本紀10回
賊徒を討ち果たし、その首領馬銀を捕らえての凱旋となった白涼軍は、まずは住民に歓声を以って迎えられた。各地では災害による不作や、山賊たちの横行が頻発しているが、この帝都に限ってはまだまだ住民の顔は明るく、このように凱旋将軍をみなで出迎えることができるほどの活気があった。
「無事に帰ってこれて、ほっとしています」
白涼の斜め後ろにつきながら、慕容循はため息をつく。実はずっと緊張が解けず、体もガチガチになっていた。長身の白涼をさらに超える背を、しかし猫のように丸めて小さくなっている姿は少々情けない。するとその背中を大きく叩くものがいた。慕容循は痛みに背筋をぴん、とたてて耐える。振り返るとそこには長孫覇が長い髭をしごきながら馬上で笑っていた。
「なにをそんな情け無い背中をしてるんだ? これだけの被害で帰ってこれたのは、お前さんの方針をみんなが守ったからなんだぜ?」
そしてもう一度、さきほどよく強く慕容循の背中を張る。ははは、と笑って長孫覇の馬は後ろに下がっていく。おそらく自らの配下の隊列に戻るのだろう。
「正直、彼が方針に従ってくれたのが大きかったですね」
長孫覇の方を振り返りつつ、慕容循。白涼も頷きながら、沿道の民衆に手を上げて応える。立ち並ぶ大人たちの後ろでは、棒切れを持った子供たちが数人、走りながら白涼たちと併走している。
「確かに、気を使う」
「味方でも怖いですからな、あの部隊は」
馬を寄せてきてそう言ったのは口ひげをはやして凛とした表情の元武術教官の韓維。韓維から見ても、長孫覇の部隊は訓練が行き届き精強であると太鼓判を押せるものだ。
「ですが強い味方は大歓迎です。私も早く残りの二千を精兵として鍛え上げなければ」
にやりと笑う韓維は、この時も次の訓練計画を練っているのだろうか。実際短い期間で兵たちの顔つきが変わり、体力もついている。訓練の割合で言えば半分は重い荷物を担いでの厳しい行軍訓練で、体力づくりが一番という内容だった。逃げ出す兵もわずかにいたが、残ったもの達は確実についていく体力に、訓練をやれば強くなれるのだという実感を持てるようになっていた。
白涼らがいる中軍には、馬銀が乗せられている監車が二頭の馬に引かれていた。手錠、足かせをつけられて満足に動けない馬銀に、都の人々は罵声を浴びせる。しかし馬銀にはそれが空虚な言葉に聞こえた。こいつらは所詮帝都という安全な枠の中で吼えてるに過ぎないのだ、と。思わず笑い声が漏れた。
「おい! 何を笑っている!」
馬に乗る兵が振り向き怒鳴ってくる。
「なあに、自分がやったことを反省してるのさ」
「いまさら遅い。貴様は数日のうちには処刑だ」
「そうかね」
処刑と聞いても顔色ひとつ変えない馬銀を不気味に思ったか、兵士はそれ以上話しかけては来なかった。しかし馬銀は、必ず救いが来る。副官の丁玩、妻の張綾は、俺を見捨てたりはしない…と、確信を持っていた。
助けに来るまで処刑を引き伸ばす。それには多少情報をもらす必要もあるなと計算する馬銀であった。
謁見の間に入ったのは先頭を白涼、副官の桃花、そして慕容循の三名であった。慕容循は最初辞退して長孫覇を推薦したのだが、『それこそ柄じゃねえや』と突き返されたのである。
「将軍白涼、戻りましてございます」
片ひざをついて深々と頭を下げる白涼に、皇帝はうむうむと頷き、顔を上げるように促す。
「姫班よ、あれがそなたの娘か」
皇帝に最も近い位置に立っていた秘書官筆頭、尚書令の姫班に皇帝が問う。はい、と短く答える姫班は、娘が皇帝の前でなにか粗相をしてしまわないかと気をもんでいた。
「姫班の娘、姫桃花にございます。お目通りが適い恐悦です」
姫桃花は、そんな父の心配は無用とばかりに堂々とした受け答えで皇帝を満足させた。
「そちが、太尉慕容玄の子、慕容循であるか」
「ははっ」
先日まで平の一官僚として働いている自分が、皇帝陛下からじきじきに声をかけてもらえる立場になったとは。以前なら考えもしなかったことに、慕容循は緊張で体を固くしていた。
「若い力が育っているようで、朕も嬉しく思う。これからも励むがよい」
「はっ!」
若き三名は深々と頭を下げ、退出していくのだった。
「はあ、緊張致しました」
皇宮を出て将軍執務室へ戻る道すがら。慕容循は大きく息を吐いてやっと人心地ついたという様子を見せる。反対に、姫桃花は楽しげであった。
「ふふふー、なかなかいい感じで陛下に覚えていただけたんじゃないかな! 慕容循殿も、そんなに縮こまってたらもったいないよ!」
「そうでしょうか…」
「これからも謁見の機会はあるだろう、いつもそんなに緊張していると身が持たないぞ」
白涼も慕容循をからかう。そしてそ背中をぽんぽんと叩き、猫背になっている慕容循の背筋を伸ばしてやる。
「胸を晴れ、お前は私の自慢の幕僚だ」
「将軍……」
二人のやり取りを桃花はうらやましそうに見つめていたが、その視線に白涼が気付いて頭を撫でてやる。
「桃花も予想以上に頑張ってくれたな。兵のうけもいいようだし、これからもよろしく頼むぞ」
「うん! へへへ」
嬉しさににこにこと笑顔を浮かべる桃花の顔は、ゆるみきっていた。皇帝に声をかけられたこと以上に、白涼に褒められたことが嬉しいのであった。
「さあ、これからも陛下のご期待に沿えるように精進していかなくては、な」
若き三人は互いに視線を交わすと、よし、というように力強く頷きあうのであった。




