見習い少女の駆け引き。
「うふふ、では決意も新たに決まった所で、……アルフレッドそろそろ落とし前を付けて貰おうか?」
「くっ、わかっておる。」
突然の話題転換にキョトンとした顔をしているリクへ公爵は近づいてくる。
「……リク嬢よ、実はそなたに言わねばならぬ事がある。
我が経営するレッドスピネル救護院におけるそなたへの扱いの酷さの責任の一端は私にもあるのだ。」
「……どういうことでしょう?」
公爵の言葉を静かに聴く体勢となったリクに対し、公爵は咳払いを一つして話し始める。
「リク嬢、私は養い親であるメリッサ達の元へ出来れば帰って欲しかったのだよ。」
「……。」
「私は、そなたの夢よりもそなたの身の安全を優先したいと考えていた。」
「……それは、何故ですか?」
「……病とは、何が原因で移るかも分からぬもの。
そんな場所に幼い少女を放り込みたくはなかったのだ。」
公爵の本当の真意を隠した言葉に、リクは視線を下げ俯いてしまう。
公爵にとって救護院で功績と称えられるような結果を“姫君”の可能性がある少女が出すことに対しては好意的に思っていたが、逆に病に侵されるかもしれぬ危険な場所に置くことはしたくないという思いもあった。
それゆえに、たとえリクを傷つけて、恨まれることになったとしても、他者からの悪意を向けられた行為の数々に諦めてくれるならば、との思いもあったのだ。
救護院の看護師達の態度は予想外のことだったが……。
「そして、どうかクラピウス夫妻を怨まないでやって欲しい。
彼等は私の命令に従っただけなのだ。
私が、君を護衛すると同時に冷たくあしらうように指示していた。」
「……。」
リクは、公爵の言葉に肩を微かに震わせる。
「……閣下、貴族でもない私がお願いするのは烏滸がましい事は分かっています。
……でも、胸が一杯で言葉が乱れてしまいそうなんです。」
「……構わぬ。
幼いそなたの言葉程度で不快になるほど器量は狭くはない。
遠慮せずに、思う事を述べよ。」
胸の前で両手を握りしめ、耐えるように微かに身体を震わせる少女の姿は痛々しかった。
「そうですわ、リクさん。
アルフレッドは、貴女の言葉で不快になることはありませんわ。
……ああ、そうね。
アルフレッド、貴様も男なら傷つけたか弱き少女のお願いを叶えるくらいしたらどうだ?」
「……うむ、そうだな。
リク嬢よ、もし何か願いがあれば申せ。
私が叶えられることならば、叶えよう。」
セレナのリクを擁護する言葉に背中を押される形で、公爵はリクへ願いを叶えることを提案する。
公爵の元に届いたクラピウス夫妻からの報告内容を鑑みれば、リクと言う少女が他者を傷つけるような願いや、無理難題を言うとは公爵は考えていなかった。
「……私の願いを叶えて下さるのですか……?」
弱々しい声で、縋るように呟くリクの声に公爵は大きく頷いてみせる。
「ああ、叶えてみせる。
お詫びという訳ではないが、一つでなくても構わぬぞ。」
できる限り優しく話しかける公爵の言葉を受けて、リクは不敵な笑みを浮かべた顔を上げて高らかに叫ぶ。
「言質取りましたよっ!」
そのリクの表情を眼にした公爵の脳裏には、若かりし頃の公爵を振り回した忠誠を誓った"主"の不敵な笑みが浮かんだのだった……。
「閣下の温かなお言葉のおかげで、このリクの心は軽くなりました。
一つ目のお願い事なんですが、まずはあの救護院を改善する権利を私に下さい。
二つ目は、セレナ様の看護に導入した品物の数々を救護院に入っている患者さんが困らないようにそろえて下さい。
あ、支払いはもちろん閣下がお願いしますね。
三つ目は、クラピウス夫妻と仲良くすること許して下さい。
四つ目は……」
「待て、待つんだ、リク嬢!
一体幾つお願い事を言うつもりなんだ?!
第一、今までの態度とあまりにも変わりすぎているだろうっ?!」
思わず声を荒げて制止を掛けてしまう公爵に対し、リクとセレナは満面の笑顔だった。
「アルフレッド、男に二言はないのだろう?
