見習い少女と依頼の品物。
数日後、救護院に大量の荷物が届けられた。
その荷物の全ては、リクがサイラス・アンダーソンらに依頼して作成して貰った物の試作品だった。
身体を起こし座ることすら困難な病人を、可能な限り負担を掛けることなく身体を起こし座らせることが出来る"ベッド"。
病に体力を奪われ、歩くことが困難な病人を移送する事が出来る"車椅子"。
ベッドより起き上がることが困難な病人の頭を寝たまま洗うことが出来る"ケリーパッド"。
胸やお腹の音を聞き、体内の状態を把握するための"聴診器"。
乾燥などにより傷つきやすい口の中の粘膜を傷つけにくい素材で出来た"スポンジ(仮)ブラシ"。
そう、リクが作成を依頼したのは前世の病院では当たり前にあった物だった。
数日という短期間でリクのためにサイラス達は、あらゆる手段を講じて試作品ではあるが完成させてしまったのだった。
「アンダーソンさんっ!
ありがとうございます!!
まさか、こんなに速く作って頂けるなんて思っても見ませんでした。」
贈られてきた試作品の数々を前に、リクは満面の笑みを浮かべ喜びの声を上げた。
「ほっほっほっ、どうやらこの試作品はリクの希望に添えていたようじゃな。
しかし、なんとまあ、よく思いついた物じゃ。
確かに、こういった物があれば病人を世話をする上で確かに役に立つじゃろうな。」
「そうねえ、リクちゃんの話を聞いて完成予想図を何となく想像してはいたのだけれどねえ……。
試作品が出来た時にこちらでも試してみたのだけれど、リクちゃんの真意はその時になって、やっと理解することが出来たわ。
ただ、使い方がよく分からない物も有ったけど……。」
「そうじゃのう、この"ちょうしんき"には首を傾げておったらしい。
ただ、ベッドや車椅子だけは、作成した職人達も最初はとまっどておったのじゃがな、試作品ができて初めてこの価値を理解できたのじゃろうなあ。
さらに、改善して見せると息巻いておったらしいからの。」
しみじみと感心したようにサイラス・アンダーソンとアンナ・ローリングは呟く。
そんな二人の様子にリクは、思わず目をそらしてしまう。
前世では、当たり前に普及していた物をお願いしただけだからである。
多少後ろめたさを感じながらも、早速伯爵婦人へ使用したいことを二人へお願いし了承を得たのだった。
「私の"看護"を信じて、力を貸してくれた二人とそのご家族の期待を裏切らないためにも必ず結果を出してみせる。」
リクは、二人とその家族の信頼を裏切らないために、今一度気合いを入れ直す。
ある意味、リクによるこの救護院とは名ばかりの"レッドスピネル救護院"の改革はここから始まったのだった。
「伯爵婦人様、だいぶ顔色も良くなりましたね。
息苦しさも減ったみたいですし、お熱も下がってきましたね。
あとは、少しずつでもお口の中の痛みは取れましたか?」
「……(こくり)。」
聴診器で胸とお腹の音と、体温を触診ではあるが確認する。
そのうえで、問いかけるリクへ微笑みながら伯爵婦人は頷いて見せた。
リクが伯爵婦人の担当となって一ヶ月が過ぎようとしていた。
その間、リクはサイラス達が用意した試作品を投入して伯爵婦人の看護にいそしんでいた。
最初の内は、すぐに結果など現れるはずもなく伯爵と考えの食い違いから何度も衝突することもあった。
例えば、体力が落ちてだるさも伴っていた伯爵婦人は同じ体勢で寝ることを好んでいた。
しかし、リクは身体の向きを定期的に変えることを提案したのである。
伯爵に言わせれば楽な姿勢で寝かせている方が良いと考えて、その提案を跳ね除けたのだった。
しかし、同じ体勢で横になっていることの危険性を理論と根拠に基づいて説明を行い、伯爵自身に長時間の同じ姿勢でいることを実際に体験して貰うなどの説得により、伯爵はリクの提案を受け入れたのだった。
そんな紆余曲折した道のりの果てにこの日、伯爵や侍女のマリーが夢に見たが二度と叶わぬと諦め掛けていたことが現実となる。
「……小さな看護師さん、ありがとう。
貴女のおかげで、もう一度話す元気を取り戻すことが出来ましたわ。」
いつものようにベッドサイドに訪れたリクと、寄り添っていた伯爵や侍女のマリーの前で伯爵婦人は微笑みながら、実に数ヶ月ぶりの"声"を発したのだった。