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叡帝興国紀  作者: badman
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本紀18回

 対陣はひと月を越えた。紫天賊がよく粘ったというよりは、白涼が攻めあぐねているという形である。

 紫天賊の篭る山塞へ至る道は、山塞が近付くにつれて徐々に狭くなっていく。道に従って隊列が細くなるところに横からの奇襲を受け被害を出してしまったのが攻め初めの頃だ。予測はしていても防ぎにくい、有効な戦術であった。

 常に横からの奇襲を警戒しながらの進軍は、体力以上に精神力を削った。森の中まで陣形を広げての進軍を試みたこともあるが、森の中に仕掛けられていた落とし穴や頭上から落とされる丸太などの罠が待ち構えていて失敗に終わっていた。

 結局は横からの奇襲を警戒しながらの正面突破を狙わざるを得ず、効果的な打撃を与えることができないでいた。

 また、夜襲を受けたことも一度や二度ではなかった。夜襲への備えは怠っていなかったために大きな被害は出なかったが、やはり夜襲は睡眠の妨げとなる。兵の士気を下げていくのには十分な効果であった。そしてこの日は、夜襲を撃退した数刻後の夜明け前に二度目の夜襲を撃退したところである。夜襲をしのいだ各部署を見て回った慕容循(ぼようじゅん)は、白涼へ様子を報告するために中央の幕舎へ戻る。まだ夜が明けて間もない時間帯だ。

 幕舎では、白涼がひとり、中央の机の上に広げられた地図を穴が開くほど見つめていた。慕容循に気づいた白涼はご苦労と声をかけ、報告を受ける。

「兵の間で鬱憤がたまったことによる苛立ちの声が増えてきております。これは主に紫州兵ではありますが、都から連れてきた兵の不満もそろそろ見過ごせないものとなりそうです、将軍」

 普通であれば訓練を積んだ兵が一ヶ月程度でここまで士気が崩れることはない。それだけに、この状況を引き出している紫天賊の危険性を、慕容循は警戒していた。

「じりじりとこちらを削っては逃げる、の繰り返しだからな。いっそ兵の鬱憤を晴らさせるために、多少の犠牲を覚悟で思い切り突っ込んでみるか」

 少しやけばちな口調の白涼の言葉に、渋い顔をする慕容循。

「将軍も、鬱憤がたまっているようですね」

「む、すまん。そうだな、私が苛ついていては兵が落ち着くはずもない」

 白涼はそう言うと大きく深呼吸をして、気持ちを整えた。

「ですが、案としてはありだと、私も思います。これまでは被害を抑えようとして、かえって長引いて被害を拡大させてしまったとも考えられます」

「そう、だな。それに関しては反省すべきだと、私は思う。だが、賊がそれを狙っているのではないかと思うと、決断が出来ないでいるんだ」

「叔父上、らしくないよ。決めるときは決めないと!」

 そう言いつつ幕舎に入ってきたのは桃花だ。夜襲の際に指揮をとった後に仮眠をしていたが、今起きだしてきたらしい。

「なんだったら、先鋒は任せてもらってもいいし!」

 どん、と右の拳で胸をたたき、自信ありげに笑う桃花。底抜けに明るいその笑顔を見て、白涼は気持ちを固めた。

「よし、そうまでいうなら任せてみるか。明日、総攻撃をかける。先鋒は桃花に任せる」

「やった、頑張ります将軍!」

「かしこまりました」





 翌日、白涼の号令とともに4万の官軍が出陣した。先鋒に姫桃花、第二陣に白涼が長孫覇(ちょうそんは)と共に位置し、第三陣の韓維(かんい)と続く布陣である。

 森に挟まれて細く続く道を、伏兵を警戒しながら進む一行。何度も進軍した道。今では伏兵と遭っても混乱なく対応し、進軍出来るようになっていた。

 細道を抜け、紫天賊が立て篭もる山塞の正面に到着すると。そこには、紫天賊の軍がてぐすねを引いて今かと待ち構えているところであった。紫天賊の首領李蕃(りばん)が、自ら兵を率いて陣を構えていたのだ。