別に、誰を処罰しろとか言っている訳ではないんだ。
それに調子に乗って良い所を見せようと一つでなくて構わないと言ったのはお前だ。」
「ぐっ!だ、だがっ……」
「……閣下……、あの言葉は嘘だったんですか……?」
うるうると瞳を潤ませて、今まで見せていた不敵な笑みが嘘だったかのように公爵を見上げてくるリク。
しかし、公爵にはリクに生えた小悪魔の羽と尻尾の幻影が確かに見えたのだった……。
「し、しかしだな……」
狼狽える公爵へ止めを刺すかのようにリクは、大袈裟な芝居がかった態度で語り出す。
「私、ものすごーく傷ついたんです。
それを指示したのが、お父様、もしくはお爺さまと呼んでいいとまで言って下さった敬愛する公爵閣下だったなんてっっ!!
私は、もう誰も信じられなくなりそうです!」
「可哀想なリクさん、信じていたアルフレッドに裏切られるなんて!
こんなに素直で、夢に向かって一生懸命な少女をいじめ抜くように指示を出すアルフレッドはなんて血も涙もないのでしょうっ!!」
リクとセレナの二人による連係攻撃とも言える言葉の数々に、公爵は口を挟み反論する猶予を与えられることはなかった。
「閣下、私は閣下の願い通り森に帰ることにします……。」
「な、何を……」
「これ以上、皆様にご迷惑をお掛けする訳にはいきませんわ。」
「……分かってくれたのか……?」
今までの芝居がかった態度が嘘のように、しおらしい言葉を紡ぐリクに多少の警戒心は残しながらも公爵は安堵のため息をつきかける……。
「森に帰った私は、お師匠様を初めとしてキースさんやシオンさんへも悲しかったことや、辛かったことだけでなく、公爵閣下のことも色々詳しく、それはもうお世話になったのですから重箱の隅をつつくように話すでしょうね。」
安堵しかけた公爵の顔が引き攣った。
「……その後、お師匠様達が何処に行って、破壊活動……、コホン、抗議を行ったとしても、自室に籠もって涙で枕を濡らしている私は気が付くことはないでしょうね、ええ絶対に。」
「……リク嬢、それは脅しかね?」
「いいえ、私は事実を話しているだけです。
……クラピウス夫妻の申し訳なさそうな眼差しに気が付けぬほど、甘くは無かったというだけの話しですわ。」
リクの覚悟を認めてくれて、救護院で働くことを許してくれたのかもしれないと思っていた公爵の言葉の数々が、リクは悲しかったし、少しだけ怒りも覚えていたのである。
「……閣下が私のことを気にかけてくれていたことは、とても有難いことだと思います。
方法はどうあれ、私が病にかかるかも知れない事を心配してくれたことも嬉しかったです。
ありがとうございます。」
リクは、公爵へ向けていた怒りを霧散させ、心配をしてくれたことへ感謝を述べ静かに語り始める。
「……でも、“看護師”は病になるリスクに常にさらされている職業であることは承知しています。
それを理解しているうえで、それでも私は“看護師”になりたいんです。」
かつて、前世の世界で“天宮りく”が看護師として働いていた中でも、患者の血液を媒介に肝炎などにかかるリスクは存在していた。
それだけでなく、患者へ抗癌剤を投与する看護師たちは、自分たちがその抗癌剤の影響で癌になるリスクがあることを理解して出来る限りの予防策を行ったうえで治療にあたっていた。
“りく”とて予防策が万全とは言えない事を理解した上で、その薬の投与を行っていたのだ。
公爵がリクへと話した表面上の理由である病にかかるかもしれないということなど、リクにとっては今更な事実だった。
公爵は、リクの静かな怒りと悲しみの籠もった声や覚悟の思いを受けて天を仰ぐ。
犬猿の仲とも言えるセレナを味方に付け、この大陸で一、二を争う攻撃力を誇る"破壊の魔女"や様々な効果の魔弾を操る"魔銃使い"の愛情を一身に受け、今はまだ二人には及ばないものの十分に戦力としては申し分のない彼女に忠誠を誓う"銀狼の戦士"が、このままでは全員権力者である公爵が相手であったとしても牙を剥くだろう。
--本当に"あのお方"にそっくりではないか!
公爵が守ろうと思った存在は、思った以上に強かな少女だったのである。




