見習い少女と重なる影。
「ふふ、ふははははっっ!!
リク嬢、私はどうやらそなたを見くびっていたようだ。」
「……え、あの、閣下?」
叱責の声を覚悟していたリクにとって、公爵の反応は予想外のものだった。
「そなたを守りたいと願うあの若者に言い聞かせた己の言葉が、まさか跳ね返ってこようとはな。」
公爵は、リクの現状を訴えに来たシオンに対して自分が発した言葉を思い出し苦笑する。
「シオンさんにですか……?」
「うむ、そなたは我らのように剣を持つ闘いでは無いが、リク嬢の矜恃と信念を掛けた闘いにどうして他者が介入できるのか、と。
そのような行いは、そなたの覚悟に対して余りに無粋というものではないのか、とな。」
「その通りだな。
たとえ、剣を握っておらずとも、あの救護院はリク嬢にとっては戦場だ。
もしくは、リク嬢とあの救護院で働く者達との決闘の舞台と言ってもいい。
己が魂を、覚悟をぶつけ合う場において、囃し立てるような真似をするなど騎士道に悖る。
……アルフレッド、リク嬢を守りたかった理由は私にも痛い程に分かる。
しかし、やり方を間違えたな。」
静かだが、諭すようなセレナの言葉に公爵、アルフレッドは頷く。
「……焦っていたのだろうな。
私よりも先に死ぬことなど無いだろうと高をくくっていた誰かさんが、病に倒れたと言う知らせが届いた時、私も長くは無いのかもしれぬと思ってしまったのだ。」
「アルフレッド……。」
アルフレッドは、ジャケットのポケットより懐中時計程度の大きさのペンダントを出す。
「……私の家族は、あの子と私を残して先に遠い場所へ旅立ってしまった。
不敵な笑みを浮かべて我らを振り回し、誰よりも民を思い、強い覚悟でもって己の信じる道を突き進んだ我らが忠誠を捧げた"あの御方"でさえも、私を置いていった……。」
目を閉じればアルフレッドの脳裏には、愛する愛娘夫婦と敬愛する一人目の主君の姿が鮮やかに浮かんでくる。
「……人の生死は仕方のないことだ。
だがアルフレッド、お前にどんな想いがあろうともリク嬢を、いや、民を傷つけるような命令を出す事は許されぬ。」
セレナは、顔をしかめて辛そうな表情となる。
セレナにだって分かるのだ。
リクの看護を受けるまで、確かに己はこのまま死ぬのだと疑ってすらいなかったのだから。
敬愛する主君であった"あの御方"は、自分を置いて先に旅立ってしまった。
……その死出の旅に付き従うことは主より許されなかった。
そんな大切な人において行かれる悲しみも、己の死が近付いて来る焦りのような感情も実際に体験しているのだから……。
「……"あの御方"の愛し、慈しんだ民の一人なのだから。」
……"あの御方の血を受け継ぐ存在であるかもしれないのだから"という言葉は、二人の間で発せられることはなかった。
「……そうだな。
リク嬢、すまなかったな。
そなたが望んだ先程の内容は、全て私の名において実現させることを誓おう。
そして、これ以上そなたの邪魔をするつもりもない。
あの救護院のことはそなたに任せよう。」
アルフレッドの空元気のような様子にリクは、眉をひそめる。
リクには、アルフレッドとセレナの会話に口を挟むことなど出来なかった。
彼等の間に入れるには、彼等と同じ時代を生きてきた者だけなのだと感じたからだ。
「……閣下、もしかしたら不興をか買ってしまうかもしれませんが、発言したいことがあるのです。」
「……構わぬ、申してみよ。」
だが、リクには二人の話を聞いていて言いたいことがあった。
「お二人が私のレッドスピネル救護院で過ごした日々を、私の闘いの場なのだと理解を示して下さってありがとうございます。
……私は閣下のされたことを悲しいとは思いますけど、邪魔をしたなどと思うつもりはありません。」
「何を言う?
部下であるクラピウス夫妻に指示を出して、そなたに嫌がらせまがいのことをしたのは真実だ。」
リクの言葉に二人は疑問符を浮かべる。
「そうですね。
でも、クラピウス夫妻が本気で私を嫌っているとは思っていませんでした。
何故ならば、こんな10歳の子どもであったとしても閣下の許可を直接頂いて来てる存在に、礼儀を欠いた冷たい対応は普通はしないでしょう?
