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叡帝興国紀  作者: badman
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安乾伝 1回

 昌帝国を西部に進むと、遊牧民族が多数居住している来合(らいごう)高原がある。この高原地帯に住む多数の遊牧民族たちは中原への進出を望むことはなく、しかし中原からの侵攻に対しては一致団結してこれを迎撃してきた歴史を持つ。

 国境、というほどはっきりとした線引きはされていないが、一定の線引きがなされたこの地区に接するのが適州である。適州およびその周辺の州では十年前の赤倫教徒の乱が発生せず、戦乱の火による被害を免れることができた。そのため適州を中心とした五州を治める適州節度使は、他の節度使に比べて大きく力を伸ばすことができた。それが今の適州節度使、范児晴(はん・じせい)である。


 今日も范児晴はそのでっぷりと太った体をのっしと床机(しょうぎ)に乗せ、様々な珍味に舌鼓をうっていた。脂ぎった顔に生える虎髭に食事屑をつけながら、年をとった側近からの報告を受けていた。

「范様、中央から来た商人が、是非節度使閣下に珍品を見ていただきたいと城下に参っております」

 その中で范児晴が気に入った報告はこの商人来訪の知らせであった。范児晴の館には、中央の高官ですら取り揃えることができないような数々の珍品、逸品が飾られている。壺や絵画などの収集が、この醜く太った范児晴の、食事に次ぐ趣味なのだ。

「ほ。それは面白い。すぐに連れてこい。儂は気が長い方だが、あまり待たせるようだと面白いことにはならんと伝えるのも忘れずにな」

 くちゃくちゃと肉を頬張りながら、側近へ命じる范児晴。一礼して去ろうとする側近を、ふと気がついたような表情で呼び止める。

「その商人、誰の伝で呼ぶことができたのだ?」

「はっ、安乾あんかん様でございます」

 この地域は土地の有力者が、将来有望な若者を仮子(かし)という親子関係を結ぶ慣わしがあった。范児晴はなんと800人という多数の若者と仮子の契りを交わし、政務に軍事にと利用していた。安乾というのはこの仮子のうちの一人で、才気煥発な青年である。

「ほ。さすが安乾、いつも期待に違わぬ仕事振りよ。何か褒美を考えてやるか」

「きっとお喜びになられるでしょう」

「皆が安乾ほど優秀であれば、儂も楽ができるのだがな。さあなにをしておる、はよう商人を呼んで来い」

「はっ」

 范児晴は前の代から范家に仕えている側近を、しっしと追い払うようにして商人を迎えにやらせると、再び目の前の豪華な食事にかぶりつくのであった。


 この度都の商人が売り込もうとしてきた商品を范児晴の館の一室に並べ終わった頃、安乾を伴って范児晴が姿を現した。

「これはこれは、范節度使閣下でいらっしゃいますな。わたくし普段は都で商いをしております、王と申します。お見知りおきを」

「ほ。なかなかの品揃えよ。例えばこの絹、刺繍が見事なものよ」

「はい、都の名匠によるものでございます」

 お目が高い、ともみ手をする王。そして。

「一番の逸品は、こちらの帯でございます」

「おお……! 金銀のあしらいだけではなく、玉まで入っておるか!」

 玉、つまり宝石の入った装飾品というのは、よほどの高官か、皇族などでしか身に着けることはほとんど許されていない、それほど貴重なものである。

「ええ。こちらの帯は、節度使様に差し上げるために持って参りました」

「ほ。それはよい心がけじゃ。では他のもの、この部屋にあるもの全て買おうではないか。どうじゃ、安乾」

「は、お義父上様がお気に召されたのでしたら」

「全部とは、さすが范節度使閣下、懐の深さは海よりも深くございますな」

 全て買い取ってもらえるのであれば、玉帯を差し出した分を差し引いても儲けになる。王は腰が折れてしまわんばかりに深々と礼をするのであった。

「儂はこの玉帯も嬉しいが、それよりもこれを儂にと差し出せるほどの商人と出会えたことが嬉しいのじゃ。分かるか、安乾」

「はい」

「今宵は宴じゃ! 安乾、手配はお前に任せる。良い席にせよ」

「かしこまりました、養父上」


 宴席の手配をしていた安乾は、視線を感じて準備が行われている大広間から出てその主を探す。すると、そこにいたのは范児晴の長子、范億(はんおく)であった。父に似た太い体を、壁にもたれかけさせて安乾をねめつけている。

「おお、これは范億殿ではありませんか」

 そう言って安乾は大げさに驚いて見せた。しかしその態度には、范億を見下す様子がありありと表に出ていた。

「ふん、しらじらしい」

 范億はだみ声で安乾を腐す。一般的に仮子が後継者になることは無いため、後継者争いが元での不仲ではない。それでも、凡庸な実子と有能な仮子。感情的には互いに腹に一物抱えることになってしまっていた。

「いやいや、このような雑事におてを煩わせることなく、堂々と構えていてくだされ。将来的には我らの主となられるお方ではありませんか」

 安乾は薄ら笑いを浮かべながら范億を見やった。范億のこめかみには、ぴくぴくと震える血管が浮かんでいる。

「親父に取り入るだけが能の仮子風情が、せいぜいいい気になっていろ」

「范億殿、そのようなことは相手の目の前で言わぬことです。たとえ気に食わぬものでも」

「何を偉そうに! 立場が同等などと思うなよ!」

 だみ声を張り上げる范億に、安乾は涼しい顔を装って言葉を返す。

「ええ。我々仮子は常に義父上の役に立ってこそ認められるもの。努力が必要なのです」

 実子とは違って、とは言葉に出さなくても通じたようだ。ぎり、と范億から歯がきしむ音が聞こえた。

「では、仕事の続きがございますので私はこれで。失礼します」

 広間に戻った安乾は、腹立たしさに拳を力いっぱいに握り締める。

(貧困の中から身を起こした私を拾ってくれた義父上のために、耐えなくては……!あんな能無しでも、我々仮子の『兄』だというのが腹立たしい……!)

 宴席の準備を采配しつつも、その心中は穏やかでない安乾であった。

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