろ? こっちもなんでな、まあ、本気で殺し合いならまた機会もあるだろうよ」

「……引くぞ」

 一言だけ言って撤退していく剣士とその兵たち。それを見て長孫覇も赤備えを引き連れて撤退していく。

「隊長が押される相手なんていたんですね」

 部下が馬を並べて話しかける。

「あとちょっとやってたら、殺されてたかもな」

 ぶっきらぼうにこたえる長孫覇。

「まさか……。隊長が?」

「あいつの目がな。あれは軍人の目じゃねえ、ただの人殺しの目だ」

「人殺し、ですか」

「ああ。まあ、だからああいう出番しかないんだろう、指揮官じゃない、ただ殺すだけの行動しか取れない男……危険だな」

「次に会ったらどうしますか、隊長は」

「韓維に任せる」

「は、韓校尉ですか?」

「一対一だと俺よりあいつの方が強いぞ。悔しいが」

「そうだったんですか! 世の中広いもんですね……」


 この日の会戦は紫天賊(してんぞく)に今までより大きな被害を与えることができた。

 しかし、そのために新たなる問題も浮かび上がった。紫天賊の背後にいるのが赤倫教団ということだ。10年前の反乱の火は、まだ消えていなかったのだ。

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