疑問に思ってもまずは表面に出さずに見守るなり、極簡単な仕事をさせてごまかすなりしませんか?」
「「……。」」
アルフレッドは思わず顔を引き攣らせてしまった。
リクの言うとおり、確かに公爵位を持つ自分の許可を直接持った存在に対して一般的に考えても冷たくあしらうような態度を取ることは有り得ないと思ったのである。
「ですから、クラピウス夫人に信頼されていなさそうな、逆に手を焼いていた諸先輩方は除きますけど、少なくとも閣下の救護院を預けられているクラピウス夫妻が、閣下から事情を知らされていないとは思えません。」
セレナは、生温かい視線をアルフレッドに送り、そういえばアルフレッドは若い頃からどちらかというと猪突猛進、もしくは脳筋な所があったなと思い出す。
アルフレッドは、色んな意味で焦っていたとはいえ己の判断の力の低下具合に泣きたくなった。
「……それを踏まえた上でクラピウス夫妻を観察していれば、クラピウス夫妻は私の監視役か護衛であることは何となく分かりました。
クラピウス夫人はわかりにくかったですけど、クラピウス先生の方は最初の時もですけど、心配そうな感情を眼に浮かべていたのでわかりやすかったです。」
リクの言葉に、隣の部屋よりゴトンッとまるで壁に頭をぶつけたような大きな音が響いた。
セレナとリクは、音が響いた壁の方向に眼を向けたが、其処に誰がいるのか何となく察してアルフレッドへ視線だけで問いかける。
……アルフレッドは眼を反らした。
「それに閣下の指示ではなく私が気にくわないだけならば、私が救護院に入っている方々に認められ始めれば何か行動を起こすと思いました。
閣下の経営する救護院ですからそれなりの方々がいるのではないかと思ってましたが、大商人と呼ばれる方々の身内の方も多くいたみたいですね。
そんな方々に認められ始めた私など、目障りでしかないでしょう?
でも、夫人達は逆に調子に乗ってもっと私に嫌がらせをしようとした人達を押さえているようでした。
……だから、クラピウス夫妻の行動の理由について考えたんです。
結論として、お二人は閣下の指示の元で動いていたのではないかな……と。」
リクは壁の音は聞かなかったことにして、話しを続けることにした。
「閣下の真意は分かりませんでしたが、何の意味もなくそんな事をされる方だとは思いませんでした。
もし、悪意があったとすればもっとあの三人組を囃し立てて、私に暴力を振るわせることくらいはしたでしょうし……。」
"まあ、その時はお師匠様が半狂乱になるでしょうけど…"とは、心の中だけでリクは思った。
沈黙するセレナとアルフレッドの姿に苦笑してしまうリク。
「確かに嫌がらせの数々は辛かったです。
でも、私は絶対に救護院をやめる気はありませんでした。
……それ以上に、あの救護院の現状が許せなかったと言う所も多いです。
それを少しでも改善しようと頑張った事で、アンダーソンさんとローリングさんを初めとした救護院に入っている方々に認めて貰うことが出来ました。
そのおかげで、沢山の看護の助けとなってくれる品物の数々を作って頂けることとなりました。」
アンダーソンとローリングを初めとした彼等の笑顔が、信頼がリクに自分の看護を信じて良かったと思わせてくれた。
「……この救護院で働いたことで、己が信じて行った"看護"が、巡り、巡って自身の道を助けてくれました。
私を信頼して、困った時に背を差し伸べてくれる人達と巡り合わせてくれました。
私はあの方々出会えたことに心より感謝してるんです。」
サイラス達の温かい言葉の数々が思い浮かび、リクの心はほんわりと温かくなる。
「……だから、閣下。
私は閣下の焦る心の内や、私への対応の真意を分かるなどと言うつもりはありません。
ですが、どうか閣下が少しでも私の覚悟を今度こそ信じて下さるというのならば、私の闘いを見守って下さいませんか?」
リクの強い覚悟を宿した双眸が、真っ直ぐにアルフレッドを見つめる。
「私は、この国の看護の現状に負けるつもりはありません。
でも、一人では変えることは出来ないと思います。
だから、閣下がこれからの私を見て認めてくれたとき、どうか閣下の力を貸しては頂けませんか?
私は"看護師"として、現状を絶対に変えて見せますから!」
アルフレッドとセレナは眼を見開いてしまう。
"妾は、この国に蔓延する教会なんぞに負けるつもりはないぞ?"
"じゃが、一人では勝利を掴むことは難しいのも事実じゃ。"
"ゆえに、妾を見つめ、真の主と認めたその時は、そなたの力を妾に貸せ。"
"妾は、この国のいずれ女王となる者として、必ずやこの教会の権力のはびこった国を変えてみせるからの。"
二人の眼には、リクに重なって今は無き主の姿が映った。
自身に満ちあふれた、不敵な笑みを浮かべていた主。
決して、教会という権力に負けはしないのだと、己の愛する民を守るのだと力強い決意を宿していた瞳。
そして、主は長い年月を掛けて本当に成し遂げて見せた。
「(シャーロット女王陛下っっ!!)」
アルフレッドとセレナは、リクに重なった己の主の幻影に跪くのだった。