 このような正面からの衝突はいままでにほとんどなかった。そのため桃花の軍に動揺が走る。

「落ち着け! 塞外に出てきた今こそが好機! 全軍、突撃!」

 凛とした声で手に持った槍を賊軍へ向けて号令を下す桃花の声に励まされて、官軍は鬨(とき)の声を上げて突進を開始した。

 官軍の兵たちは、これまでの鬱憤を晴らすかのように遮二無二賊兵へと踊りかかる。細い道から出てきたところ包囲するという、これ以上ない有利な形を得ていた賊軍。しかし、官軍の勢いと、桃花の的確な指示によって徐々にその包囲を押し返し始めた。


 押されていることが信じられないというように、紫天賊首領の李蕃(りばん)は苦々しい表情になっていた。

「ちっ、今日はやけに押してくるじゃねえか」

「そうスね、こんなにがむしゃらなのは初めてかもしれないス」

 半包囲の状態が、ほぼ正面衝突の形になってしまっている。これまで、奇襲や罠を駆使して正面からはぶつからぬようにしてきた。それに焦れた官軍が力押しで来るだろうと、策を提供してきた郭操(かくそう)に言われ、それならば正面から叩き潰してやると勢い込んでみればこのざまである。郭操とは、2万の兵を率いて李蕃に協力している一団の参謀だ。まだ24と若いが、これまで勢力を拡大するにあたって様々な助言を以って役に立っていた。

 李蕃は、これまでの官軍の様子から正面衝突でも十分に勝てると踏んだのだが、それが間違いだったようだ。

「郭操さんが止めなかったから、いけると思ったんスけどねえ」

 李蕃の腹心、王均(おうきん)も困り顔である。

「あの若造、俺たちをわざと消耗させようってんじゃねえだろうな」

「そんなことをしても何にもならないスから、読み違いじゃないかと思うス」

「ふん、しょせんは若造か。くそっ、手前ら気合入れやがれ!」



 半包囲状態ですら押し込んだ。それが五分の陣立てに変わると、官軍が優勢に傾くのは当然といえた。徐々に、しかし確実に紫天賊の前線が下がり始めていく。そして、そこへ。官軍の中央に赤い武装の一団が姿を現す。官軍の、いや、白涼軍の最大の切り札。長孫覇率いる精鋭部隊赤備えである。

 名前のとおり赤備えが突入したところには赤い血飛沫が飛ぶ。さらに官軍は疲れの見えはじめた第一陣と交代するため第二陣が前に出て行く。白涼自らが指揮を執りさらに力を発揮した官軍の前に、ついに賊軍の戦線は崩壊を始めた。

 そして敗走する賊軍を追い、官軍が突き進む。だが。逃げる賊軍の間から新手が現れた。追撃で勢いに乗る官軍は、その新手も飲み込んでしまおうとばかりに突撃を始める。しかし。

 その新手の先頭にいた、剣を構えた一人の騎兵に、官軍の先頭が接触した、その瞬間。

 ばっ、と音がするように。赤い華が舞った。ほんのわずかな時間で4人の兵を斬って捨てたその剣士は、さらに周囲の官軍へと馬首を巡らせる。そしてわずかな時間で、幾人もの兵の命を奪い去った。返り血を浴びたその剣士は、無表情で剣を振って血脂を落とす。そして再び官軍の中に飛び込み、血の華を咲かせるのだった。

 何事かとそちらに顔を向けた白涼の目がかっと見開かれる。そして、震える声でその剣士に向かおうとしていた兵士たちを制止した。

「やめろ、その男に手を出すな! 引け!」

 そばで聞いていた兵長が、白涼に尋ねる。

「将軍、いったいどうされたのです? あの男をご存知なのですか?」

「知っている・・・・・そうだ、あれは・・・・・あの男は! 10年前、赤燐(せきりん)教徒の乱で私の隊を壊滅させた! あの男は、危険すぎる!」

 取り乱す白涼の声が前線に届くまでの間。おびただしい数の兵士たちが地に倒れ伏していた――。


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