伯爵婦人と公爵閣下。
数日後、伯爵婦人であるセレナと何故かリクの姿は公爵家の応接間にあった。
「(なぜ、私はここにいるのでしょう……?)」
「あら、それはねリクさん。
私が貴女を気に入っているからよ。」
「えっ?!
今、私声に出していましたかっ?!」
心の中で呟いたはずの言葉に、まるで返事をするように返ってきたセレナの声にリクは慌ててしまう。
「ふふふ、声には出していませんよ。
ただ、リクさんがそんな気持ちな気がしただけよ。」
「そ、そうですか、てっきり心を読んだのかと……」
声に出していた訳ではなかった事に、安堵のため息を付くリク。
「うふふ、読めますわよ。」
「ええっっ!!」
「冗談ですわ。
本当に、リクさんは素直で可愛らしいわねえ。」
「……。」
お茶目に微笑むセレナの言葉にがっくりとリクは項垂れてしまう。
その姿を愛おしそうに見つめるセレナの視線には気が付かないリクだった。
「……、………?!」
「………!」
待てども、待てども、公爵はなかなか姿を現さなかった。
しかし、二人が待ちぼうけをくらっている応接間の前がなにやら騒がしくなる。
「……?
どうしたのでしょうか?
なんだか部屋の外が騒がしいですね。」
疑問を口にするリクに対して、扉の方をじっと見つめていたセレナは眉をひそめ始める。
「……あの野郎、いつまで経っても世話の焼けるっ!」
忌々しげに呟いた淑女然としたセレナの口から出たとは思えぬ言葉にリクは瞠目してしまう。
「セ、セレナ様?」
「……あら嫌だわ、私ったら。
つい、昔の血が騒いじゃった。」
おほほほっと、取り繕うように微笑みを浮かべるセレナへリクは乾いた笑みを浮かべてしまうのだった。
「ま、待たせてしまったな。
おお、カロナーク婦人っ、久しいな!
どうやら、病は治ったようで良かった!」
応接間に入ってきた公爵は、何故かセレナと視線を合わせないようにしているのか不自然な程に顔をそらしていた。
「ご機嫌よう、クラリスロ公爵閣下。
再びお目に掛かれて光栄ですわ。
貴方様の経営されている救護院には、本当にお世話になりましたわ。
ええ、それはもう、今すぐ是非体験して頂きたい程に!
それはそうと、なにやら今までこの部屋の扉の前が騒がしかったようですが何かございましたの?
ああ、勘違いされないで下さいませ!
何かを勘ぐっている訳ではなく、ただ純粋に疑問を抱いただけですの!
まさか、公爵閣下のお屋敷で例えば幼なじみであり、元同僚でもあった女性に会うのが嫌で、逃げ回っていた人物が居たなんて夢にも思ってはおりませんわ!!」
「……う、うむ。」
「ああ、それはそうと、公爵閣下はご存じですか?
貴方様の救護院で働く者達の事を!
ここにいるリクさん何ですが、本当に良い子なんですのよ。
この子が心を込めて私の看病をしてくれたおかげで、こんなにも元気になる事が出来ましたの。
本当に、私に男の子の孫が居ればお嫁に貰いたかったなんて、ちょこっと思ってしまう程に良い子なのですわ!
でも、他の方は酷いのですのよ。
伯爵婦人たるこの私に対し礼を失した振る舞いは当たり前、息子の前では多少取り繕うものの、見えない所では物のように扱われましたの!
それは公爵閣下のご命令でしたのかしら?
ああ、そうですわね。
いい加減、この他人行儀な話し方はやめても良いかしら?
一応、この場は私的な物と考えて問題ありませんものね。
あとは、このリクさんへの対応ですわ!
救護院に入っているご老人皆の信頼と愛情を集めているからって嫉妬しているのかしら?
うふふ、身の程知らずも良い所ですわよねえ?
そんな感情を抱いてリクさんを虐めるくらいならば、礼儀作法の一つでも学べば宜しいでしょうに!
あとは、公爵閣下の部下かしら?
医者夫婦も虐めたくないという顔をしながら貴方の命のために耐えるように懸命にリクさんへ冷たく接していましたわ。
ねえ、公爵閣下その辺りのご意見を伺わせて頂きたいんですの。」
「……う、うむ。」
「了承は得ましたわよ!」
セレナのあまりに一方的なマシンガントークを前に、公爵は元々彼女が苦手なのか部屋に入ってきた時点から及び腰になってしまっていた。
そして、マシンガントークの合間に確認された私的な場である事の許可に対し、思わず頷いてしまった公爵はセレナの鬼の首を取ったかのような高らかな宣言を受けて、"しまった!?"という顔をしてしまう。
そんな二人の遣り取りにリクは、思わず呆然としてしまっているのだった。
「うふふ、アルフレッド。
お前とは、じいぃぃっっくりと話をするべきだな。
覚悟を決めるがいい。
……逃げようとしても、逃がしはしないからな!
あのお方より頂いた"月花の騎士"の名にかけてっ!!」
セレナは、淑女然とした雰囲気を打ち消し、まるで歴戦の猛者のような威圧感を身に纏い始める。
彼女の小さな手に握られていた固い材質の木で出来ているはずの扇に"ビシッ"と罅が入ったのを、リクは全力で見ない振りをしたのだった。
そして、公爵の助けを求めるような視線が顔を背けて窓の外を眺めています、とアピールしている自身の後頭部に突き刺さる事も全力で気が付かない振りをしてしまうリクであった。
「ほう、余裕なようだな、アルフレッド!
リク嬢に対し、助けを求める視線を送るなど笑止っ!
己がした事を少しは考えるがいいっ!!」
「まっっ、待て、待つんだっっ!!
一応これでも、私は公爵だぞっ!
それに、色々私も考えてだなあっっ!!」
「黙るがいい、言い訳は後で聞いてやる。
我らは、あのお方に忠誠を誓った同志!
爵位を超えた謂わば同胞!
そんな私達の間に爵位などを持ちだすなど無粋という物だろう?
第一、同胞が間違った道に進みそうになった時は全力で殴り殺してでも止めるのが騎士道という物だと思わんか?
とりあえず、一発殴らせろ!」
「ぎゃあぁぁっっ!!」
冬の青い空の彼方に、鈍器で殴ったような鈍い音と公爵の悲鳴が高らかに響き渡った。